先生とポンコツ
ヒトによる火の利用が始まってから、社会文化的進化は急激に早まった。火を調理に使い、暖を取り、獣から身を守るのに使い、それにより個体数を増やしていった。火を使った調理は、ヒトがタンパク質や炭水化物を摂取するのを容易にした。火により寒い夜間にも行動ができるようになったりと。しかし、当初は火を起こすのが難しかった。
「このぐらいの技も使えないわけ?ポンコツね」
身振り手振り、呪文を真似しようとも魔法を使えない俺は、死刑囚改め占星術師からポンコツにジョブチェンジしていた。
どうしてこうなったのか説明しよう。
死刑囚を免れ、冤罪を証明された俺はエルヴィエラに「俺の先生」になるようにと、懲役刑の判決を言い渡した。具体的な内容を言わなかったし、最初は断られるも。
「冤罪作っておいて何のお咎めもなしって、それでいいの?先生ぐらい良いじゃない。できないの?」
マイエンジェルこと受付嬢がエルヴィエラに向かって挑発するように言ってくれた為、負けず嫌いのエルヴィエラは。
「先生ぐらいのことだって、私には出来るわよ!」
鼻高々に言い放ち、晴れて今日から俺の先生になったのだった。
俺の目論見はこんな感じです。
この世界の事を知り、どうにか1人でもやっていけるように知識と力を付ける。知識と力を付けた上で、元の世界へ戻る方法を模索するという作戦だ。
しかし、教えてもらうにも分からないことが多すぎて、分からないものが分からない。
「で、英雄さまは私に何を教えて欲しいの?」
「この世界のこと」
「はい?」
当たり前に何言ってるんだコイツ、頭大丈夫か?という心配の目を向けられるも死活問題なんです。仕方ないのですよ、分かってもらえますか。
「実は、」
俺は仕方ないので、ケレス村まで飛ばされた経緯を説明した。どんな世界にいたか、どんな方法で異世界に飛ばされたのか。俺は今どんな状況に置かれているかさえ話した。本気で困っているのだと。
最初は本気で頭の心配をされ、どこまでも失礼なヤツだなと思いつつ。
「英雄さまの名前よく聞いてなかったんだけど、教えてもらえる?」
「詠悠だって、空沢詠悠」
「偽名じゃなかったのね」
「何回も言ってるじゃん・・・」
未だに本名だと信じて貰えてなかったみたいです。
「変わった名前ね、確かにそんな様な名前の人とは出会ったことないわね」
「よく言われる。でエルヴィエラはエルヴィエラ?」
「何その意味不明な質問。エルヴィエラ・ルージュ、よ。みんなからはエル、と呼ばれることが多いわね」
「じゃあ、エル」
「呼び捨て?先生を敬いなさいよ!」
俺は右足首を思いっきり蹴られる、意外に痛いので暴行罪で終身刑にするぞ。
「痛っ!・・・ところで、エルは何してる人?」
「・・・魔法師よ」
「魔法師ねえ・・・」
異世界のテンプレ展開、魔法職ときた。ここまで来たらもう驚かない、俺。成長したね、そうでしょ先生?褒められたいです。
「魔法師は、何する仕事?」
「ほんと、何にも知らないのね」
完全に非常識人と認定した目を向けられる。仕方ないじゃない?この世界の住人ではないのだから。
エル先生の有難い講義で分かったことは。
魔法師の主な仕事は妖物を退治する。それ以外にも様々な職業もあるが、追々説明すると言った。
妖物はどこから来るのか?という皆と同じ疑問を持ったところ、負のエネルギーから来るものだと余りにも現実味の無い話だった。未だ解明されていない事象らしい。
魔法はどうやって使うのか。この世界の人類には産まれ付き“エーテル”と言われる、魔法という特殊能力を使うために消費する魔力・MPみたいなものを消費して行使するらしい。人にはエーテルを蓄積する器官がついていると言っていた。どこにあるのかは知らないらしい。大丈夫?先生?
ちなみにこの世界の住人でもない、そんな俺にもエーテルが備わっているらしい。
「アンタのエーテルはそこそこ濃いのね」
「なんでそんな事わかるんだ?」
「企業秘密よ」
エルは深く突っ込んでみると教えてはくれなった。魔法師のチカラなのか?聞いても答えてくれないものを、俺みたいな非常識人には分からなかった。割と根に持ってます。
そもそもこの世界、国とは何か。対妖物魔法国家『ビロバニア』という名の国。いつ、どこから現れたのか分からない妖物によって人類・獣人族は蹂躙され続けていた。それに対抗するべく人類と獣人族は力を合わせ拮抗状態まで持ち込んだ。未だ、この瞬間にも産み出されていく妖物に、名前の通り対抗する国らしい。
国王・ラーヴァナの祖先が魔法の始祖、魔王であり、先頭に立ち妖物と戦い続けたとされている。国王も優れた魔法師であり、村の1つくらいは消し去ることができるみたいだ。コワイデスネ。
余談だが俺のなかでは魔王って悪役のイメージだったけど、この世界では違うみたいです。
今俺たちが居るのはビロバニア北西部の辺境というか秘境に近い。そのような場所にある村だそうだ。こんなところにまで人はあまり来ないのは何となく頷けた。
エルはこんな辺鄙な所に何の用があって来たのか。魔法師ギルドの依頼で渋々、遠路はるばる、妖物を訪ねて三千里したそうだ。
エルが遂行する依頼とは、ケレス村に解明されていない遺跡があり、その調査および周辺の妖物殲滅。考古学者ではないのに調査しろだなんて、エル先生は優秀な魔法師さんだったのですね。敬礼。
「アンタは私の教え子なんだから、手伝ってもらうわよ」
「んー、それは範囲外かな」
「口答えしない!肯定だけしていればいいわ」
「嫌です」
さきほど優秀と言ったのは撤回したいと思います。こんな予定ではなかったので。
「それで、アンタは何の魔法を使えるの?」
「そんなもの使ったことない」
「それでよく今まで生きてられたわね」
「使えた方がびっくりだわ!」
「じゃあ、その魔導書はなによ!」
エルは俺が持つ、元小学生向け占星術本『テトラビブロス』を指さす。俺にもわかりません。
「何を言おうと、俺は魔法を使ったことはない。向こうの世界でも魔法使える奴なんてそうそう居ない」
「魔法書持ちながら魔法使ったことないなんて、それは飾りかしら。使ったことあるないに関わらず、アンタにはエーテルがあるのだから使えるはずよ」
「・・・先生」
「なによ、突然?」
「出番です、お手本を見せて下さい」
エルはこれ見よがしにドヤ顔で、唐突に何かを詠唱する。
「ファントム・フレイム」
詠唱と同時に右第1指を前に向け、詠唱完了したと同時に重々しい響きと共に、火炎球が現れ爆発する。爆発した空間からは黒い煙が立ち込め風に乗って流されていく。一瞬の発光に焼け焦げた臭い、熱気が残っているのか熱い。
「さ、やってみなさい」
「はい?」
この可愛げも優しさもないエル先生は何を言い始めるかと思ったら、俺にやってみろと言い始めた。そんなもんできるはずないわ!
「やれ、いますぐ」
「はい・・・」
エルが俺に向かって指を指してくるものだから、これは焼かれるやつだと悟った俺は見よう見まねで何もない空間に指を構える。
「ふぁあん↑トム↓・フレエイム↑」
何とも発音が馬鹿みたいになった。こんな小恥ずかしいこと、最近の小学生もしない。羞恥に塗れた俺、何も起こらない、ガンを飛ばすエル。の3拍子。早く帰りたいです。
「このぐらいの技も使えないわけ?ポンコツね」
「やったことないって言ってるだろ!」
「もっとエーテルを込めてやるのよ!!」
「どうやって!?」
「疑似的に、心臓が送り出す血をエーテルに変換する、みたいな感じに思い込みなさい」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「燃やされたいの?」
ふざけた返事をしたら再び睨まれる。本気で焼き殺してきそうなので、まだ死にたくないし、俺は仕方なくやることにした。
目を閉じ、心臓へと意識を集中させる。集中しているせいか今まで聞こえていた風や揺れる草木の些細な音さえ聞こえることはなくなった。自らの内へと耳を澄ませれば鼓動が聞こえてくるような気がする。
左心室から送り出された血液が全身をめぐって右心房に戻ってくる経路と、右心室から送り出された血液が肺を通って左心房に戻ってくる2つの経路。そんなもの意識できる訳ないが、それらを流れている物をエーテルだと思い込みはじめる。
どれほどの時を思い込み作業に当てていたか分からないが、ジワジワと内から何かが溢れて出ているような感覚に陥る。
すると片手に持っていた魔導書と呼ばれるものが発熱しているように感じる。
「ちょ、っと!何よ、その本!」
エルが大声を張るものだから、思わず目を開けると本が振戦しはじめる。
「な――、なんなんだ、これ!」
魔導書の震えが止まらず手から零れそうになるも、両手で表紙を挟む。今にでも孵化しそうな卵のようだ。
魔導書を挟む力より反発してくる力の方が強い。我慢できず手のひらの上に乗せると魔導書が発光しはじめる。
魔導書のベルトが弾かれ、輝きが増し、封印が解かれたように本が勝手に開かれる。
「うわっ!」
「キャッ」
同時に悲鳴のような物を上げると、光が2人を包む。反射的に目を閉じてしまい、光が止むと開眼する。
すると開かれた魔導書からは、まるでポップアップする絵本のように天球儀が飛び出していた。輪が連なり最奥には地球と思われる青い球体がある。天球儀とは球面上に恒星の天球上の位置を示した模型のようなものである。
「アンタ・・・星詠みだった訳?」
「まあ、なんかそういうことらしい」
2人は魔導書から飛び出した天球儀を見詰めている。クルクルと不規則に輪が回りはじめるも、これは何の為に使用する物か分からずに居た。
『ワタシを起こしたのは
おそらく女性の声がどこからか聞こえる。明らかに周囲からではなく、俺の手のひらの上。この天球儀が飛び出す本から発せられている声だと分かる。
「 「 シャ、シャベッタアアアアア!!! 」 」
思わず地面へと本を投げ落としてしまい、2人は数歩離れてその本を見下ろしていた。
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