第90話 酒場での騒動

――ネズミ婆さんに連れられ、レノとネココはフードで顔を隠しながら彼女と共に王国騎士との待ち合わせ場所である酒場へと向かう。ゴイルは付いては来なかったが、彼はレノから荒正を打ち直すと告げて剣を預かり、後で取りに来るように告げる。


この状況下で武器を手放すのは不安もあったが、武器ならば弓も矢もあり、それにいざという時はネココから蛇剣を借りる手段もあった。やがて3人は約束の酒場へと辿り着くと、店内に入った。



「あ、申し訳ございません……その、子供連れの方は中へ通すわけにはいかないのですが……」

「あん?固い事を言うんじゃないよ、こう見えてもこいつらは大人だよ。それに酒を飲みに来たんじゃなくて、人と会う約束をしてるんだ」

「そ、そういわれましても……」



酒場の店員はレノとネココの姿を見て驚き、どう見ても成人しているようには見えない二人を見て店の中に入れる事を拒否しようとするが、そんな彼女に対してネズミ婆さんは面倒そうに指を鳴らす。


店員には見えない位置でネズミ婆さんの上着からリボン(鼠)が飛び出すと、そのまま床を走って店員の後ろの席に移動すると、食事中の客の前に姿を現す。唐突に机にリボンが現れた姿を見て食事中だった客は噴き出す。



「ぶはっ!?お、おい!!鼠がいるじゃねえかっ!?」

「何だと!?この酒場、鼠が出るのか!?」

「うわ、俺の料理に!?」

「ええっ!?お、お客様!!大丈夫ですか!?」



リボンが現れた事で机に座っていた3人の男性客は慌てふためき、騒ぎに気付いた店員は机の方へと向かう。リボンは捕まえようとしてくる男達から逃れ、次々と別の机へと飛び移って騒ぎを起こす。



「チュチュイッ!!」

「うわっ!?こっちに来た!?」

「ちょ、来るなっ!!」

「ひいいっ!?俺の朝飯が!!」

「こら、待て!!捕まえろっ!!」

「……さあ、今のうちに行くよ」

「ひ、酷い……」

「……流石にこれは同情する」



客達が騒いでいる間にネズミ婆さんはレノとネココを連れて二階の階段を上がると、誰も座っていない机を見つけて座り込む。騒動を引き起こしておきながら知らん顔で勝手に席に座るネズミ婆さんの図太さにレノとネココは呆れるが、まだ相手は到着していない様子だった。



「中々いい宿屋じゃないかい、気に入ったね。今度からここに通おうかね」

「……店側としては一番迷惑な客だと思う」

「鼠を連れ歩ている人がいたら普通なら入店拒否されるよね」

「うるさいね、そんな事よりもあんたらは自分の身を心配しな。一応は鼠共を見張りに立たせるけど、もしも黒狼が現れたらその時は昨日みたいに行くとは思わない方がいいよ。残った奴等も化物だらけだからね」



ネズミ婆さんは昨日見せた手配書の3名の事を口にすると、レノの脳裏に「毒薬師のロン」「黒鎖のチェン」「紅血のカトレア」が頭に浮かぶ。彼等一人一人がロウやヤンよりも上回る危険人物らしく、特に最後のカトレアに関しては賞金の金額の5人の中でも一番高かった。



「ロンは金貨20枚、チェンは金貨12枚、カトレアは……金貨30枚」

「改めて見ると凄い奴等ばかりだな……こんなのに俺達は狙われているのか」

「そうとは限らないよ。こいつら全員がロウやヤンのように一匹狼とは限らないんだ。きっと、大勢の部下を従えているよ。仮にこの3人と出会ったら戦うなんて真似はよしな、すぐに逃げ出すんだよ。こいつらはこの街の警備兵如きじゃ相手にもならないぐらいに恐ろしい奴等なんだよ」

「ネズミ婆さんはこの3人の居場所を知ってるの?」

「鼠共に探させれば見つかる可能性もあるね。だけど、それをすれば真っ先に奴等は私を殺しに来る。ヤンを捕まえているのが私と知られるのも時間の問題だね……その時は皆一緒に雲隠れでもするかい?」

「……私達はともかく、ネズミ婆さんの年齢だと長旅はきつそう」

「失礼な奴だね!!年齢を重ねてもあんたらみたいなガキに見くびられるほど衰えちゃ……ん?」



ネココの言葉にネズミ婆さんは憤慨するが、言葉を言い終える前に彼女は一階に視線を向ける。何かあったのかとレノとネココも一階に視線を向けると、先ほどまで騒音が聞こえていたが、今は静かな事に気付く。


いったい何が起きたのかとレノ達は二階から下の様子を伺うと、何が起きたのか一階に存在した人間達が床に倒れ込み、身体を痙攣させていた。いつの間にか一階では黄色の煙が充満しており、状況的に考えて一階の人間が倒れた原因は煙を吸った事で間違いなかった。



「こいつはまさか……!?」

「チュチュウッ!!」

「リボン!?」



階段の手すりからリボンの声が聞こえ、レノ達は顔を向けると手すりを駆け上って煙から逃げようとするリボンの姿が存在したが、階段を登り切る前にリボンは煙に飲み込まれ、そのまま手すりからずり落ちて階段に倒れ込む。


一階の人間と同じようにリボンは身体が麻痺したように動かなくなり、その光景を見てすぐにネズミ婆さんは酒場内に麻痺毒を引き起こす煙が発生している事に気付く。



「こいつはまさか……毒薬師の仕業かい!!」

「毒薬師!?確か、手配書に記されていた……」

「二人とも、離れて!!煙がここまで上がってくる!!」



ネズミ婆さんの言葉にレノは驚き、手配書に映し出されていたロンという名前の男の事を思い出すが、そんな二人にネココは注意する。既に煙は酒場の二階にまで迫り、慌てて二人は二階の窓際へと移動を行う。

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