第36話:獅子奮迅

 皇太子の側近は選び抜かれた騎士や戦士だ。

 一騎当千と言ってもいい猛将豪将勇将がそろっている。

 普通なら縦横無尽に戦って貴族軍など翻弄する事ができる。

 だが今は皇太子殿下を護るために動きが制限されてしまっている。

 いや、皇太子殿下だけならば皇太子殿下自身が一騎当千の騎士だから、一緒に縦横無尽に戦う事ができる。


 だが今はどうしようもない制限があった。

 邪神と王都の繋がりを断つために、魔術師と呪術師が魔法陣から動けないのだ。

 近接戦闘力がないどころか、剣を避ける事もできないほど、一心不乱に魔術と呪術に精神集中してしまっている。

 魔術師と呪術師を護るために機動力を失った状態で貴族軍を迎え討っていた。


「ウォオオオオオ、いかせはせん、いかせはせん、いかせはせん。

 お前らごとき、皇太子殿下の所にいかせはせん」


 剛力を誇る皇太子の守護騎士が吠えた。

 全身を使って百人力のハルバートを振り回していた。

 一振りで五人六人に敵兵の首が刎ねとんだ。

 鋼鉄製の鎧など何の役にも立たなかった。

 なかには素早さを生かして懐に飛び込もうとした敵兵もいたが、ハルバートの柄や石突部分を使って叩き殺していた。


「死にたい者はかかってきなさい」


 敵は数にモノを言わせて遂に魔法陣近くにまで迫ってきていた。

 皇太子は魔法陣の一角から絶対に離れない。

 何故ならそこにはマチルダ嬢がいたからだ。

 マチルダ嬢が一心不乱に呪術を唱えていた。

 才能を認められ、皇太子の役に立ちたい一心で、無理矢理志願して加わっていた。

 皇太子殿下とマチルダ嬢を護るために、皇太子の女性守護騎士オルガが貴族軍の前に立ちはだかり、啖呵を切った。


 オルガの実力は誰もが認めるものだった。

 騎士団でも徒士団でも体格に恵まれない者はオルガを手本にするほどだった。

 それほどの使い手を相手に迂闊に攻撃などできない。

 一定以上の実力を備えた者はそれが理解できる。

 だが乱暴なだけ、地縁血縁だけで貴族軍に召し抱えられている者には分からない。

 だから隙だらけで襲いかかってくる。


「これで私達の勝ちだよ」


 オルガはそう言い放つとバカな貴族軍兵士を殺さずに突き抜けた。

 貴族軍の一角から内部に入り込むことを優先したのだ。

 バカで弱い貴族軍兵士は他の守護騎士に任せればいい。

 自分の役割は素早い動きを生かした貴族軍の翻弄だと理解していた。

 まるで踊るような槍術、舞うような槍術。

 敵味方に関係なく目を奪われる美しい殺戮の舞踊を演じた。


 少し細身で軽いが長い槍をしなわせて振るう。

 敵の槍や剣とは打ち合わず、敵の鎧の隙間を的確に切り裂く。

 オルガが素早く駆け抜けた場所には数十人に遺体が残されることになる。

 オルガは敵貴族軍の奥深くに入り込み、大将首を狙っていた。

 これで戦いの帰趨が決まると思われた時、計算違いが起きてしまった。

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