第21話 興味
普段のこの男らしからぬ煮え切らない態度を不審に思いながらも、そういえば、とアヤメはこの男のことを殆ど何も知らないことに気がついた。
あまり自分のことを語らない寡黙な男。
代理の補佐官の以前は、とある高位の者専属の護衛のようなものをやっていたらしい。
しかしそれ以外、自分はこの男について重要なことは何も知らない。
改めて認識した事実に、そうだったな、などとぼんやり思う。
人と関わることが苦手だということはとっくに自覚している。『人間嫌い』と師匠にあたる銀葉に揶揄されても反論はできなかった。
『人間嫌い』なわけでは決してない、…と思う。
動物のほうが好きなだけだ。
あ、
泣きぼくろ。
とりとめのないことを考えていると、月の顔に発見があった。
いつもは眼鏡の縁に隠れていて気付かなかったが、よくよく見れば左目の眼尻のところに一点墨を落としたようなほくろがあったのだ。
…色男だなあ
村の娘達が騒ぎ立てるのもわかる。
長い睫毛、高い鼻梁、意志の強い瞳、皮肉気に吊り上げられる唇、彫像のように逞しい体。
ちょい、と垂れている前髪を一房摘んでみる。少しパサついていて、傷んでいる髪。触らないとわからなかったことだ。
自分の悪いくせだ。
他人との距離の取り方がわからない。まわりが、何も言わなくても察してくれる人が多いから、つい、甘えてしまう。
「…何ですか?」
引っ張られた髪で意識をこちらに向けた月が、無言で自分を見つめる相手を不可解そうに見る。
アヤメも、月の注意を引いたは良いが何と声をかけたら良いかわからなくなり、口をつぐんでしまった。
慣れないことに考えを巡らせぐるぐると悩むアヤメの手は、未だ月の髪を掴んで放さない。
しばらく相手の様子を探っていた月だったが、何も行動を起こさないアヤメについには焦れて、お返しとばかりにアヤメの髪を軽く引っ張った。
「何も言わなければ伝わりませんからね」
「……そうだね」
「これ、どうしたんですか?」
黒く染まった髪を摘み上げる。
「紫苑に染めてもらった。普段の色は目立ちすぎるから」
「へぇ。…落ちるんですか?」
「水に溶けるらしい。明日には戻ってるよ」
言うと、不思議そうに髪の毛を見つめ、目を瞬かせた。
「派手、ですね」
「何が?」
「あなたの髪が、です。染めても染まりきってない」
「そうか?」
「綺麗ですね」
驚いて顔を上げる。
『綺麗ですね』
反芻して、率直な誉め言葉にアヤメは恥ずかしくなった。
当の本人は、特別問題な発言をしたという意識がなく、好きなようにアヤメの髪を弄っている。
やがて、根元はどうなっているのかと、こめかみからうなじにかけて軽く手で梳いた時、アヤメの耳朶が熱を帯びていることに気付いた。
「…照れてます?」
「まあ、一応」
「わかりにくいです。常から思っていましたが、もっと愛想笑い以外の表情も出してください」
「努力する」
「宜しく」
ニッと白い歯を覗かせて笑う。
それはいつものような馬鹿にした笑みではなかった。
バツが悪くなり、話題を変えようとアヤメが月の髪から手を放すと、月もそれが合図のように梳いていたアヤメの髪から手を放した。
横目にその様子を見ながら、アヤメは今回の事の次第を思案した。
まずは、護衛達の知っていることを訊きださなければならない。
空木との関係、目的、そして何の術を仕掛けようとしていたのか。
しかし、護衛達が重要なことは何一つ知らないだろうと予想していた。
幸いに術は発動しなかったものの、直前までのあの態度では、術の内容も知らないに違いない。
近寄るだけで全てが汚れてしまいそうな、気配。
どんなに質の悪い魔術か。
考えるだけで気分が悪くなり、アヤメは深く眉間に皺を寄せた。
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