第6話
都市サリアを出発したハイセルク帝国軍は、大きく三つに軍を分けた。国境線に設けられた要所である砦には、一度に大軍を張り付ける事ができない為だ。
マイヤード領へ繋がる三つのルート全てが攻略対象だった。ウォルムの隊は主道を塞ぐ形で存在する砦の一つを攻略することとなった。
マイヤードはフェリウス本国からの増援を待つつもりらしい。
一方の分隊は、各地の支城を落としながらフェリウスの増援が到着する前に、マイヤード領兵の数を減らすのが与えられた任務だった。
眼前に聳える砦は、国境部を守る山城だった。山間の通行路は城門と城壁で塞がれ、左右の山に砦が築かれている。物見による事前情報では、3000人の兵が山城を守っているらしい。
弓や魔法の射程外に敷いた陣地からは、聳える城壁の重厚さが窺える。高さは3m、幅は6、7mはあるだろうか。
攻城戦は大きく分けて二つだ。短期戦か長期戦か、今回は、兵員に物を言わせた強行軍による短期戦になるに違いないとウォルムは踏んだ。
城門はサリア大隊、我らがデュエイ分隊が所属するリグリア大隊は、左の城壁を担当となった。
「ウォルム、ホゼ、お前らは置盾を持て。補充で来た新入りのノール、バリトを付けるからうまく使え。ウィラートは城壁の奴らに火属性魔法を撃ち込め、他の奴らはいつも通りだ」
デュエイ分隊長が勢い良く叩いたのは人が二人隠れられる様な置盾であった。砦攻めでウォルムが世話になったこともある。
魔法やスキルで個人の火力に大きなバラつきがある世界では、肉薄するのには必須の装備である。弾薬と同じで魔力も有限――防御を固め、遠目から無駄撃ちさせるのには有効な戦法であった。
荷馬車の荷台から同じ規格で作られた物が運ばれてくる。更に竹を縛り纏めた竹束も用意されていた。
試しにウォルムが持ち上げると、両手にずっしりと重さが掛かる。想像よりも重い。竹を上から覗くとカラクリが判明する。竹の節をくり抜き土を詰めた為だ。
かつての世界でも竹束は多用され、その防御力は甲冑を貫く火縄銃の弾丸ですら食い止めた物だった。
「おし、それじゃ集合だ」
ホゼの呼び掛けに新兵達が慌てて駆け寄って来る。ウォルムはホゼとのペアは慣れたものだが、新兵を含めた四人組は初めてだった。
震えてこそいないが、男女の新兵二人の顔は青く、特に鶏冠の様な髪を持つ少年は今にも吐きそうだ。少女は顔はぎこちないが、なんとか表情を抑えている。ニンマリと笑ったホゼが突然、股間を掴んだ。
「うひぃ、な、何をするんですか」
バリトは抗議の声を上げるが、ホゼに反省の色はない。呆れた様にウォルムは苦笑する。
「おいおい、縮んでるぞ」
どうやら息子スティックの具合を確かめて、極度に緊張しているか確認したらしい。続いてホゼはノールへ視線を向ける。
「わ、私は結構です。そもそも無いですから」
断られたホゼは少し寂しそうだった。そもそも触ったら完全にセクハラだ。流石にウォルムでも蛮行は阻止する。
「俺もな、本格的な攻城戦は初めてだ。だが今回は念入りの準備もしてある。それに前線に投入されはするが、工夫代わりだ。分隊長が上から命じられたのは空堀を埋めつつ城壁の高さを減らせとの事だ。いきなり白兵戦じゃないから安心しろ」
ホゼの言葉に二人は顔を見合わせる。顔色は少しは良くなった様だ。
空堀を埋め、城壁まで土で埋め立て、梯子と兼用して一気に山城を落とす算段である。全て人力なら時間の掛かる作業であるが、ウォルムのかつての世界とは異なり、この世には魔法という便利なものがあり、迅速に城攻めが行える。
「それに敵が来たらウォルムが叩き斬ってくれるぞ。その辺の村にいそうな顔をしてるが、数十人斬り殺してる白兵戦のプロだ。身に付けてる装備も殺した奴のものばかりだ」
ホゼが調子良くウォルムの肩を叩いた。二人に視線を向けると表情は引き攣り、距離が離れていく。
人畜無害だと信じていた隣人が、連続殺人犯のサイコパス野郎だったと言わんばかりであった。
「人を戦闘狂みたいに言うな。しょうがないだろう。兵役組でロクな装備が無かったんだからな。それに持ち主もみんな抗議していなかった」
皮肉にも戦争に投入されてからの方が身なりも良く、金も持っていた。貧困に喘ぐ農村部の三男坊や四男坊が一攫千金を夢見てみんな戦場に行きたがる訳をウォルムは理解できた。
とは言え、現実はそうも甘くは無い。最初は威勢が良かったが、戦闘が始まると臓腑を露出させて母親を呼ぶ者、敵を突き刺せずに逆に刺殺される者も少なくない。
前世で文化的な生活に身を置き、人権を学んできたウォルムとしては、良いのか悪いのか通過儀礼を済ませて適応してしまったのは実に皮肉であった。
「お上品な交流会は済んだか? 時間だ。行くぞ」
デュエイ分隊長が言い終わる前に、軽快なラッパが鳴り響く。
「そら開始だ。気張っていけよ」
ラッパに続き後方から太鼓が鳴り響く、前進の合図だった。
置盾を両手で持ち上げて前進していく。その後ろを雑穀や塩などを入れるわらむしろである叺(かます)を担いだ兵士が続く。中身は全て土だった。
頑強に補強された置盾は酷く重く全身が拒絶するが、手放す訳にはいかなかった。200mも進めばその有り難みが発揮されていくのをウォルムは経験している。
第一撃は矢だった。飛距離を伸ばすため山なりに放たれた矢が次々と射られていく。膂力やスキルによる個人差もあり、着弾がまばらだったが、近づくにつれて正確さを増していく。
「うっ――」
明らかに他のとは一線を隔す薄い光を帯びた矢が一直線に飛来した。隣の分隊に所属する兵士が短くうめき倒れ込む。
「急所を晒すな。警戒しろ、《剛弓》持ちが居るぞ」
経験豊かな分隊長が叫んだ。生まれ持った才能や修練の果てに行き着く《スキル》だった。
デュエイ分隊長のように、魔法と並び人理を超える力を持つ人間が相手にも居ると判明し、ウォルムは嫌々ながらも覚悟を決めた。
肩や二の腕に矢尻が食い込み、兵士が悪態を吐く。まだ緩い、ウォルムは今までの実戦経験から、ここまでは愉快な弓兵の歓迎会であり、ここからは他の兵種も加わる本番に違いないと歯を噛み締めた。
事実、数分も経たずに、魔力を体現した魔法が次々と押し寄せてくる。火球、氷の槍、土の砲弾など様々だ。
「来るぞッおおッ!!」
ホゼが警戒の一言を挙げて数秒後、水弾が置盾に直撃した。衝撃は支えていた手に襲いかかる。
新兵であるノールが思わず盾を落としそうになるのをウォルムは叱咤する。
「腕が千切れても盾は落とすな!! 死ぬよりかはマシだ」
冷えた水が周囲に撒き散らされ、汗で蒸れていた鎧を洗い流した。なんとも爽やかな気分である。
「親切だな。歓迎の印に水遊びしてくれるらしい」
ウォルムの強がりはそこそこ受けたらしく、三馬鹿や周囲の兵士からは食いしばった歯の隙間から笑いが漏れた。新兵であるノールとバリトも微かに笑っている。
置盾は騒がしく音が途切れる事がない。矢や石は勿論、魔法や排泄物まで投げ込んで来る。なんと薄汚い連中であろうか、ウォルムは憤慨する。
相手の顔を視認出来る距離まで間合いが詰まりつつある。やられっぱなしのハイセルク兵ではない。盾の隙間から矢と魔法を撃ち返していく。
火球に飲まれた兵士が城壁の上から踊り落ちたのをみて、ウォルムは歓喜した。
「良いぞ、ウィラート!!」
火球を放ったマジックユーザーであるウィラートをウォルムが褒めると、言葉は発せず頬笑み返してきた。有力な火点を潰す為だろう。ウィラート付近に攻撃が集中する。
「やりやがったな」
御立腹の分隊長が怒り任せに投擲した拳程の石が射手の顔面に減り込み、卒倒させた。
「そこで待ってろ間抜けども!! お前ら全員の臓物を捻り出し、汚物を詰め込んでやる」
デュエイ分隊長が咆哮を上げると、その効果は抜群であった。親の仇と言わんばかりにデュエイ分隊長に火力が集中する。
「今だ。さっさと埋めろ」
殺到する攻撃をものともせずに、分隊長は命令を下した。普段はガサツで脳筋タイプだが、こと戦に関しては頭が回る。
土属性魔法で空堀は埋められ、城壁も半ばまで埋め立てられていく。
置盾を地面に固定した俺達も、叺をバケツリレーの要領で受け取り、空堀に流し込む。別の分隊は土属性持ちがいたらしく、城壁の下から土を掠め取り、空堀を埋めていく。
敵も防御網を破られまいと必死だ。置盾の隙間から飛び込んだ火球が二個隣の兵員を飲み込んだ。爆散により血肉が周囲に撒き散らされ、体が炎に包まれて兵士が地面を転がる。
友兵が土を被せて消火するが、防御が空いた穴目掛けて、矢と投石が集中する。『人の嫌がる事は率先してやれ』戦場での一つの真理であり、かつての世界史の教師が良くウォルムに言っていたのを思い出す。
盾の隙間から投擲兵が見えた。土と汗に塗れながら作業するノールが狙いだろう。寸分狂わず投擲された岩は一直線にノールへと向かう。
「へぇ、あ!?」
咄嗟に首根っこを掴み後ろに引くと、つい一瞬前まで頭部があった場所を岩が通過した。
「あ、ありがとうございます」
目を見開いたノールがお礼を返してきた。ウォルムは返礼もそこそこに注意喚起する。
「気にするな。それより足元ばかり気にするな。敵は上だぞ」
ノールは何度も頷き返してきた。流れでウォルムがノール、何時ものペアであるホゼがバリトの面倒をみている。
バリトはなんでもそつなくこなすホゼに任せていれば安泰だろう。ウォルムは初めての後輩を殺さない様に気を配る。
作業はひたすらに続き、開戦から二時間で空堀は埋まり、城壁も三分の一まで埋まりつつあった。
分隊は疲労困憊だ。元気なのはデュエイ分隊長ぐらいだった。他にもスキルを持っているのではないかとウォルムは勘ぐってしまう。
「来るな。斬り込み隊だ」
分隊長が呟く。ウォルムが視界の端を向けると、後方から新たな大隊が迫りつつあった。他の大隊とは異なり温存されていた部隊だ。
「都市サリアの歩兵大隊ですね」
目を細めたホゼが何処の大隊か判別した。
「元同胞相手に斬り込み隊とは、ベルガー司令官も悪趣味な手を打つな」
周囲の兵士は同意した。
「まだ城壁は埋まっていないですが、梯子で仕掛けるのですか?」
ノールが疑問の声を上げた。ウォルムが疑問に答える前に、解答が直ぐに実演された。全身を鎧で包んだ集団が城壁の根本に飛び込んだ。
「直下に入り込んだ!!」
城壁通路の兵士は懸命に声を上げて、周囲に危険を知らせるが、既に遅い。
集団による土属性魔法により城壁高さにまで土は積まれ、サリア歩兵大隊がそこを足場に突入を開始したからだ。
更に坑道戦により、隣接する城壁が土属性魔法で生じた地下空間により、数十mに渡り陥没した。
土属性魔法による典型的な金堀り攻めであった。ウォルムは内心唸る。褒めるべきはその手際の良さだろう。
「裏切り者に鉄槌を下せ、一番槍の分隊にはベルガー司令官より褒美が出るぞ」
サリア大隊の指揮官の声に応える様に。サリア大隊は鬼神の如き攻めを見せる。一番槍を果たした分隊は、城壁通路の守兵を矛で串刺しにすると城壁の上から突き落とす。
ただでやられる守兵ではない。最初に乗り込んだ分隊は半数以上が討ち取られるが、後続の流入は止まらなかった。
尚も作業を続けるウォルム達の下に、伝令の兵士が走り込んでくる。
「リグリア大隊長より命令だ。サリア大隊に後れを取るな。総攻撃を掛け、城壁を突破せよ」
守兵が殺到している今が絶好の機会だとウォルムも同意見であった。
「総員掛かれッ!!」
リグリア大隊長の声が戦場に轟くと、一斉突撃の合図が下った。兵員の影に隠していた梯子を掴み上げ、一斉に城壁へと駆け込んでいく。魔力切れも厭わずに敵の反撃も始まるが、火線は乏しかった。
「ノール、俺の背中にいろ」
背中に回していたラウンドシールドを構えてウォルムは走り込んで行く。甲高い音と共に盾に衝撃が走る。矢に加えて石まで命中していた。
脛当てにも硬い何かがぶつかり弾けるが、何かは判断が付かなかった。
掛けられた梯子を兵士達が登っていくが、城壁通路から差し込まれる槍に返り討ちに合い、別の梯子は城壁から外され、登りかけの兵士が落下してくる。
無事な梯子に目をつけ登っていく。ウォルムの前に梯子に足を掛けた兵士は横合いから放たれた矢に脇腹を刺され、地面に墜落して苦しんでいた。
敵の射手は次の獲物であるウォルムに矢を掛けようとするが、氷槍が顔に突き刺さり、城壁通路でのたうち回り始めた。
「ウィラート!!」
援護の正体は分かっている。ウィラートに違いない。無口で無毛の仲間に感謝しながら梯子を手を使わずに登って行く。
魔法の着弾に気を取られてか、周囲の兵の妨害はなく城壁通路へと降り立った。
ウォルムは瞬間的にロングソードを目の前の兵士の首筋に突き入れる。呆気に取られたまま硬直した兵士だったが、首筋にポッカリと空いた穴は致命傷となった。
周囲の兵士はまだ対応出来ていない。続け様にロングソードを横薙ぎに振るい、防具ごと頭部を切断する。何時になく剣の切れ味が良いとウォルムは高揚した。
刃こぼれする事なく二人を仕留めたウォルムは、ようやく侵入に気付いた兵士と対峙する。
「登られているぞッ!!」
兵士は仲間に警戒を促しながら、ウォルムに切り掛かってくる。この手のタイプは手練れが多い。
初撃をロングソードで弾くが、続け様に剣で突きを入れてくる。四度目の突きで敵の踏み込みに合わせてウォルムも間合いを詰める。
ラウンドシールドで突きを弾きながら、シールドバッシュで手首を強打する。剣を手放さなかったのは優秀であったが、ラウンドシールドで隠れたウォルムの右腕は既に動作を済ませている。
下段の構えから至近距離で突き入れられたロングソードは眼球から入り込むと、頭蓋を砕き、脳漿をぶちまけた。
ウォルムは視線を外し、次の敵を探す。梯子からは何人かの味方が登ってきていた。そのうちの一人はなんとノールだった。
駆けつけた兵士と懸命の斬り合いを演じ始めていたが、経験の少なさと防具の隙間をつかれ、片腕から血を流している。
「先輩っー!!」
ノールの泣きそうな声がウォルムの耳に届く。相手が悪い。全身を隙間無く防具に身を包んだ兵士……いや騎士だった。既に城壁通路の上で二人のハイセルク兵を沈めており、数秒もしないでノールもその仲間入りになるだろう。
「新兵しか相手できないか、雑魚が」
ウォルムは慌てて反転すると、ラウンドシールドを騎士に投げ付ける。騎士は斧槍で防ぎながら向かいあった。
「手癖が悪い、ハイセルクの蛮兵が!! マイヤードの地は踏ませんぞ」
騎士はラウンドシールドを突き立てながら一挙に踏み込んでくる。空間の限られた城壁通路だ。
咄嗟にノールを救う為とは言え、ラウンドシールドを捨てたのは痛かった。
奥歯を噛みしめながらウォルムは覚悟を固め、怯まず盾による打撃を手甲と肩で受け止めてその場で踏ん張る。
想定していた以上の衝撃に無意識に顔が歪む。左腕がジンジンと痛むが、動作に支障は無かった。
斧槍が横合いから迫る。ロングソードで受け流しながら弾き返すと金属同士が擦れる高音が響き渡る。
一撃をいなすが休む暇など無い。攻撃は連動して行われる。間髪容れずにラウンドシールドが再びウォルムへと迫る。
軸足を入れ替え、体重を左に傾けながらラウンドシールドを回避して回り込む。騎士もそれに追従しながら斧槍を振り下ろしてきた。
ウォルムにはラウンドシールドは無いが、両手でロングソードを握る分、剣圧では勝っていた。
斧槍を押し込みながら引き際に一撃を入れるが、肩の装甲に真新しい傷を付けるのみで終わった。集まってきた敵の守兵はノールを含むハイセルク兵に襲い掛かっている。
分隊長は何処に、ウォルムは無意識に探してしまう。結果、最初に目立ちすぎた為、梯子を登ろうとすると集中的に妨害を受けていた。
本来であればこの手の強敵は分隊長のダンス相手である。己の不運を嘆くウォルムであったが、後輩を見捨てるわけにもいかない。
敵の鎧に傷が増えていくが、同時にウォルムの防具にも傷が入る。敵の騎士よりも関節部の防備が薄い為、どうしても不利であった。
すれ違い様に胴に一撃を加えるが、鎧の装甲を前に、本体にダメージを当てられない。頬を掠めた斧槍により血が溢れる。
目蓋や額をやられていたら視界が塞がれて詰んでいた。ウォルムの唇が酷く乾く。瞬きを忘れて敵の動きを予測する。
再び鎧に傷が増える。斧槍を引っ掛けられ肩の一部が抉られた。
「無駄だ。雑兵ッ!!」
騎士が叫ぶが、先程よりも胴に対する傷が深くなっていた。普段とは何かが違う。状況は劣勢で有り追い込まれていたが、血が流れる腕は軽やかに剣を振れている。
何かが、何かがはまりそうだった。無駄な物がこそぎ落ち、効率よく流れる感覚。引き際に横払いしたロングソードは騎士の脛当てに命中する。
装甲の一部が切れていた。騎士もそれを感じ取ったのか、怒りをぶつける様にウォルムに吠えた。
「いい加減、死ねぇええ!!」
中段と上段による鍔迫り合いは互角だった。ぶつかり合いの反動を利用しながら後ろに跳ね退く。斬り合いから間合いが離れる。上段でロングソードを構えていたが、どうにも不足している。
実戦でも訓練でもしたことの無い構えをウォルムは取っていく。腕を上げ辿り着いた位置は頭上であった。最上段は隙が大きく、乱戦時には向かない構えだ。
「舐めるな。そんな虚仮威しが私に通じるか」
騎士はセオリー通りラウンドシールドを突き立てながら踏み込んできた。
視界には乱戦模様が映りながらも、見るべきもの見て、必要な間合いで踏み込んだ。農夫から戦場に送り込まれてから剣を振った日々、何れとも違う様で、慣れ親しんだ軌道でウォルムは剣を振る。
剣が薄く光り、柄を握る手から剣に魔力が送られるのが分かる。この一撃を外せばカウンターで致命傷を受けるだろう。
そんなリスクもウォルムの目に入らなかった。ただこの感覚に身を任せたい。戦場で初めて心から笑みを浮かべたかもしれない。
振り下ろされた一撃はラウンドシールドを斬り破ると、肩口から胸まで切断する。時間が止まった。正確にはゆっくりと流れている様であった。
騎士は斧槍を落とし、震える声で呟く。
「す、きる《強撃》だ、と、なんで、雑兵が、なんでおれ、がつかえ――」
騎士は最後まで言い終わる事なく、城壁通路の血溜まりに倒れ込んだ。
「そ、そんな隊長が!?」
「エルメル様が討ち死になされた」
周辺の城壁通路を取り仕切る騎士だったのだろう、周囲の兵の動揺ぶりは尋常では無かった。
更に追い討ちを掛けたのは分隊長が城壁通路を登り切った事だ。文字通りデュエイ分隊長が剣を振るたびに、敵の手足が千切れ飛んで行く。
「登り口を確保したぞ!! いいか、手を緩めるな! 一兵残らず城壁通路から殲滅しろ」
他の分隊長までもがデュエイ分隊長に返事を返す。城壁通路から離れた場所からは攻め口の確保に歓喜するコズル小隊長が見えた。
何故、デュエイ分隊長が小隊長に上がらないか、ウォルムは疑問に感じたが、今は城壁通路の掃除の方が先決だった。
ラウンドシールドを拾いながらノールを助け起こす。ウォルムは怪我の具合を確かめた。脇腹と腕に傷を負っていたが深くは無い。
「出血だけ気を付けろ。まだ正念場だ」
「は、はい、ウォルムさん!!」
形勢はハイセルク帝国に傾いていたが、まだ城壁通路の奪還を試みる将兵は多い。ウォルムは目に付いた敵兵士に対し、先程の感覚が薄れないうちに剣を振る。
先程同様に敵の剣を弾きながら防具ごと胴を斬った。人知を超えた力の領域へとウォルムは踏み込もうとしていた。
殺しが好きな訳では無いが、手に入れた力が何処まで通用するか、今のウォルムには試さずには居られなかった。敵のラウンドシールドも鎧も《強撃》を前に耐えられなかった。
普通のロングソードが巨大な戦斧の様な一撃に変わる。《強撃》を完全に自身の物としていた。
気付けば城壁通路の階段まで辿り着いていた。ウォルム単独の力だけでは無い。いつの間にかにウォルムの背後に着いたホゼが槍で巧みに牽制してくれたお陰だ。
同時に極限まで張り詰めていた集中力が切れるのが分かった。身体の倦怠感も酷く、慣れない《強撃》の多用により魔力が切れたのかもしれない。
階段を死守しようとする敵兵は牽制と威嚇ばかりで間合いを詰めて来ようとしない。ウォルムの目測では10人以上はまだいるだろう。覚悟を固め、踏み込もうとした時、頼もしい声が後ろから響いた。
「ウォルム!! 《強撃》のスキルを身に付けたか、大したもんだ。一先ず休んでろ。あとは俺がやる」
現れたのは全身隙間無く返り血を浴びたデュエイ分隊長だった。ああ、素人でも分かるとウォルムは力を抜いた。敵としては絶対に戦場で遭ってはいけない類の人間だ。
分隊長が吶喊すると、悲鳴にも似た威嚇の声を上げて敵兵が斬りかかった。一振りで城壁通路から人間が二人消えた。ウォルムと同じ《スキル》とは思えぬ威力だ。盾に身を隠し、猛進を食い止めようとした敵兵が蹴り飛ばされ、城壁通路から地上まで落下すると地面に血の花を咲かせる。
「あ!? ぁ、ああ゛ァああ——」
「チクショウ!! なんでこんな奴がァ!!」
「怯むなッ。怯むなァア」
階段は死体で埋まって行く。ヤケになった兵士がデュエイ分隊長の兜割りに遭い、有りえない断面を晒したところで、残る敵兵は背中を見せて逃げ出した。
「やってられるか!!」
「くそ、オーガの方がましだ」
中央と左の城壁から後続の部隊が次々と雪崩れ込んでいく。その勢いは止まることを知らない。勝負は決したとウォルムは確信した。
「兵を纏めろ。山場は過ぎたが、取り分を失う前に行くぞ!!」
その掛け声は山賊の頭領のようだった。
デュエイ分隊長を先頭に城壁通路内に築かれた建物を制圧して行く。抵抗は軽微だった。残存する敵兵は左右の砦に閉じ篭るか、多くが敗走していた。
内部から城門が開かれ、倍以上の兵士が雪崩れ込んだところで決着が付いた。
砦に逃げ損ない追い詰められた敵兵は徹底抗戦の構えを見せる者も居たが、短時間で皆殺しに合う。包囲された砦は短期間で降伏を申し出た。
朝から始まった戦闘は、日が沈む前に終わりを告げた。それでもまだ国境部の前哨戦に過ぎない。ウォルムの仕事はまだまだ残っていた。
敗走した部隊を追い、温存されていた騎兵が砦を走り去って行く。追撃により多くの敵兵が討ち取られるに違いない。
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