第11話

 仕切り直しで次の日を迎えられれば、どれだけ幸せであったであろうか。二時間程の時間を経て再び攻勢が再開されようとしていた。


「戻れ、敵が攻め寄せてくるぞ!!」


 敵が再編成と置盾等の修繕を済ませる間に、守兵側も何もしなかった訳ではない。城壁の修繕は勿論、兵員の一部が城壁から乗り出して壁外に降りると、矢や石礫の回収に勤しんでいた。


「尻を突き刺されたくなければ、壁内に戻れッ」


 取り残されまいと城壁から垂らされたロープや梯子に、兵は殺到する。


「落ち着け、まだ距離はある」


 支城側の反撃により攻め手は手痛い損耗を強いられている。不用意に駆け足で攻め寄せてきても、不利を被るのはメイゼナフ領兵だ。


 縄梯子から顔を覗かせたのはクーウェンであった。その後ろからはカリムが続く。背の籠には矢や小石が乱雑に詰め込まれていた。


 矢尻には肉片がこびりついている。死体から引き抜いて文字通りの使用済みの代物だった。弓手達が籠の中に手を突っ込み矢を回収していく。


 二人は回収に勤しんだ為、息が切れ掛かり顔色も優れない。何か言葉を投げ掛けようとしたウォルムだったが、二人の腰には城壁外に降りるまで存在しなかったロングソードが吊り下がっていた。回収作業の合間に鹵獲品集めも行っていたに違いない。二人は精一杯ながらも戦場で生き慣れようとしている。多くの言葉は不要だろう。


「良い剣を拾ったな」


 悪戯が見つかってしまった少年の様に二人は、はにかむ。


「ふへへへ」


「拾ってきちゃいました」


 攻め手の手法は一度目とそう変わりないものであったが、静止していた攻城塔が遂に投入される。土台に連結された荒縄が多数の兵員により牽引され迫りくる。


 小煩い弓手、それもスキル持ちの射手がコーナータワーへと矢を降らせ始めた。同水準の技量で有れば高低差と遮蔽物の有無が決め手となる。物理現象を捻じ曲げる存在が多く、その中の一人でもあるウォルムであったが、位置エネルギーは敵の味方をしていた。矢が放物線を描き攻城塔へ撃ち返されるが、射手が犇めく最上階に届く矢は勢いを失ったものばかりであった。


 遺憾極まりないが、火球を断続的に放つウォルムが最優先目標に定められた様で、火球を撃ち込むために顔を出すと必ずと言って良いほど矢が飛来する。


「鬱陶しいなッ」


 破壊しようにも攻城塔は魔法の射程外から矢を降らせ続ける。明らかに最初の襲撃により攻撃の範囲や癖等が盗まれていた。ウォルム以外にも手当たり次第に矢が射られる為、一度目の攻め寄せの時よりも兵の動きが格段に鈍くなる。


 槍を壁上から叩き下ろしていた守兵が喉元に矢を射られ地上で溺れ苦しむ。空いた隙間に別の兵が入り込むが、前任者の末路を至近で見ていた為、空ばかりを気にして眼下からの投げ槍で眼孔を抉られた。


 一方のカリムは臆することなく眼下の敵兵に投擲を続ける。敵兵の頭部に拳大の石が減り込み、斜面から空堀の底へと落下していく。攻め寄せる敵が一人減った事により少年の表情が緩む。火球のターゲットを探すために視線を走らせていたウォルムは、カリムの鎧を掴むと後ろに引く。先程まで頭部があった場所を矢が通過すると、地面へと突き刺さった。


「あ、えっ」


 矢とウォルムを交互に見比べたカリムは漸く事態を理解した。


「自分のペースを乱されないのは見所があるが、視野は広く持て、早死にするぞ」


「はい、あ、ありがとうございます」


 対するクーウェンは矢に対して鋭敏に反応しているが、肝心の投石は腰が入っていなかった。見た目と言動が如何にも一致しない二人、お互いを補い合っていれば、戦場で長生きできるかもしれない。


 ウォルムの目は魔法の射程ギリギリでラウンドシールドを掲げて斜面を登る集団を捉える。思い切りの良い連中であったが、手頃な的とも言えた。魔力を練り迎撃しようとするウォルムだが視界の端に兵士が映った。


 ウォルムは反射的に盾を握る左腕を持ち上げ頭部を覆う。僅かに遅れ腕に衝撃が走り、甲高い音を立てて矢が弾かれる。


「釣り出しか、やるな」


 攻城塔の弓手だけではなく、弓を隠匿した射手が置盾の後ろに忍び込み、ウォルムを狙撃しようと虎視眈々と狙っていたのだ。


「狙われるぞッォオ」


 視線があった弓手が顔を強張らせ、身を置盾へと翻した。ウォルムは期待に応えるべく火球を撃ち込む。置盾の半分が吹き飛び、破片が周囲に撒き散らされる。


 身を隠した兵士は傷を負ったものの、致命傷を避けていた。追撃を試みようか悩むウォルムだが、肩からは出血しており、弓も破砕されている事から脅威度は下がる。


 ウォルムの興味は先程の集団に向く。城壁にへばりつく事にこそ成功していたが、足元で炸裂した雑多な魔法が集団の半数以上を薙ぎ払い、四肢をもがれ、頭部を挫傷した死体ばかりが残された。


「やり過ぎたな」


 ウォルムは仲間の失策を悟る。戦果は十分であったが問題は、威力の調節を誤り斜面に窪地を作ってしまった事だ。這い登る足掛かりに成り得る上に、周囲の死体を積み上げれば、格好の防壁代わりとなる。水分を含み防具を付けた遺体は、土嚢に匹敵する防御性能を発揮する。


 当然、死に瀕した兵士は使えるものは何でも使う。か細いながらも安全地帯と化した場所に幾人の兵士が入り込んだ。


 二度目の攻めとなれば機転の利く者は兵、民問わず一定数居る。それらが生き残ると厄介な敵へと成長してしまう。大きな被害を出しながらも、攻勢は止まる事を知らない。此処が正念場と言えた。

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