第5話
時は少し遡ってティアナが客室に運ばれてすぐ後の舞踏会会にて。
皇太子に話しかけられたルスネリア公爵ロバートは混乱の最中にいた。
ーーどういうことだ!どうして皇太子殿下がティアナを?この短い時間で見初めたのか?それともまさかあのことがバレたのか……!?
ロバートは皇太子を前に、大量の冷や汗をかきながら考えを巡らせていた。
ーーいや、バレてはいないはずだ。証拠は完璧に隠滅した。当時のことを証言できる者はもはやいない。では、殿下はティアナを皇太子妃にするつもりなのか……?それはよくない展開だ。腐っても皇太子。今は隠せていてもティアナのことを詳しく調べられると真実が明らかとなる可能性が跳ね上がる……!
内心の焦りを隠し、穏やかな表情に笑みを浮かべたロバートは目線で婚約者になる予定の男を探した。
ーーあの娘はさすが兄の血を引くだけあって美しい。こうならないためにも社交界には悪い噂を流して極力近付かせないようにして、今日は正式ではないが婚約者となるトーマスをあてがっておいたのに!あの男は一体何をやっているんだ!役立たずめ!
「そうでしたか。実はバッカス侯爵家のトーマス殿がティアナの婚約者になる予定でして。娘のことは彼に任せていただければと思うのですが……」
「そうなのですか。彼女は一人でいたので、光栄にも私がエスコート役を引き受けていたのですが、面目もないことに少し疲れさせてしまったようで……今は用意させた客室で休んでもらっているところです」
「それはご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。すぐに私が引き取りに行きます」
「いえ、それがよほど疲れていたのか眠ってしまいまして。できればもう少し休ませてあげられませんでしょうか。トーマス殿には私から伝えておきますし、もちろん目を覚ましたら貴殿にも連絡をいたします」
「殿下にお気遣いいただいて娘も恐縮しているでしょう。大変ありがたき幸せにございます。
ところで、殿下は私のもう一人の娘のアマンダを覚えていらっしゃるでしょうか?今日は久しぶりに殿下にお会いできることを非常に楽しみにしておりましてね。ほら、あちらにおりますので一曲踊っていただけませんでしょうか」
ロバートが示した先には、目敏く皇太子の姿を見つけ、そそくさとこちらに近寄ってくるアマンダが見えた。
「申し訳ありませんが、ティアナ嬢が目覚めるまで側についていてあげたいのです。アマンダ嬢とのダンスはまた今度。彼女は美しく成長されましたね。引く手数多でしょう。結婚式には是非招待していただきたい。義理とはいえティアナ嬢の大事な妹君ですし、私の妹も同然ですからね」
そう言ってにっこりと微笑む皇太子を前に、ロバートは穏やかな笑みを崩さないよう耐えた。それ以上の言葉は出なかった。
「では、良い夜を」
極上の笑みを浮かべた皇太子は、周りの令嬢たちの恍惚とした表情を全て綺麗に躱し、その場を去っていった。
「お父様!ウィルバート様はなぜ行ってしまわれたのですか!私とダンスを踊ってくださる予定だったではないですか!」
そんな予定はなかったが、ルスネリア公爵であるロバートが口添えすればなんだかんだ断られないと思っていた。
ーー『ティアナの側についていたい』だと……?『アマンダの結婚式には是非招待してほしい』だと!?
アマンダはあくまでも妹。そしてやはり結婚するならティアナということか。ふむ。
アマンダはやはり単体では使えないな。それはわかっていたことだから対処できる。だが、なぜティアナなのだ……。こうなるとティアナはすぐにでも隠した方が得策か。
あのことが露見したら恐らく私の命はない。あの男は姉を愛していたからな。戦争を防げるとしたら今の私の命など簡単に差し出されてしまう。いずれにせよティアナの使い方が重要だ。
皇太子がティアナを見初めたのは予定外だったが、計画を修正できないほどではないか。やはり、当初の予定通りことを進めるしかない。
もう、後戻りはできない……。
「お父様!聞いていらっしゃるのですか?ウィルバート様を連れ戻してきてくださいまし!」
小声で必死に訴えかけてくるアマンダを横目に、ロバートは自身の考えに没頭していた。
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