第13話 想定内に想定外
明日、お出かけする事になってしまった。
「どの服を着たらいい?お任せしていいかな」
「ええ、まかせてください!」
「それで、買ってくれた服ってスカート物ばっかり?」
「そうですよ。当たり前じゃないですか」
「当たり前なのか?それなら、素足じゃ寒いよな」
「ふっふっふ。そんな事もあろうかと、買っておきました。じゃーん、動物おーばーにーそー」
膝あたりに動物の顔が付いてた。
「あ、うん、確かにかわいいね。で、これ俺が履くんだよね?」
「ええ、そうですよ。他に誰も履けませんから」
「他の物はないの?」
「ありません♪」
なんでそんなに嬉しそうなんだろう。
というか、俺を他の子どもと引き合わせるって嫌じゃないのかな?
なんというか、ちょっとは独占欲を出してくれてもいいじゃないかって思う。
そう思うのは贅沢なのかな。
その日のお風呂はどうにか居眠りをしないで済んだ。
一緒に寝るのは実質的に初めてで緊張する。
そういえば彩月さんの寝顔って見た事ないんだよね。
だからか今日は先に寝ないという目標を掲げた。
だって、俺ばっかり寝顔を見られるのは不公平だからだ。
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」
「はいっ」
「明日の朝起きたら、元に戻っていればいいですね…」
「ほんとに戻りたいよ」
「でもその恰好でもどったら、服とかビリビリ破けちゃいますね」
「え…」
「下着とかあり得ない程食い込んじゃいそう」
「え…え…ええええええ。な、なにかイメージしてはいけないものをイメージしてしまった」
「ふふふ、大丈夫ですよ………たぶん」
「たぶんっって!」
そんな話をしている内に、がっしりと後ろから抱き着かれた。
寝ている間に元に戻るかもしれないなら男物のシャツを着てパンツも脱ごうと思ったのを見透かされたのかもしれない。
抜け出せない以上、今日は戻らないと信じよう。
ベッドに入って後ろから抱き着かれると温かくて気持ちがいい。
それが好きな人なら尚更だ。
まぁいいや…
薄れゆき意識の中、聞こえた言葉があった。
「ごめんなさい…」
何に対して謝ったのだろうか。
◆ □ ◆ □ ◆
翌朝は、彩月さんの土下座から始まった。
「どうしたんですか」
「謝らなければいけない事があるんです」
「理由を教えてくれればいいですよ、とりあえず土下座はしないでください」
「はい、その、今日会うママさんですが、実はクライアントなんです」
「…え゛?」
「ですから、その、機嫌を損ねない様にですね…」
「それって、大丈夫ですか…。例えば将来を誓いあうみたいな事しないですよね」
「あはは、まさかぁ、相手もまだ五歳ですよぉ」
◆ □ ◆ □ ◆
ダイレクトに求婚された。
「すすす、好きです、僕と結婚してください」
「えっと、結婚は十六歳にならないとできないよ?」
「え、えええ、ママ、ママ(ごにょごにょ)」
「…」
「あの、じゃあ将来僕と結婚してください」
「えっと、結婚とかよくわかんないから、お友達からじゃダメ?」
さらっとかわした。お願いだこれで引き下がってくれ。
彩月さんも横で冷や汗をだらだらかいている感じで、微動だにしない。
自分を守れるのは自分だけだ。
「だめよ(ごにょごにょ)」
そのママさんの指示はせめて聞こえないようにしてほしいなぁ。
「じゃ、じゃあ、結婚をぜんていにお付き合い、ぜんていってなに?」
俺に聞くな。
「じゃあ一番のお友達、これじゃだめ?」
「うん、いいよ!」
その後、ボイストレーニングを受けたが、ことあるごとにみつる君が絡んできて練習にもならなかった。そうして、そろそろママさんたちとのお別れかと思った頃、別れ際に彩月さんからトイレへ誘われた。別に必要が無いと思いつつ、付いていくと彩月さんが暗い顔で俺に話しかけてくる。
「あの、本当にごめんなさい、権力に逆らえない私を叱ってください」
「どうしたの?ここまできたら何でもするから言って」
「あのママさんが、あゆみむちゃんからみつる君に、ほっぺでいいからキスしろって…」
「えええ、普通そこまでしないでしょ」
「私もそう言ったのよ?でも、『一番の友達ならそれくらい普通じゃなくて?』なんていうのよ?」
「何か感性がおかしいというか、もう論理も滅茶苦茶だね」
「反論も聞いてくれなくて、『とにかく言いくるめなさい』とだけ、会社からも絶対に不興を買うなと言われてるし…」
「いいよ、ほっぺチューくらいで彩月さんの役に立つならいくらでも」
「ほんとにごめんなさいっ」
そうして容易いクエストを受けてしまった。
さっさとクリアして帰ろうよ。
正面にみつる君、真横にママさん。
「ほら、お別れだから両手で握手しなさい」
言われた通り両手で握手。さっさと手を放す。
これ、なんの意味があるんだ?
そこで、俺にだけ聞こえる様な声で指示が来た。
「ほら、そこでキスするの」
まぁ仕方がない、目を瞑って相手を彩月さんだと思ってキスをした。
だが、感触がほっぺの柔らかさではなくもっと柔らかい何かだった。
その瞬間、俺の口の中にさらに柔らかい物が入り込む。
パァン!
咄嗟に手が出た。
出てしまった。
大人は二人と唖然としている。
傍から見てもみつる君がしようとしたのはディープキスだった。
まぁそれくらいは、どうと言う事はない。中身は大人だからだ。
みつる君は泣きじゃくりながら訳の分から事を言っているのかと思ったらそうでもなかった。聞き取りづらかったが、みつる君の言い分は「ママとパパはいつもこうやっていたのに」だ。
このままでは俺が加害者になってしまう。
そうなると、考えるまでもなく、彩月さんの立場は危ういのではないだろうか。
俺が彩月さんの仕事の障害になる──。
そう思うと同時に自然と涙があふれて出した。涙腺まで子どもレベルになってしまっているらしい。涙は留まるところを知らず全力で泣き出してしまった。
子ども二人が大合唱だ。大人は大慌てだな。
彩月さんは謝りながら抱きしめてくれたが、俺は泣き続けていた。
ママさんたちと別れた後でも泣き続けていた。
どうやら、俺は心と体が離れる現象というのを体験しているらしい。
心は完全に傍観者で体の自由が無くなっている。
声を出すつもりもないのに大声で泣き、手を動かすつもりもないのに涙を拭う。
俺はどうなるんだ…。
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