使用人の憂鬱【マリー·リーバン】+ざまぁな小話


「千聖様、お茶会の招待状が届いております」

「お茶会の、招待状ぉ??」

「はい。私も初めて目にしました。パーティーの招待状なら幾度となく拝見しておりますが、残念ながらハント公爵家には旦那様しか居りませんので……私達メイドも御令嬢の茶会には慣れておりません」

「なるほど……」


 なので今回は若い女性に一番慣れているマリーが対応します、とメイド長のイザベラさんから紹介を預かった。

 マリー·リーバン、私の名前だ。これでも男爵家三女の末っ子、貴族の端くれである。ただ貧乏な上に父が働く気の無い駄目人間だから、私は嫁げずにこうして今も働いている次第だ。

 上の姉二人が嫁に出た際の支度金でなんとか借金は返せたが、その後の生活費が無い。歳は千聖様よりは若いけれど貴族社会において婚約者も居らずその予定も立っていない、行き遅れに近い20ハタチ


 最初は歳の近いお嬢様がいる侯爵家で働いていたのだが、如何せん性格が酷かった。

 それこそ茶会に付いて行けば他人の悪口を遠回しに言い、自分の自慢話や財力の差を見せつけ、一通りその行事・・が終わると、私イビリが始まる。自分達と歳が近いのに婚約者も居ないしパーティーでは金持ちの男探しに必死で、金が無いからドレスはお古の流行遅れ、働くしかなくて手荒れも酷くそんなんじゃあ男性と手も繋げない、ならダンスも出来ないわね、と笑うのだ。

 集まる令嬢が皆似たような性格だったから止める人も居ない。


 これでも貴族の端くれだからわざわざ休みを取ってパーティーに参加すれば、やれ飲み物を取ってこいだの髪型を直せだの結局イチ使用人として扱われる。

 そもそもお前が私を男性と接触しないようにしているのではないかふざけるなと怒りを沸かせていたのだが、到底適う相手でもない。

 だから辞めてやった。負けたと思われてもいい。


 今までは侍女見習いだったけど、恐ろしいと囁かれるハント公爵家に普通の使用人として働き出した。

 下心がないか等色々確認され最初は圧をかけられたが、給金は良かったので文句は無い。それに旦那様も猫撫で声でぶりっ子する女は嫌いのようだし。働きやすいなと、素直に思えた。

 ただ単に私の気が楽になっただけかもだけど。



 ──そうして、やっと安寧の地が出来たというのに、またあの業の渦に飛び込まなければならないらしい。

 千聖様が渡された招待状。レースのカットが美しい真っ白な封筒。差出人はブリジット·シルヴァ。私が侍女見習いで働いていたあの性格の酷いお嬢様だ。


 己の自慢は激しいが、それは自分よりも格下の者にだけ。

 基本は長いものに巻かれるタイプで、アーサー殿下と婚約していたカレン様の『取り巻き』として令嬢達に幅を利かせていた。

 もちろんカレン様にとってブリジット様などその他大勢の令嬢にすぎない。今は恐らくメグ様の取り巻きでもしている事だろう。

 そして人の事をとやかく言うクセに、まだ婚約者探しの真っ最中である。

 どうせブリジット様のことだから、自分に似合う男が居ないだのなんだのとほざいている筈だ。大して可愛くもないくせに。


 大して可愛くもないくせに王子様が現れることを夢に見ているのだから滑稽としか言いようがない。毎日鏡を見ているのに性格の悪さが表情に染み付いていることに気付いていないなんて、本当に可哀想だ。

 私も十分性格は悪いと思う。だってそうだと分かっていても教えてあげないのだから。


 実を言うと、千聖様がハント公爵家に住みだして最初の頃はウンザリしていた。けど想像を遥かに超えた性格だったので拍子抜けしてしまったのだ。

 口が悪いくせに使用人には敬語だし、お酒ばかり飲んでいるし、装飾の激しいドレスは嫌いで、体術なんか身につけて。本当に変な御方。

 しかしながら千聖様でもあの女の相手が出来るとは思えない。


 私は国内貴族向けの来訪者披露パーティーで遠くから見守る程度(というか面倒事に関わりたくなかっただけ)だったけど、隣には顔の良い男性やそれに旦那様が居たからお嬢様方も醜い姿は晒していなかったように思う。

 女しか集まらない茶会、あれはもう地獄としか言いようがない。


「そもそもなんで今更? 私この国に現れて半年ぐらい経つんですけど」


 ブリジットという子の顔は何となく分かるけど別に話したこともないし今更何の用だと正論をかます千聖様に、イザベラさんは「ハント公爵家に茶会の招待状を出すなんてそれこそ十年程無かったことですから、最初に出すお方はさぞ勇気がいったでしょうね」とこれまた正論をかます。

 私たち公爵家の使用人が千聖様を屋敷に閉じ込めていたのも原因でしょう、とも。

 千聖様の正論に思わず笑ってしまったが、確かにその通りだ。

 ここで千聖様が断ればもう誰も招待状など送れないだろう。もしかするとその打算も踏まえて送ったのかもしれない。性格はアレだけど変に頭が良かったから。


 ハント公爵家に対してはもちろん頭も上がらないブリジット様だが、千聖様に対してはどうだろう。

 メグ様やカレン様と比べると派手とは言い難いから、恐らく舐めているのではと私は密かに思っている。


「まぁいいや。ともかくお返事の書き方教えて下さい。てかこの方おいくつですか?」

「ブリジット様は17歳ですね。私と3歳違いなので」

「17かぁ……」


 私が働いていたのは二年前だったから少しは大人になっているだろうか。16を過ぎたら立派な女性だ。

 あの頃は私も、相手はまだ子供だからと我慢していたのだが。どうやら17歳でも千聖様からしてみればまだまだ子供らしい。


「千聖様。貴女いま、餓鬼の相手とか面倒臭いなと思ったでしょう」

「え、えっ……? いや、そんな」

「瞳がそう申しておりますよ」

「ええ……!? ベラさんこえ〜」

「敬語を直せとは言いましたが言葉遣いを崩せとは申しておりません」

「はいすみません」




 それから少し涼しくなった夏の終わり──。

 この時がやってきた。いざ尋常に勝負。


 千聖様に似合うコーラルピンクとブリジット様が好きそうなレースのドレスに身を包み、主張し過ぎないアクセサリーだがちゃんと質は良く、普段つけていない婚約指輪と結婚指輪もつけさせて、此処へ臨んだ。

 貴女とは違う素敵な御方に私は仕えているのだ。

 「女の集まりなんて大体下ネタか悪口でしょ。大丈夫ですって」

 なんて頼りになる人なのだ。


 つまらない挨拶が終わり、互いのファッションに触れて、「ところで」とブリジット様が口火を切った。私はいつもこの時間が苦痛だった。


「わたくし心配なんですのよ? ブルー様がご無理をなさっているんじゃないかって」

「そうですわねぇ」

「わたくしも見ていて不安になりますわ」


「ご無理?」


「見かけるのは殆ど城内ですけれど、千聖様を丁寧にエスコートしていらっしゃるじゃない? ブルー様って孤高の花のような御方ですから敢えてああいう接し方なんじゃないかと……」

「ええ、周りの目もありますからね」

「千聖様の事も心配なんですのよ? 夫婦のことで悩んでいたりしているのではないかって。屋敷ではやはり態度が変わりますでしょう……?」


 思い出し、眉を歪めて「はあ、まぁそうですねぇ……」と千聖様が答えると、にまりと笑うお嬢様方。醜い姿はあいも変わらず。

 でもブリジット様。貴女が聞きたい情報は出て来ない無いと思いますよ。


「うーん、内と外で態度が違うというのは人間誰しも同じだと思いますけど…………というか普通に屋敷と同じ態度されたら困りますよ」


「……はい?」

「え?」

「どういう……」


「人前でキスされたりなんかしたら、そりゃもう張り倒しますよ! 手の甲にだって恥ずかしいのに、唇なんて以ての外! 耳も首も恥しくて無理!」


「へっ?」

「な、ななな、なにを……??」

「っみ、み、え、ど、何処ですって???」


「まぁ彼も大人なのでそこら辺はわきまえているかと思います」


「っ……ごほん。えっと、その、つ! 妻として旦那様にご奉仕なさるのは大変でしょう……!」

「そそそそうですわ……! 千聖様は元々貴族でないのですからねぇ!? まだ慣れていらっしゃらないでしょう……!!」

「ましてやブルー様は騎士団長であらせられるから……!」


「ご奉仕て………………そりゃあ、まぁ……つい先日身体を許した際は朝まで寝かせてくれなかったですけど……いやその前に私が朝まで寝かせてあげなかったことがあってそれの仕返しらしいのですけどね? それにしても30のくせして元気過ぎじゃ……って、あれ、あの、どうなさったんですか……? ちょっと? え!? 鼻血出てますよ!?」


 まさかこんな仕返しがあったとは。私の方が驚きだ。

 にしてもこのお嬢様方は少々きよ過ぎなのでは。それだけの箱入り娘ということなのか。

 いや、むしろそれが本来あるべき姿だったと、私はちょっとだけ反省して、やはり千聖様は貴女とは違う素敵な御方だと改めて思ったのだった。























「千聖様。こちらのお嬢様方には少々刺激が強すぎかと」

「え? これでも友達の間じゃあ結構オブラートに包むタイプなんですけど」

「そもそもご奉仕という意味が千聖様の思っているものと違うのでは」

「は? 他に何があるってのよ」

「まぁ、普通に献身的ですかとか、尽くしてますかとか、そういう意味ではないかと思います」

「え、ええ……? まさか。だって今どき17にもなって……」

「残念ながら。千聖様の社会とはかけ離れているようで。清い御方にこのような話は教育上宜しくないですね」


「なっ、なによ! マリー、貴女だって婚約者も居ないくせに知ったかぶっちゃって!!」

「そ、そうだわ!!」

「恥ずかしいですわ!」


「知ったかぶったつもりは御座いません。処女ではないので」

「そうですよ〜。マリは私なんかよりよっぽどですよー? 謎の経験値積んでるんで」


「な、なんですって!?」

「まぁ!!」

「婚前前にイヤらしい!!」


「あのくそ餓鬼ったらほんと見境がない。まさかマリにまで手を出してただなんて恐ろしいったらありゃしない」

「千聖様、ロイド様に対して失礼ですよ。まだお若いですが公爵家長男。あのお年で完全に割り切れる女性を見極めてますからね。……そういえば、千聖様も誘われてもおかしくなさそうな……」

「既に誘われたし丁重にお断りしました」

「まぁ。それは残念です」

「残念の意味が分からない」


「な、な、な、なんの話をなさっているのかしら……!?」


「なんのって、ほら。ロイドくんが築いてるハーレムのことですよ。まさか直ぐ側に犠牲者がいたなんて思いませんでした」

「犠牲者だなんて、ただの利害関係の一致です。快感は疲れさえもふっ飛ばしますので」

「うん、何言ってるの?? 相手餓鬼だよ??」

「関係ありません」


「まっ、まさかあの噂は本当でしたの……!?」

「何で貴女なんかがロイド様と……!」


「いえいえ。私だけでは御座いませんから。それに良いこともあって目元を隠して何人かで致すのも中々刺激的ですよ?」

「ごめん。ちょっと口閉じてくれる? レベル違いすぎてまじで何言ってるか分からないんですけど」

「千聖様もまだまだですね」

「何がだよ」


「アッ、あーー! そうだワー……! わわわわわたくしケーキをご用意致してますのーッ!!」

「まあ! それは素敵ねェ!!」

「是非戴きたいデスワー!!」

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