旅立ち
翌日の早朝、比較的暖かい気候のズーデハーフェンシュタットと言えども、早春の空気はまだ少し冷たい。既に陽は登っているが、我々が待ち合わせした馬屋前は、城壁に遮られて朝日は差し込んできていない。
これから、私とオットー、ソフィアの二人は帝国の首都アリーグラードに向けて出発する。私が馬屋前に到着すると、オットーとソフィアは、既に集まっていた。
「おはよう、よく眠れたかな?」
私は声を掛け、弟子の二人に軽く挨拶をして馬屋に入った。そこにはルツコイと馬の世話係が待っていた。見送りに来てくれたのだろうか。ルツコイという男は本当にマメだ。
「わざわざ司令官のお出ましですか?」
私は敬礼してから、冗談ぽく話しかけた。
「いい馬を用意しておいたからな。では、道中気を付けてな」。
ルツコイは笑いながら話した。
「ああ、これを忘れるところだった。今回の指令書だ。道中、帝国の関係者に会ったら、これを見せれば、お咎めなしだ。これがないと首都までたどり着けないからな」。
帝国軍の関係者以外は街の外に出ることは許可されていない。それは傭兵部隊と
いえども例外ではなかった。このような命令書などの書類がなければ、場合によっては拘束されてしまう。
「ありがとうございます。では、早速出発いたします」。
私は、ルツコイから指令書を受け取って礼を言った。そして、我々三人は用意された馬にまたがった。毛並みがいい栗毛の馬だ。本当にいい馬を用意してくれたらしい。我々は、ルツコイに敬礼し、手綱で馬に合図を送り出発した。
これからズーデハーフェンシュタットから帝国の首都・アリーグラードまで四日間の旅だ。一日目は、グロースアーテッヒ川を越え宿場町のフルッスシュタットまで、二日目は旧共和国の第三の都市・モルデンまで、三日目は、旧国境を越えて、ヤチメゴロドまで移動し、四日目には首都に到着する予定だ。戦後になってから、ズーデハーフェンシュタットを出るということは任務で数回しかなかった。今回も任務ではあるが、我々が帝国の首都を訪問するのは初めてだ。折角なので、久しぶりの長旅を楽しむとしよう。
「司令官は、早朝から、ご苦労なことですね」。馬をしばらく進めると、オットーが話しかけてきた。「師は彼のお気に入りのようですね」。
オットーは、ちょっと皮肉っぽく言った。
私は、それには皮肉は気にせず答えた。
「そうだな。そのおかけで、いろいろ都合の良い事が多い。しかし、元共和国軍や住民の中には、それを快く思っていない者も多い。敵になびいた裏切り者と言われたり、いろんな陰口をたたかれたりしているのは、知っているだろう?」。
「師は、実際のところはどうなのですか?帝国に怒りは感じていないのですか?」
オットーも私が帝国に従順なことに疑問を感じているようだった。
「怒りはあるさ。しかし、私一人でどうにでもなる問題ではないし。もし、良いタイミングがあれば共和国再興もいいだろう。ただ、今、帝国に盾突くのは無駄なことだ」。
旧共和国関係者による反乱の芽は、戦後、ことごとくつぶされてきた。そして、我々、傭兵部隊もその仕事に手を貸してきた。さらに、もともと戦争慣れしていない共和国の人間が、今の状態で帝国に逆らうのはどう考えても得策ではないと私は考えていた。
「城の中でこういう話はやめておこう。どこに耳があるかわからないからな」
と言って、私は、この話題を打ち切った。
馬はゆっくりと城を出て、城下町に入った。早朝の街は、人出は少ない。大通りの角には帝国軍の兵士の見張りが立っているが、そればかりが目立つ。彼らは交代制で二十四時間空けずに立っている。帝国軍の間では我々のことはすでに通達が出ているようで、馬を止められることもなかった。ルツコイが手配したのだろう、仕事に抜かりがない。
街を取り囲む街壁の門までやって来た。我々は見張りの衛兵に敬礼をして門を出た。門は、通常夜間は閉じられている。本来、この時間はまだ開いてないはずだが、我々の通過が伝わっていたのだろう門は開放されていた。こちらもルツコイが手配してくれたか。
外壁の門を抜けると私は空を見上げた。今日もいい天気で旅日和だ。
我々は順調に馬を進める。
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