再会

 オットーは一人で宿を離れ、馬で街中をあてもなく移動する。街は戦前の面影はほとんど残っていなかった。オットーは改めて戦争のことを思い起こした。あの戦いでは義勇兵として参加していたが、当時は剣もほとんど触ったことのない素人だった。あの時、思うように戦えなかったので、戦後、共和国の精鋭であった“深蒼の騎士”のクリーガーの弟子となり、二年にわたり剣の腕を磨いてきた。今では、かなりの腕前となり、先ほども難なく盗賊を倒すことができた。いつか共和国の復活とこの街の復興のために、この腕を役に立てたいと思っていた。


 オットーは街中を彷徨い、誰か知った顔があるかどうか注意深くあたりを見回す。ズーデハーフェンシュタット同様、この街も帝国軍の兵士が辻ごとに立っているのが目立つ。夜も近い時間帯ということもあるだろうが、一般の市民の人出は戦争前に比べ格段に少なくなっている。一時間近く回っただろうか、そろそろ宿に戻ろうと思ったとき、自分の名前を呼ぶ声がした。

 オットーが声のする方向を向くと、久しぶりの顔が目に入った。リーヌス・シュローダーだ。背が高く、赤髪が印象的なその男は、オットー同様、義勇兵としてモルデン防衛部隊に所属していたが、戦闘で散り散りになりその後は消息が分かっていなかった。

「リーヌス!生きてたのか?」

 思わず大声で返事をしてしまった。

 オットーは馬を降り、リーヌスと挨拶を交わす。

「まさかとは思ったが、会えて嬉しいよ」

 リーヌスは、嬉しさを隠さずに話し続ける。

「二年前、街が壊滅したときに自分は、山のほうへ逃げてそのまま、ベルグブリッグに避難していたんだ。戦後、帝国によって移動が制限される前に、すぐにモルデンに戻り、それから復興作業に従事している」。

「そうか」。

「オットーはどうしていた?」

「私はズーデハーフェンシュタットに逃げ延びて、そこで過ごしていたよ。今は傭兵部隊に所属している。」

「傭兵部隊?帝国の?」

 リーヌスの顔色が鈍った。共和国の敵だった帝国軍に所属しているわけだから不快に思ったのだろう。

「元共和国軍で“深蒼の騎士”だった師がいて、彼に教えを乞うている」。と、言い、そして小声で付け加えた。「俺は、いつか帝国に復讐してやろうと思っているので、軍の内情を知るにはもって付けの仕事だよ」。

「ああ、なるほど」。リーヌスは少し納得したようだが、まだ疑問は残っているようだ。「募る話もあるし、場所を変えないか?時間はあるのだろう?」

「明日、早朝に出発しなければならないので、あまり遅くならなければ」

 オットーは答え、二人はリーヌスの先導で近くの酒場へと向かっていった。


 オットーは馬の手綱を店の前の柱に括り付け、リーヌスと共に酒場に入った。酒場の入り口の上部には、“パーレンバーレン”と店の名前が掲げられている。

「ここは、今、街で一番賑やかな酒場だ。俺はほぼ毎晩来ているけどね。ここの客は、復興作業に従事する仲間も多い。あとの客は帝国の関係者かな」

 二人は早速カウンターに着き、それぞれ酒を頼んだ。

「明日の早朝に出発とは、どこに行くんだい?」

「帝国の首都だ。さっき言った師の付き添いだ」。

「首都!」リーヌスは驚いて思わず大声になった。「我々のような元共和国の民間人は、なかなか帝国首都には行けないな。傭兵部隊はそんなに偉いのかい?」

「師が特殊な任務で呼ばれてね。それについて行くわけだよ」。

「へえ。その君の師とは、どういう人だい?」

「彼は、元共和国の“深蒼の騎士”で、戦争中はズーデハーフェンシュタットの防衛隊にいた。共和国の崩壊後は帝国の傭兵部隊の隊長をやっている。剣の師としても、部隊の指揮官としても、とても頼りになる人だ」。

 「ほう」と、リーヌスはその話に感心したようだ。

 そうして、オットーとリーヌスの二人は二時間ほど談笑した。戦争終結から二年間の話、お互いの身の上などだ。話すことは沢山ある。

 オットーは、酒を結構飲んだので、少し酔っ払ってしまったようだ。

「そろそろ、宿に戻るとするよ。明日も早いし」。

 オットーはグラスを置いて、出口のほうに目をやった。出口付近の座席に座っている客に目が留まった。その男は、一人で軽食を取りながらグラスを傾けていた。男は金髪で青い目をしていて、座ってはいるが背が高そうなのがわかる。男の服装についている刺繍の柄が特徴的だ。どこかで見たことがある。オットーは自分の記憶を探ってみたが、どうしても思い出せない。オットーは頭を振ってみる。それを見たリーヌスが、声を掛けた。

「大丈夫か?飲みすぎかな?」

 彼は、オットーの酔った姿を見て、ちょっと笑っている。

 オットーは軽く手を挙げて、大丈夫だと合図した後、尋ねた。

「あの出口の近くのテーブルの男。知っているか?」

「ここでたまに見かけるが、名前は知らないな。話したこともない。どうかしたか?」

「あの服の刺繍のデザイン、どこかで見たことがある。どこのものだったか」。

 オットーは、こめかみを押さえて、うつむいて考えている。

「確かに、このあたりのものではないな」。リーヌスは、自分のグラスをもって男のほうへ進んだ。「話しかけてみようぜ」。

 酒の力もあってリーヌスは気軽に男に近づく。オットーもそれに続いた。


「やあ、こんばんは」。

 リーヌスは男に声を掛けた。声を掛けられた男は少し驚いた様子でこちらを見上げた。

「最近、あなたをよく見かけるので、声を掛けてみたよ。私はリーヌス、こっちは友人のオットー」。

「私は、ニクラス・ニストローム。よろしく」。

 それぞれ握手で挨拶をした。ニストロームという男は表情を変えないまま低い声で答えた。

 オットーとリーヌスも席に座り、リーヌスは話を続けた。

「俺は、モルデンに住んでいいて、オットーはズーデハーフェンシュタットから来た。私達は古い友人で二年ぶりに感動の再会をしたところさ。あの戦争でお互い離れ離れになってしまってね。」

「それはいい話だね」。

ニストロームは変わらず無表情で答えた。

「ニストロームさんは、いつからここへ?」

「私はモルデンには、一年ほど前からいる」。

「その前は?」

「北の方に居た」。

 ちょっと言葉を濁した。あまり話したくないようだ。

「首都から?」。と、オットーが訊く。

「まあ、そんなところだ」。と、首をすくめて見せた。

 オットーは、彼の声色、表情から、明らかに嘘だと感じた。その瞬間、オットーは思い出した。ニストロームという男の服の柄はヴィット王国のものだ。ブラミア帝国やテレ・ダ・ズール公国のさらに北方にある王国だ。ソフィアのルームメイトのアグネッタの服にも同じデザイン柄の刺繍があった。なるほど、見たことがあったわけだ。

 オットーは、今はそのことに触れずに話を続けた。

「ここでは復興作業に従事しているのですか?」。

「いや、私はただの商人だよ。骨董品や美術品を売ったり、買ったりしている」。

 ニストロームは答えた。しかし、明らかに嘘だ。

 リーヌスが続けて話す。

「この街に、取引できそうな物があるのかい?。街はまだまだ瓦礫だらけだよ。それに、この街には美術品を買うような裕福な者もほとんどいない」。

「人にはいろんな価値観があるからね、ある者にはガラクタでも、別の者には宝の山に見えたりする」。

 一般論としては確かにその通りだろう。のらりくらりと話を核心からそらしているようだ。オットーも、リーヌスもこれ以上話しても無駄と感じ、お互い目で合図して席を離れることにした。

「いやあ、邪魔したね。夜を楽しんで」。

 と、言ってリーヌスは席を立った。オットーもそれに続く。ニストロームは無言で手を挙げて挨拶し、食事を続けた。


 二人は店を出た。

「今の奴、胡散臭いな」。

 リーヌスは言った。

「明らかに何かを隠している。しかもあの服はヴィット王国の者だ」。

 オットーは店の前につなげてある馬の手綱をほどきながら言った。

「ヴィット王国の?珍しいな」。

 リーヌスは首を傾げた。

「それにしても嘘が下手な奴だ」。

 と言って、オットーは鞍に手をかけた。

「ところで、かなり酔っているみたいだけど、本当に大丈夫か?」

リーヌスはオットーの顔を覗き込んだ。

「あの男と話をしたら、少し醒めたよ」。オットーは馬にまたがった。「今日はここで別れよう。首都に行った後は、またここに寄るから、もし時間が合えばまた会おう」。

「この店に良くいるから、また寄ってみてくれ。この時間帯なら大抵居る。宿までの道は大丈夫か?」

「大丈夫だ。覚えている。じゃあ、また」。

 オットーは手綱を打って馬を宿屋の方向へ進めた。リーヌスは軽く手を振って別れの挨拶をした。

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