第三条 鬼龍院百々花登場

第一項 こいつがどうなってもいいのかよ!

「動くなっ! こいつがどうなってもいいのかよ!」

「い、委員長!!」


 羽交い絞めにされた理亞ちゃんが叫ぶ。

 

 どどどどど、どうしよう!


 ――それは、30分前までさかのぼる。


 いつもの通り公園に来たリア充爆ぜろ委員会の面々。と言っても、委員会メンバー3人だけ。少人数で運営しております、みたいな。


 理亞ちゃんは、公園を隅々まで見渡した。


「委員長、今日のターゲットはどうしますか?」

「うーん……そうだな。カップルと言うか人間自体居ないな。」

「そうですねえ。それはそれでつまらないですね。」

「おいおい、何を言っているんだ。平和で良いことじゃないか。」


 委員長は、薄ら笑いを浮かべながら、思ってもいないことを言う。むしろ無理矢理にでもカップルを見つけ出して男をぶっ飛ばして、ストレス発散したいと思っているに違いない。


 理亞ちゃんは、委員長のことをうっとりと眺める。


「そうなんですけどーやっぱり委員長の華麗な技が見たいんですよねぇ。」

「そうか。何なら、今から個別指導してもいいんだぞ。風祭理亞。」

「ホントですか?! やったあ!」

「何なら、二人きり、密室の中で、手取り足取り……な。」


 なんだこの茶番。

 この百合展開への誘いみたいな。


 委員会メンバー3人で、委員長と理亞ちゃんが良い仲になってしまったら、私一人ぼっちじゃないか。


 と言っても、百合仲間に誘われても困る。

 実際、誘われて、キッパリと断れるかと言われたら、うーん……


 性格には難ありだけれど、美人で包容力のある委員長。


 むしろその性格が魅力でもある。

 強引に引っ張ってくれる人に惹かれてしまう乙女の法則。


 乙女心とは。


 いけないいけない。

 最近忘れがちだけれど、私には彼氏がいるんだった。けれど最近、彼氏へのSNS返信が遅れがちなような気もしている。


 はあ、やめやめ!

 まだ委員長から誘われても居ないのに、私は何を考えているのだ。実際に誘われたときに考えることにしよう。


 って、何?!

 って、委員長に誘われること前提に思っちゃってるじゃん、むしろ願っちゃってるじゃん!


 じゃんじゃん!


 やばっ、このままでは百合物語になってしまう!


 それはダメ。絶対。

 私はノーマル、私はノーマル……


 よし。

 話を戻そう。


 理亞ちゃんは頬を膨らませて委員長にツッコミを入れる。 


「もう! 委員長、彼女いるじゃないですかあ。」

「おお、なんだ? ヤキモチか?」

「そんなことないですけど~。」


 これ、理亞ちゃんガチモード?

 漫才とかじゃなくて本気で委員長に惚れちゃってる?


 私の脳内で、理亞ちゃんと彼氏の別れへのカウントダウンが始まった。


 いやーこれ。

 メシウマ案件じゃ無いですか。


 だって私、人の別れとか大好きです、大好物です。白飯3杯、余裕でいけます。


 自分の別れは嫌だけど、他人の別れ話は大好きです。


 最低と言われても良い。

 私は私の道を行く。


「見つけたぞ! 枯石零!」


 私が妄想にふけっていると、いつの間にやら前に男が立っていた。


 昨日、委員長にケンカ売って、瞬殺された……えっと、十文字爆さんだっけ。カポエイラ全国大会二位の。


「あははは。可愛いヤツだな。」

「からかわないでくださいよー!」


「おい! 無視するな!」


 相変わらず委員長と理亞ちゃんは、爆さんのことをガン無視する。


「いやいや、私は本気だぞ。風祭理亞。」

「そんなこと言ってると、彼女に怒られますよ?」

「バレなければ平気さ。」

「ええーそうなんですかあ?」


「お前ら、ワザとやっているだろ!」


 文句を言いながらも、二人の茶番を大人しく見ている爆さん。根はいい人なのかも知れない。


「もちろんさ、私は世の女の子たちを守らなければならないのだからな。」

「うわー、言っていることはメチャクチャだけど、何かカッコいい……」


 キリがないな、この茶番。

 そろそろ止めるか。


「あのー委員長?」

「なんだ? 西園寺さいおんじ由宇ゆう。」

「なんかまた、例の男に呼ばれてますよ?」

「ん? 私には人間なんて見えないが?」


 改めて紹介しよう。

 後ろから現れた男は「十文字じゅうもんじばく」。


 彼は、ブラジル発祥はっしょうのダンスと格闘技の要素を合わせた武術、カポエイラで全日本二位の実力を持っている……らしい。


 らしい、と言うのも、全国一位の委員長が彼のことを全く覚えていないのだ。


 全国大会の決勝戦で、毎回、彼のことを一瞬で倒してしまうからだ。それに委員長は、女性以外は虫けらだと思っているので、男の顔を覚える気さえないのだった。


 なんとも可哀想な男なのだ。


 そんな爆さんも、我慢が限界に達しそうになっていて今にも切れそうだ。


「お前ら、いい加減にしろよ?」


「そうですねぇ……委員長の言う通り、人間はいませんね。」

「だろ? 人間はいないんだ。お前には見えるのか? 西園寺由宇。」


 相変わらず、委員長と理亞ちゃんは爆さんのことが眼中に入らない。


 もう、何て言えば伝わるのかな。


 あ、そうだ!


「違いますよ! です! 虫けら!」


 委員長は男のことを虫けらと呼ぶ。

 ここまで言ったら、流石の委員長にも伝わるだろう。


 私の虫けら発言を聞いて、理亞ちゃんはお腹を抱えて笑い出した。


「あはははははっ! 由宇ちゃんまで虫けら言った! ウケる! 由宇ちゃんが、虫けら……あははははっ! おなか痛い。」

「あ、ああ、いや、この前、委員長が虫けらって呼んでたから、つい。」

「あはははははっ! ウケる! 由宇ちゃんが一番ひどい! あはははは! どいひー! ひーひー。」


 理亞ちゃんの大笑いが止まらない。

 私、そんなにヒドいこと……言ったか。


 実際に虫けら言ったら、なんか罪悪感にむしばまられてきた。


 それでも委員長は冷静に私のことをフォローする。


「そんなに笑うな風祭理亞。虫けらなら、確かに、いるな。目の前に。」


 これフォローになってるのか……?

 むしろ煽っているような。


「お前! ふざけるな!」


 逆上する爆さん。そりゃ怒るよね。人間として見られていないんだもんね。爆さんの人生を全否定されているのと変わらないもんね。


 けれど、委員長は反省するどころか、輪を掛けて爆さんを煽る。

 

「ふざけてなんていないが? 虫けらなんて私の眼中にないのでな。」

「俺は虫けらなんかじゃねぇ! あの時は油断しただけだ!」

「そうか、私は覚えていないのだが、貴様とは何回か相まみえたことがあるそうじゃないか。毎回油断しているのか?」

「う、うるせえ!!」


 おおー。

 確実に相手の古傷をえぐってくる委員長、容赦がないな。


 爆さん、もう何も言い返せなくなっているじゃ無いか。


 チェックメイト。

 爆さんは口論委員長に勝てないのだった。


 委員長は、私と理亞ちゃんの肩を抱き、優しく呟いた。


「さて、残念だが今日は収穫なしだな。2人共、学校に帰るぞ。」

「はーい! 後で、カポエイラの技教えてくださいね……って、うわっ!」


 委員長に元気良くおねだりしようとした理亞ちゃんが、いきなり叫んだ。

 

 え、うそ?!


「り、理亞ちゃん!」

「おっと、動くなよ? 動いたら、こいつの綺麗きれいな顔に傷がつくぜ?」


 そして今。

 理亞ちゃんは、爆さんに羽交はがい締めにされ、首筋にナイフを当てられたのだった。

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