第13話 風の力を使いこなせ

「いたたっ……」

「グルルルッ……!!」



吹き飛んだレノに対して赤毛熊は四つん這いになると、警戒状態へと入った。ただの餌だと思い込んでいた人間の子供が得体の知れない力を使った事に警戒心を抱き、様子を伺う。その赤毛熊の行動を見てレノは自分の両手を見つめた。



(駄目だ、俺の付与魔術だと転ばせる事も出来ない……逃げるしかない、でもどうすれば……)



レノはどのような方法を用いれば自分が生き延びられるのかを必死に考え、最早手段など選んではいられない。必死に頭を動かして自分が出来る事を確認し、先ほどの出来事を思い出す。掌から生み出した風の力でレノは自分の身体が浮き上がった事を思い出す。


現時点では赤毛熊に対抗する手段はない、どんな手を考えようと赤毛熊を倒す事は出来ないだろう。だが、逃げ切るだけならば他にも方法があるかもしれず、子供の頃にレノは木の上から落ちた出来事も思い出した。あの時も高所から落ちて怪我をするのを恐れた時、風の付与魔術の力で身体を浮き上げる事で助かった。



(そうだ、あの方法なら……)



一か八かレノは両手に風の魔力を蓄積させ、地面に掌を向けた状態で一気に放出を行う。すると、レノの身体が浮き上がるほどの風圧が発生し、上手く近くの木の枝の上に飛び乗る事に成功した。



「やああっ!!」

「ガアッ!?」



強烈な突風と共に上空へと飛翔したレノに対して赤毛熊は驚愕の声を上げ、その一方でレノは上手く枝の上に着地出来た事に自分自身も驚く。だが、喜んでばかりではいられず、すぐにレノは別の木に飛び移るために跳躍を行う。



「とりゃあっ!!」



木の枝から別の木の枝に飛び移り、まるで猿になった気分になりながらもレノは赤毛熊から逃げるために跳躍を行う。もちろん、子供の身体能力だけでは木の枝に飛び移るなど到底出来るはずがない。しかし、空中にて風の補助魔術を発揮する事で飛距離を伸ばす。



(よし、この方法なら……うわっ!?)



しかし、跳躍の途中でレノは木の枝に飛び乗ろうとした瞬間、枝が彼の体重を支えられずに折れてしまう。その結果、レノは地上へ向けて落下してしまう。慣れない行為で失敗してしまい、他の枝に身体をぶつけながらもレノは地面に叩きつけられる。


地面に衝突したレノは苦痛の表情を浮かべ、その間に赤毛熊は逃げ出そうとしたレノに接近する。倒れているレノはどうにか赤毛熊から逃れようとするが、地面に叩きつけられた際に右腕を痛めてしまい、上手く動かす事が出来ない。



「グガァッ!!」

「くっ……来るなっ……!!」



右腕を抑えながらもレノは逃げようとするが、赤毛熊はそんな彼の元にゆっくりと近づき、右腕を振りかざす。このままでは助からないと思ったレノは残された片腕を向けて赤毛熊に先ほどのように突風を放つ。



「このっ!!」

「グゥウッ……!!」



掌から放たれた強風に対して赤毛熊は腕を交差して耐え凌ぎ、今度は体勢を崩す事もなく踏み止まる。その様子を見てレノは片手では風力が弱まる事を知り、この状態では身体を浮き上げて逃げる事も出来ない事を察した。このままでは食い殺されると思ったレノは何か手はないかと考えると、自分の両足がいつの間にか落ちた拍子で靴が脱げている事に気付く。


剥き出しとなった足元を見てレノはある方法を思いつき、今までに試した事はないがこの方法に賭けるしかなく、背後を振り返って障害物がないのかを確認する。運が良い事に森の中ではあるがレノの後方には障害物になるような物は見当たらず、赤毛熊が襲い掛かる前にレノは行動に移す。



「いっけぇっ!!」

「グガァアアアッ!!」



覆いかぶさろうとしてくる赤毛熊に対してレノは両足に「魔力」を集中させ、一気に解放を行う。その結果、足の裏から強烈な風圧が発生したかと思うと、レノの身体が後方へと引き飛び、一気に赤毛熊との距離を開く。両足から強烈な風圧を受けた赤毛熊の巨体が後ろに転がり、森の中に赤毛熊の悲鳴が響く。




――ガァアアアッ……!?




赤毛熊の悲鳴を耳にしながらもレノは遥か後方にまで吹き飛び、そして森を抜け出して先ほどの川へと辿り着く。どうやら逃げ回っている内に元の場所に戻っていたらしく、レノは小川の中に身体が沈む。



「うわっぷっ……!?」



慌ててレノは小川から起き上がると、激しく咳き込みながらも自分の足元を確認し、上手く赤毛熊から逃げ切れた事に驚く。まさか本当に上手くいくとは思えなかったが、両手以外の箇所から風の付与魔術を発動する事が出来ると判明した。



「ははっ……や、やった、やればできるじゃん……」



赤毛熊から逃れたという事実にレノは小川の岸辺に移動して身体を休ませるが、まだ完全に逃げ切れたとは限らず、安堵する暇もなくレノはその場を離れた――






――その日の夜、レノは赤毛熊に遭遇した事をダリルに話し、危うく死にかけた事を伝えた。彼はその話を聞いて非情に驚き、自分が武器の携帯を禁止させていたせいでレノは対抗手段もなく、危うく殺されかけたと知って彼は謝罪した。



「すまん!!まさか赤毛熊がこの山に現れるとは……だが、良く逃げ切れたなお前、怪我はないのか?」

「腕をちょっと痛めたけどね、今は何ともないよ」

「そうか……それにしてもこの山に赤毛熊が現れるとはな。レノ、これからは常に武器を持って行け。訓練の前に殺されたら意味はないからな。本当に悪かった……」

「義父さんのせいじゃないから気にしないで……それに今日は良い方法を思いついたんだ」

「良い方法?何だそりゃ?」

「その前に義父さんに頼みたいことがあるんだけど……これから訓練の時は付与魔術を使ってもいいかな?それさえ許可をしてもらえば武器がなくても大丈夫だと思うし……」

「うん?どういう意味だ?」



レノの言葉にダリルは首を傾げるが、そんな彼に対してレノは今日の出来事から思いついたある方法を試すため、今後の訓練の際は付与魔術の禁止を解いてもらい、狩猟に出かける事をダリルから許可して貰った――

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