第22話 (メアリー目線)
土砂の中から助け出されたマリアは、スタンリーの治癒魔法によって一命を取り留めはしたが、その後5日間に渡って眠ったまま目を覚まさなかった。
そして、ようやく目を覚ますと一部の記憶を失っていた。
自分が何者であるかは認識しているが、どうやらクリストファーと結婚する前までの記憶しかないようだった。
彼女の隠れ家を提供してくれた医師によると、身体的には問題はないので、精神的な異常であるとのことだった。
事故に遭った衝撃や、愛する人の死などのトラウマや強いストレスがかかることによってこのような状態が発生することが稀にある。そういった理由での記憶喪失であろうとほ診断だった。
メアリーはスタンリーの手紙に書いてあったマリアの療養所兼隠れ家へと赴き、医師から彼女の状態について聞いた後、適切な場所に隠すための準備を始めていた。
まだ敵にも彼女の生存は気付かれてはいないようだったが、そのまま同じ場所にいては危険だったからだ。
前世の記憶によってマリアが何者かを知っているメアリーは、まず絶対的に彼女の味方になってくれる人物に助けを求めることにした。
マリアが事故に遭った時も、運良く紛失を免れていたプロスペリアの宝玉を彼女の許可を得て借り受け、メアリーは単身プロスペリア王国へと出発した。
プロスペリア王国は深い森に囲まれた緑豊かな王国である。
プロスペリア王国の認めた者に先導を願い出ないと森を抜けられず、王国の端の町までも辿り着けないとされている。……が、前世の知識があるメアリーには関係なかった。
プロスペリアの宝玉を持っていれば、先導などなくても難なく辿り着けることを知っていたからだ。
あっという間に森を駆け抜け、町を抜け、王城に辿り着いて国王マリウスに謁見を求める。その時にプロスペリアの宝玉を見せることも忘れない。
メアリーが訝しげな顔をした衛兵と王城の門前で押し問答していると、王城の内側から肩まで伸びた淡い色のブロンドを靡かせながら、少し頬のこけた美丈夫が焦った様子で駆けてきた。
寝衣にガウンを肩に掛けただけの姿で、息を切らしながらほんのり頬を上気させている国王マリウスだった。
その姿は扇情的で少し、いや大分目の毒だ。メアリーは面食いなのである。
マリウスの後ろには彼を追いかけてきた護衛らしき人達が大挙として押し寄せており、それが目に入った瞬間にメアリーは頭の中で沸いていた煩悩を即座に冷却処分した。「圧倒的に顔がいい!!それにあの格好!拝みたい!!」などと思っていた事実は葬り去られた。
冷静を取り戻したメアリーは、マリウスに向き直って申し出た。
「フランネア帝国から参りましたメアリーと申します。ルスネリア公爵家でメイドとして勤務しております。この度は大変不躾ながら、マリウス国王陛下に非常に重要なお話をお伝えしたく、参上いたしました」
マリウスはメアリーの顔を確認して、気落ちした顔を隠し切れていなかった。プロスペリアの宝玉の気配を察知して、マリアが帰ってきたのかと思ったのかもしれない。
メアリーが持っている宝玉に目を向け、マリウスは頷いた。
「わかった。彼女の話を聞く。通してやれ」
彼の言葉の後半は主の命に忠実な門の衛兵に向けて告げられた。
やっと門を通してもらえたメアリーはほっとして案内についていく。
フランネア帝国の宮殿と比べると小さいが、優しく温かな雰囲気の王城だ。中に入って案内に従ってしばらく歩くと、応接室らしき部屋の前で立ち止まり、入室を促された。
部屋の中に入ると、さほど待たされることもなく、先に王城へと戻っていたマリウスが、今度はきちんと着替えを終わらせ、整えられた姿で現れた。
メアリーは少しガッカリしたけれど、無表情を貫いたままカーテシーをした。少し疲れた顔をしたマリウスに座るよう促される。
「早速だが、あなたがその宝玉を持っている理由を教えてもらえるかな?」
メアリーは即座に防音の結界を張る。
マリアの生存を知る者は命の危険に晒されることになる。この国でも知る者は少ない方がいいだろう。そう思ってのことだった。
「失礼ながら防音の結界を張らせていただきました。今から話す内容は聞いた人の命を奪いかねません」
「私の命は奪われてもいいのか」
「お戯れを。そのようなことを気にする方に国王陛下は務まりませんでしょう」
「違いない。冗談を言って話の腰を折ったな。話してくれ」
「恐れ入ります。この宝玉はマリア様からお預かりしました。マリア様は生きていらっしゃいます。ご夫君のクリストファー様は残念ながらお亡くなりになったそうですが……」
マリアが生きていると聞いて、半信半疑のままマリウスは尋ねた。
「姉上が生きている?なぜあなたが知っている?なぜ本人がここへ来ない?」
「私の幼馴染みがマリア様の事故現場に救出に向かった際にまだ息のある彼女を発見し、治癒魔法によって命を繋ぎ止めたのです。……その幼馴染みも亡くなりましたが、遺言にマリア様のことが書かれていました。
マリア様は現在療養中です。一部記憶を失っていることもあり、大事をとってここへは私がひとりで参りました。
……と、そう言われても信じられないと思いますので、ご本人から直筆の手紙を預かってきました。こちらをお読みください」
マリウスは差し出された手紙を受け取り、はやる気持ちを落ち着かせながら最後まで読んだ。
「そうか‥‥!姉上は本当にご無事なのか‥‥。ああ!ありがとう。本当にありがとう!感謝する!!」
「いいえ。助けたのは私の幼馴染みです。スタンリー・スペンサーと言います。それは彼に伝えるべき言葉です。」
「わかった。墓参りをさせてほしい。スペンサーというとスペンサー伯爵家か。近いうちに必ずご挨拶に伺う」
「ご存知でしたか。ただ、それを実現するにはこの件を解決しないといけません」
メアリーはスタンリーや事件に関わった者たちが暗殺されたことを話し、真相を知る者も、マリアの生存も、黒幕に知られると命を狙われる可能性が高いことを説明した。
マリウスはすぐに理解して、マリアの生存は伏せつつプロスペリア王国へ迎え入れると申し出た。
娘のティアナにはタイミングを見て話すことになった。タイミングは一番近くにいることになるメアリーに一任されたが、荷が重いと思ったらマリウスに任せるようにと付け加えられた。
クリストファーとマリアの事件の真相からロバートがティアナを引き取った真意、これから起こるであろうことまで、メアリーは前世の知識も含め知っている限りの情報をマリウスに与え、マリウスは自身が保持している情報とすり合わせていった。
「ティアナは義父と義妹と……愛する婚約者にも裏切られて、母には忘れられている……どうすれば彼女は救われるんだ……」
マリウスはメアリーの話を聞いて悲痛な表情をしていた。
「ティアナ様はお強いのできっと大丈夫ですよ。ただ、救いが必要でしたら……」
◆◆◆
「私が応援できるのはここまでよ、サミー。頑張ってね」
少し昔のことを思い出していたメアリーの独り言は、プロスペリア王国の澄んだ夜の風にさらわれていった。
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