第46話:決意

「ウォオオオオオ」


 血を吐くほどの激情の籠った雄叫びだった。

 マチルダに失明を決意させた自分が情けなかった。

 将来の民が犠牲にならないように目をえぐり出したい気持ちもあった。

 だがマチルダの想いを無にして目をえぐり出すような事はできなかった。

 ありとあらゆる感情を持て余し、どうしようもない怒りが身体中を駆け巡る。

 それが全ての人の魂を奮わせるような雄叫びとなった。


 戦闘侍女、護衛騎士、追いついた守護騎士のオルガ。

 六人が決死の覚悟で上級魔族と化したオリアンナを斃そうと激闘していた。

 そこに皇太子が突っ込んでいった。

 一直線に突っ込む単なる特攻に見えるが、実際には今まで身に着けてきた全ての技と身体能力の結晶だった。

 

 オリアンナがどこに逃げようと追い込むことができる足術と体裁き。

 同じくオリアンナがどこに逃げようと追撃できる剣術。

 オリアンナがどう逃げようと皇太子が一直線に突っ込んだように見えてしまう。

 一直線に皇太子の剣がオリアンナの心臓を貫き、流れるように上に斬り上げられ、首から頭にかけて下から縦に両断された。

 そのまま剣は流れるように動き、最小の円を描きながらオリアンナの左肩から心臓に向かって袈裟懸けに斬られた。


 これでオリアンナは左頭から首に一部左肩の含まれる部分が斬り分けられた。

 そのまま剣が下がる事で、右頭から首に左上半身に斬り分けられた。

 残った左上体と下体の三つに斬り分けられたのだが、これだけでは皇太子の激情がおさまる事はなかった。


「ぐっわアアアアアア」


 絶対に蘇らせないという決意があったのか、単なる怒りの発露か。

 皇太子はオリアンナの身体を切り刻んだ。

 手首と足首、肘と膝、肩と股、そして頭は八つに斬り分けられた。


「火を放て、火を放って焼き尽くすのだ」


 急ぎ皇太子の元に集まった者達がキビキビと動く。

 誰も逆らおうとしない。

 いや、逆らえるわけがない。

 血の涙を流しながら、目を閉じたマチルダの肩を抱く皇太子に誰が逆らえる。

 古参の側近達も何も言えずに薪の代わりになるモノを探した。


「ごめん、ごめん、ごめん、俺が不甲斐ないばかりに、ごめん」


「何を謝られる事があるのです、殿下。

 この世に絶望していた私を救ってくださったのは殿下ですよ。

 殿下のこの傷がその証です」


 マチルダがそっと皇太子の顔の傷に触れる。

 何の後悔もない晴れやかな笑みを浮かべながら。

 だが皇太子は忸怩たる想いだった。

 自分の顔の傷跡など何時でも消せるモノだ。

 他人を犠牲にしなければ治せないマチルダの失明とは比較にならない。

 皇太子は誰かを犠牲にしてマチルダを癒すか懊悩することになった。

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