第143話

 じわじわと、また目には涙が滲んでいる。ポケットに入れていたハンカチでそっと涙を拭うと、マリア様は嬉しそうに笑った。

「だから、ね。妹から魔力を奪って、精霊を捕まえて聖女の力をみたいなものを手に入れて、王子様に会って。……幸せだった」

 まるでお姫様にでもなったような気分だった、とマリア様は笑う。けれど、すぐに王子様はマリア様に不信感を抱くようになり、バレてしまう前に洗脳の呪いをかける羽目になってしまった。

「魔法や呪いは、たいして難しくはなかったわ。ゲームで培われた想像力のおかげかしら」

 そして、時は来た。私たちが来てしまったのだ。自分の夢なのにどうして邪魔が入るのか、苛立ちを覚えたマリア様は、光の精霊から取れるだけの魔力を吸い上げた。精霊が解放されてしまうかもしれないことが、なんとなく分かっていたからだ。

「あなた達も転生者だと知って、訳がわからなくなった。とにかく魔力を補給しないとと思って、精霊王を捕まえようと思って、最後の力を振り絞って転移をしたの」

 疲れ果てていた光の五大精霊から奪った魔力では、それは限界だった。それでも、精霊王を捕まえるという願いに縋ってしまった。どうしようもなかったから。

「でも、精霊王の部屋に入れたのに魔力もないし、呪いは効かなくて。それに……」

 マリア様は私の方を振り返った。両手で私の手を握り、申し訳なさそうに魔力らしき何かを送り込んでくる。

「あなたを苦しませてしまった。それなのに、追いかけてきて。思ったんだ。私が本当にしたかったのって、こういうことじゃないよなあって」

 マリア様の手から、私の中から抜け落ちていた何かが戻ってくる。それと同時に、体が軽くなっていき、頭痛も消えていった。

「前のお母さんも言ってた。自分のしたことは、必ず返ってくるよ、って」

 マリア様は私の手を離した。まるで何かを諦めたようなその目に、私は目を見開く。

「そしたら私、幸せになれないよね……」

 痛みが、その瞳を通じて伝わってきた。こっちまで泣きそうになってくる。

 苦しかっただろうなあ。辛かっただろうなあ。中学生という若さで死んで、死んだことすら分からず、ただ健康な体を楽しみ、今度こそ掴める幸せを願って。

 マリア様は天才だ。失われた魔法を自力で再現し、呪いや罠も自力で編み出してしまった。それに、光の五大精霊が逃げたことに気が付いていなかったということは、おそらくマリア様には精霊が見えていない。それなのに、世界最強の精霊を捕まえた。だからあの時、捕まっていた精霊は、テンサイ、天才と言ったのだ。

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