第3話 森の魔物

「はっ、魔法も使えないくせに俺に勝てると思ってるのか!?」

「うるさい!!」



右手の掌を構えるタリヤに対してレノは両手を前に構えると、風の魔力を纏わせる。それに対してタリヤは小馬鹿にした表情を浮かべ、再び魔法を発動させた。



「一発で終わらせてやる!!スラッシュ!!」

「くうっ……うわっ!?」



タリヤは風の魔力を生み出すと「三日月」のように魔力を固定させ、両手を構えるレノに向けて放つ。その攻撃に対してレノは両手で魔法を受け止めようとしたが、防ぎきれずに後ろに吹き飛ぶ。どうにか魔力を纏った腕で防いだ事で身体が切り裂かれる事はなかったが、それでもレノの身体は地面に叩きつけられてしまう。


その様子を見ていたタリヤと他の子供達は笑い声をあげ、彼等の目にはレノが魔法も出せずに無様に吹き飛んだようにしか見えない。実際の所はレノも魔力を纏わせた両手で防いだことで致命傷は避けれたのだが、このままでは彼に勝ち目はない。



「ほら、さっさと立て!!スラッシュ!!」

「くっ……このぉっ!!」



再び放たれ風の刃に対してレノは正面から受けるのではなく、今度は腕を振って攻撃を逸らす。すると意外な事に上手く成功し、タリヤが放った風の刃はレノが纏う風の魔力に受け流される形で別方向へと飛ぶ。その結果、風の刃はレノの後方に存在した樹木に衝突して真っ二つに切り裂く。



「なっ!?こ、こいつ……よくも俺の魔法を!!」

「お、おい!!タリヤ、そんなに魔法を撃ったら魔力が無くなるぞ!?」

「うるさい!!」



タリヤは生意気にも自分の魔法を受け流したレノに対して怒りを抱き、魔法を連発した。だが、魔法を撃つ度にタリヤは明らかに身体から汗を流し、息遣いも荒くなっていく。その様子を見てレノは彼の魔法を避け続けながら考える。



(そうだ、魔法を無理に使い続ければいつかは魔力が無くなる!!そうなればタリヤだろうと動けなくなるんだ!!)



母親からレノは魔法の基礎知識を教わった事を思い出し、魔法を酷使すれば体内の魔力が枯渇し、最悪の場合は身体が動けなくなってしまう事をレノは知っていた。魔力とはいわば「生命力」に等しく、魔法を撃つ度に確実に使用者は体力と精神力を削る。


森人族は人間よりも遥かに魔力を生成する力を持ち、ハーフエルフのレノよりもタリヤの方が所有する魔力量は多いだろう。だが、いくら森人族でも魔法を使い続ければいずれは魔力を尽きて動けなくなるのは間違いない。そう考えたレノは彼が魔法を使えなくなるまで逃げ続ける事にした。



「く、くそっ……ちょこまかと逃げやがって!!まともに戦えないのか!!」

「くっ……!!」



多人数でレノを虐めてきた自分の事を棚に上げてタリヤは罵声を浴びせるが、そんな彼の言葉を無視してレノは両手に纏わせた風の魔力に視線を向ける。残念ながらレノは魔力を対外に放出する術は身に付けていない、それでもこの状態で相手に近付いて殴りつける事は出来る。



「くそ、魔力がっ……!?」

「タリヤ!?」

「おい、大丈夫か!?」



遂にタリヤも限界を向け、彼は顔色が青くなると膝を付いてしまい、その様子を見ていた他の子供達が駆けつける。しかし、レノは好機だと判断してタリヤの元へ向かう。



「タリヤッ!!」

「こ、こいつ……なっ!?」



タリヤは自分の元に駆けつけるレノを見て苛立ちの表情を浮かべたが、すぐに彼の背後に視線を向けて目を見開く。そのタリヤの表情を見てレノは疑問を抱き、後ろを振り返る。すると、茂みを掻き分けて全身が赤色に染まった巨大な熊が出現した。




――ガァアアアアッ!!




全身をまるで血に染まったかのように赤色の体毛に覆われた巨大熊が出現し、それを目撃したレノと他の子供達は震え上がる。その巨大熊を見た瞬間、レノは昔母親に教わった魔物の名前を思い出す。



「あ、赤毛熊……どうしてここに!?」

「ひいいっ!?」

「や、やばい!!逃げろっ!!」



姿を現した「赤毛熊」と呼ばれる魔物に子供達は震え上がり、一目散に逃げ出す。だが、魔力を失って動けないタリヤと赤毛熊を見て腰を抜かしたレノは動く事が出来ず、そんな二人を見下ろした赤毛熊は咆哮を放つ。


体長は3メートルを軽く超え、研ぎ澄まされたような刃物を想像させる牙と爪を剥き出しにした赤毛熊はゆっくりと歩く。その光景を見てタリヤは悲鳴を上げる事も出来ず、あまりの恐怖に失禁してしまう。レノの方も逃げなければならない事は理解していたが、身体が言う事を聞かない。


この赤毛熊はタリヤが風魔法を連発した事で騒ぎを聞きつけ、ここへ引き寄せられた。そして辿り着いた先には滅多に見翔けない森人族の子供であった事に赤毛熊は涎を垂らす。赤毛熊は最初に狙ったのは自分の一番近くに存在したレノであった。



「ウガァッ!!」

「うわぁっ!?」



右腕を振り払おうとした赤毛熊に対してレノは咄嗟に両手を突き出し、風の魔力を纏った手で防ごうとした。結果的には風の魔力によってレノは赤毛熊の攻撃を防いだが、あまりの力の差に耐え切れずに身体は派手に吹き飛ばされてしまう。



「がはぁっ――!?」



赤毛熊の一撃でレノは10メートル以上も吹き飛び、そのまま木々の枝に衝突しながらも地面へと落下する。地面に叩きつけられたレノはあまりの激痛に意識を失う――






――次にレノが意識を取り戻した時、既に日が暮れて夜を迎えている事に気付いた。彼は身体を起き上げようとすると、両腕に激痛が走り、腕が変な歪な形に曲がっている事に気付く。両腕とも折れている事に気付いたレノは悲鳴を上げ、その場を苦しみもがく。



「痛い、痛い痛いっ……!!」



しばらくの間は地面を転げまわったレノだったが、やがて落ち着くと痛みを我慢しながらも起き上がり、周囲の様子を伺う。どうやら赤毛熊は消えてしまったらしく、タリヤも他の子供達の姿も見えない。レノはふらふらとした足取りながらも森人族の里の方角へ向けて歩む。


大分時間は掛かってしまったが、どうにかレノは里に帰還する事に成功すると、ここで里の様子がおかしい事に気づく。里の周囲には魔物が入ってこれないように木造製の柵が施されているのだが、その柵の一部が無残にも破壊されていた。更に柵だけではなく、里の内部の建物も何軒か破壊されていた。いったい何が起きたのかとレノは驚いたが、ここで彼は柵の傍に赤色の毛皮が落ちている事に気付く。

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