第六項 負ける確率:99.999……%
私はラグビー部騎手のブラ紐を思い切り引っ張った。確かに引っ張った。
手応え十分。
――勝った!
と思ったのも束の間、
……え?
「あれ? 紐がほどけ……てない!」
待って?
手応えは十分だったのに、紐を持った私の右手。
紐は、ぴんと伸びたまま。
そして、私の手の中から紐がスルスル抜けて、そこには空っぽになった手が残るのだった。
呆然と手のひらを見る私を見て、不敵に笑うラグビー部。
「ふっふっふ、甘いな。こんなこともあろうかとブラ紐は固結びにしておいたのだ。」
なななななんとっ!
固結びにされては、そう簡単にブラ紐を解く事なんてできない。むしろ騎馬戦の後、ビキニを自分で脱ぐのに手こずりそうな予感しかない。
とは言え、ラグビー部の場合、固結びを解くなんて面倒なことはせずに、ビキニ紐を引きちぎって脱ぎそうだ。このビキニって、一応、学校から借りているものだから、備品扱いなんだけれどね。
ラグビー部がビキニを固結びしていることを知った理亞ちゃんは、大声で批難した。
「汚いっ! せこい!!」
「どっちがセコいのだ! 悔しかったら、このハチマキを正々堂々取ってみろ!」
自分の頭を指さして言うラグビー部。
そうだった。
確かに。
セコいのは、こっちだった。
うっかり騎馬戦のルールを忘れていた。
てへぺろ。
でもさー。
頭まで手が届かないんだもーん。
仕方無いじゃーん。
だがしかし、私たちの作戦を棚に上げて、委員長は平然と言い切ったのだった。
「ふふっ。まあ、お前らのポロリなんて見たくないから結果良かったけどな。」
「お前、絶対ぶっ殺す!」
委員長、煽ってどうするんですか。
ビキニ姿を見る限り、確かに胸、おっぱいと言うよりは胸板と言う表現がぴったりだけれども。
見た目、土方のおっさんだもんな。
校門の入場チェックで引っかかりそうな風貌だ。
当学校の運動会は、男性立ち入り禁止。
ラグビー部の制服姿、きっと先生方は女装しているおっさんにしか見えなかったに違いない。
はあ……
それにしてもブラ紐解いちゃうぞ作戦は、使えなくなってしまった。
もう手が無い。
万策尽きた。
私は委員長に泣きついた。
「委員長ぅ……どうしましょう。ラグビー部のハチマキに手が届きませんよう。さっきのバスケ部よりも背が高いですもん。」
「あはははっ。そうだなあ、確かに西園寺由宇の背丈では、あのモンスターの頭には、とても届かんな。」
「笑い事じゃないですよう。このままじゃ吹っ飛ばされて一巻の終わりですよう。」
呑気に笑う委員長。
いやいや、「届かんな」って笑ってる場合じゃ無いってば。
ラグビー部の騎馬は装甲車みたいだし、ウチの騎馬が体当たりしたところで、とても倒すことは出来なさそうだ。持久戦に持ち込んだとしても、体力だって私たちよりもラグビー部の方が数段上だ。
これ詰んでる。
詰みである。
将棋で言えば「参りました。」って頭を下げるシチュエーションである。
それでも諦める素振りを見せない生徒会長。
「こらっ! 泣き言を言うんじゃありません! 負けたら承知しないと言っているでしょう!」
「そんなこと言われてもー。」
生徒会長は諦めていない。
むしろ私を煽るのだ。
いや、これ、どこをどうすれば勝機が見えるのか。
負ける確率:99.999……%。
誰が見たって圧倒的惨敗である。本当に騎馬を降りたい。怪我したくない。嫁入り前の乙女の柔肌に傷をつけたくなさ過ぎる。
たーすーけーてーっ!
悲鳴が喉まで出かかっている。
いやもう悲鳴出しちゃっていいんじゃないかな。
「うおらーっ!!」
猛烈な勢いで殴りかかってくるラグビー部。
「ぎゃああああっ! 殺されるうぅぅぅ!!」
「うわあ……! 身体ごと突っ込んできたあ!」
悲鳴出ちゃいました。
悲鳴をあげる私と理亞ちゃん。
だって本当にモンスターなんだもの。いつの間に異世界ものの物語になっちゃったんだくらいに思うわ。彼女ら、もう人間じゃ無いよ。ペロリと1口で食べられちゃいそうだよ。
襲いかかってくるモンスターに武器を持たずに立ち向かう村人。
勝てる気がしない。
バットエンド待ったなし。
こんな状況でも冷静沈着に不敵な笑みを浮かべる委員長。
「ふふっ。左にかわすぞ。ついてこい!」
「はいっ! 零様!」
委員長の掛け声で、ラグビー部の猛追をヒラリと左にかわす三人の騎馬。
「お、おおお……っと!」
突撃先を見失うラグビー部の騎馬が、バランスを崩して前につんのめる。
「西園寺由宇、今だっ!」
「はひいぃ! えいっ!」
騎手が頭を下げたところを見計らって右手を伸ばす私。
「おっと、危ねえ。」
だがしかし、ラグビー部の騎馬は一瞬にして体勢を取り戻した。ホント図体の割には動きが速くて俊敏なのだ。
理亞ちゃんも目を丸くして驚く。
「うわあっ! デカい図体している割には動作が機敏だ!」
「ぐふふふふっ。舐めて貰っては困るな。とっとと潰されやがれ。」
とっとと潰されやがれ。
いや、これ騎馬戦ですからね?
ハチマキを取ってナンボですからね?
決して、相手の騎馬を潰し合うルールじゃありませんよ?
そんな陳腐な説得がモンスターラグビー部に通じる訳がなかった。
「ひえええ……委員長、もうダメです。私、騎馬から降りていいですか?」
「何を言っている。諦めたら負けだぞ。」
「もう十分に負けてますう……」
白旗を揚げようとする私なのだけれど、周りの皆は許してくれない。納得してくれない。
「何を言っているのですか! 鬼龍院家に敗北と言う文字はありませんわ!」
「だってぇ……ふええん!」
半泣きである。
私、鬼龍院家じゃないもんっ!
ガタガタと震えて、半泣きの私のことを委員長が呼ぶ。
「まあ、手はあるさ。西園寺由宇、耳を貸せ。」
「え、なんですか? ……はい、はい。って、え?! 無理ですって! そんなこと出来ませんよ!」
「ふふふ、やってみなきゃわからんさ。」
ぐえっ!!
なんてことを言うんだこの人は?
無理無理無理っ!
この数時間の間に、無理と言う言葉を何回使ったかわからない。
だって、無理なんだもん。
勇者委員長だったら出来るだろうけれど、村人の私に出来るわけが無い。
どちらかと言えば、私は勇者に冒険のヒントを与える村人である。
――はるか西にある
と他人事のように情報を勇者に伝える村人で十分だ。
勇者が何回ぶつかってきても、
――はるか西にある祠に、モンスターを倒す武器があるよっ!
と同じことを繰り返し伝える、役に立たない村人なのだ。とても勇者と一緒に戦えるステータスなんて持っていない。
「何をブツブツ言っているっ?! 死ねえええええっ!」
ラグビー部は美少女戦士の敵役とは違って、こちらの話し合いが終わることを待ってはくれないようだった。
まあ、これが現実だ。
「うわあっ! 正面から突進してきた!」
「ぎゃあっ!」
再び、私と理亞ちゃんの悲鳴が共鳴する。
「西園寺由宇、今だ!」
委員長は、私に向かって大声で叫んだ。
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