ギャルの赤ちゃん

龍鳥

第1話 ギャルの赤ちゃん


 俺は今日も、平凡に生きてきた。


 そうなるはずだった。

 


 「突然だけど、これあなたの子供なのよ」



 どうしてこうなった。

 放課後、誰もいない教室。突然呼び出されたのは、おれのクラスでも最上位の支配グループに所属する女性、通称"ギャル子"。

 その最下層に位置する俺と彼女には、当然ながら接点はないし、会話したこともない。


 なのにギャル子は、赤ん坊を抱き抱えたまま『俺の子供』と自称して、俺は今にも倒れそうになった。頭の整理が追いつかないし、冷静になれるかよ普通。



 「気が動転してるのはわかるよ。今、この子は眠ってるけど、私たちの大切な子供よ。ほら、目元とか似てるでしょ」



 いや似てねえよ!!心の中で大声でツッコミをかけたが、この状況を理解するために、おれの手足は震えていた。第一、初対面だぞ。



 「まず、君と喋るのは初めてだよね?冗談だよね?記憶にないんだけど?」



 とりあえず、言いたい質問を全部投げつけた。あとは、当の彼女がどう答えを出すか。頼むから、腰を抜かすような返答はしないでくれよ。



 「あの激しい夜を忘れてしまったの」



 いや知らねえよ!!そんな潤んだ目で俺を見るな!!お前といつ夜を過ごしたんだよ!!お前の家すら知らねえんだぞ!!



 「……んあっ」



 おれの焦る表情に驚いたのか、赤ん坊が目を覚ました。ギャル子は赤ちゃんを大事にそうに、壊れやすい人形を扱うようににユサユサと揺らした。



 「あーす、ほーる」



 いや喋れるんかい!!もしかして2歳以上ですか!!しかも覚えた言葉が「あーすほーる」て下品な言葉だな!!汚ねえよ!!


 

 「あっ、さっきの質問ね。実は、あんたの名前……なんだっけ?」



 名前も知らないのに尋ねたのかよ……呆れるぜ。

 とにかく、ギャル子の悪ノリに付き合うのも嫌になってきたので、俺は荷物を纏めて帰り支度をする。



 「じゃあな、俺はそんな子供なんて知らない」 



 俺がギャル子の横を通り過ぎた時、彼女は服の袖を掴んできた。絶対に離さない、言葉には表さないが神経から伝わる悲しい脈拍の流れが、俺を止めさせた。


 俺はギャル子の方に振り返ると、ギャル子は泣いていた。……やめろ、そんな涙を流したところで、俺の心は動かないし、何も解決にならないぞ。



 「……事情を、聞かせてくれ」



 義理にもなく、俺は気を遣ってしまった。クラスで目立たないように生きてきた俺にとって、支配グループで誰にも逆らえない存在であるギャル子が助けを求める構図が、周囲のクラスの反応に悪影響を及ぼすのが確実だ。


 だがどうしても、赤ん坊の純粋な目というのは、誰しも助けたくてしょうがなくなる。



 「実はさ……あんたが寝ている隙に……やっちゃったんだよね……」



 うん?なんかヤベェ言葉を吐き捨てたぞコイツ。



 「……ゴメン、重ねて言うけど実は」



 待て待て、それ以上は言うなよ言うなよやめて。



 「隠してたけど、あんたの事が好きだったの!!それで修学旅行の時に寝込みを襲って、危険日に排卵行為しちゃったの!!」



 ……嘘だろ。



 おれの頭の中で、修学旅行のシーンが回想される。あれは一年生の時の修学旅行だ。そんで、ギャル子と同じ班になって飲み物を渡されて……で、急に眠くなったとホテルの部屋で戻って昼から寝かせてもらって……




 「はああああ!!??」



 俺の大声は、出したくなったけど出してしまった。そのせいで、俺の声にビックリした赤ん坊は泣きそうになる所を、ギャル子は必死に泣き止めようとしている。


 待て待て、じゃあ修学旅行の時に俺に睡眠薬を持って、そのまま寝込みをついて……。というか、その間の俺たちが3年生になるまでの高校生活を、どうやって赤ん坊を育てたんだよ。それだと、話の辻褄も合わない。



 「警察に通報していいかな?」



 この場合、俺は完全に被害者だ。この女は、俺の貞操を奪い既成事実を作ったんだ。間違いなく、最低だ。

 というか、空白の2年間にギャル子は赤ん坊をどうやって育てたんだよ。



 「やめて!!あんたが好きだから作った赤ん坊なのよ!!その命を無駄にしないで!!」



 そうやって泣きながら赤ん坊を突き出すなよ!!何より、顔とか全く似てねえぞ!!



 「良い加減にしろ!!ほぼ初対面のお前に好き勝手と言われる筋合いはねえよ!!話が進まねえから、俺は帰るぞ!!」



 おれは逃げるように退散して、教室から出ようとした。しかし……



 「だーだ」



 赤ん坊の呼ぶ声が、俺の心臓を鷲掴みにされて動けなかった。わからないが、何かこの子には、俺との特別な関係がある。あんな無垢な瞳には、おれはきっと汚い大人の1人として、映っているのだろう。


 俺は、その1人になりたくない。



 「……とりあえず、いつ産まれたんだ」


 「2年前よ」


 「この事を知ってるのは?」


 「保健室の先生」


 「あの人なら、信頼できるな」


 「うん、やっとわかってくれたね。じゃあ、そこで挙式をあげるから」


 「……はっ?」



 どうして保健室の先生が信用できるかというと、彼女は、まあ女の先生だけど学校一で人気がある先生なのだ。俺のクラスの担任と違って、イジメがあったら保身に走るような屑ではなく、常に生徒の目線に立って味方に立つ、俺が認める最良の大人だ。


 でもその前に、こいつは保健室でなに結婚式をさせるつもりなんだよ!!



 「お願い!!この子を守るためにも、私と結婚してください!!」



 逆プロポーズされた俺は、もう後戻りができない立場になっていた。赤ん坊の視線、そして仮の妻であるギャル子の視線も、俺の流儀に決定づけた。


 ギャル子の目には、嘘がない。必死に誰かから、助けを求めるサインを俺は見逃すことはできなかった。



 人は、何かしら天から与えられた使命を期待している。それは前触れもなく襲ってくる。

 俺は、今がその時だと確信していた。

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