このクソったれな世界に臓物を!

 店を出てしばらく行くと、まさみが壁にぶつかった。

「あうっ……」

 だが、壁に見えたそれは、人だった。山のような巨体を持ったスキンヘッドの男だった。どうやら、ボスとかいうヤツが待ち伏せしていたらしい。


「よう、まさみ。ちょいと小耳に挟んだんだけどよー。兄貴の紹介で来た客を邪険にしたそうじゃねえか」

「だ、だって、NG行為ばっか――」

「NGだと!? なにお高くとまってんだ! すれっからしのアバズレが! オレに恥かかせやがって!!」

 男はまさみの髪をつかんで、ひねりあげた。

「い、痛い……」

「おい、やめろよ。いやがってるじゃないか」

 シューマが言った。

「ああ? おまえだれだよ」

「だれだっていいだろ。手を離せよ」

「はっ! なんにもわかっちゃいないな。こいつはこうされるのが好きなんだよ。むしろ、喜んでるんだよ。なあ、そうだよな?」

 まさみは口をつぐんで、涙をこらえた。

「やめろって言ってるんだ!」

「やめてやってもいいんだけどなあ。わかってるよな?」

 まさみは震えながらバッグを開き、財布を出した。

「お、くれるのか? オレが要求したんじゃないからな。おまえが自主的に差し出したんだからな」

 男はまさみの髪を離し、財布をひったくるようにして奪い取った。指につばをつけて、札を数える。

「――助かったぜ、軍資金が不足しててな」


 シューマが殴りかかろうとするのをまさみが止めた。大人と子供のような体格差だ。意地だけで勝てる相手じゃない。

(この世界もひどい場所なんだな……。ひどいヤツがいるんだな……)

 シューマは自分の無力さをかみしめながら、静かにつぶやいた。

「死ね」

 男は、突然、うっと息を詰まらせ、目を見開いた。フラフラとよろめき歩き、路地に入ったところでごみ袋の山に座りこんだ。

「え、なに? どうしたの……??」

 おろおろするまさみ。


 シューマは男に近づいた。ただ眠っているだけにも見える。

「おい、起きろよ」

 肩を揺さぶると、ゴロンと横に倒れた。

 死ね――と、つぶやいたシューマの手には、『サドンデスがチート過ぎてクラスメイトにビクロイしまくりなんですけど!?』が握られていた。「死ね」と唱えるだけで、だれであろうがサドンデスさせる主人公が、学園内でバトル・ロワイアルを強いられる物語だ。『臨時国会七日間の死闘』でマッスル首相に勝利した主人公は、米軍に連れ去られ、現在はホワイトハウスに侵入したQアノン信者たちと闘っている。

 シューマは理解した。これは女神様がくださった特別な力スキルだ。手に持つ本の内容をイメージすると、登場人物と同じ能力が使えるのだ。


「キャーーーッ!」

 うしろから悲鳴が聞こえた。

「どうしたんだ!?」

 ざわざわと人が集まってくる。

「あの人が……、あの人が……、キャーーーッ!!」

「なんだ、こいつ?」

「おかしなカッコしやがって」

「捕まえた方がいいんじゃないか?」

 男たちがシューマを抑えつけようと手を伸ばす。


(オレはただ、まさみを守りたかっただけなのに……。そうだ、テンイシャはこの世界からやってきたんだ。こいつらも同じような連中なんだ)

 平和な村を焼き払い、貧しいけれど幸せだった日々を奪ったテンイシャたちへの憎しみがよみがえった。

 上着のポケットの本に手が触れた。

「死ね!」

 ストンと落ちるようにして、近くにいた男が倒れた。

「――死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!」

 シューマは繰り返した。そのたびに、人が倒れる。

「――死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね! みんな死ねっ! この街の人間は全員死ね! 鉄のイノシシも死ね! 鉄の鳥も死ね! すべて死に絶えろっ!!」

 不夜城とも呼ばれる繁華街から灯りが消えた。コントロールを失った自動車は山積みになった死体に乗り上げた。飛行機は墜落し都市を破壊した。


 やがて、折り重なった死体に囲まれて立っているのは、シューマとまさみだけになった。月明かりの下でまさみは震えていた。

「これって……シューマ君がやったの?」

 シューマは我れに返った。

 自分が数えきれないほどの生命を奪ったことに気づいた。やってしまったことの重さから逃げるように、真っ暗なビルに入り、階段を上っていく。屋上に着くと、顔を手で覆って座りこんだ。

(あの中には、まさみみたいに優しい人だっていたはずなのに……。これじゃあ、オレがテンイシャみたいじゃないか……)


 ポケットから別の本を取り出す。

 開くと、魔法使いらしき少女が内臓をぶちまけて死ぬ場面が描かれていた。

 アニメにもなったベストセラーコミック、『このクソったれな世界に臓物を!』だ。略して『このクソ』。パンツを履くと風邪をひいてしまう魔女っが、ただ嫌がらせのためだけに、最終奥義を使って内臓をぶちまける。


(オレにはこんな死に方がふさわしい)

 シューマは屋上の縁に立ち、生命の絶えた街に向かって叫んだ。

臓物爆発大放出エクスプローガン!」


 体内で起きた大爆発エクスプロージョンによって、魔力で100万倍に増量された内臓オーガンがとめどなく噴出し続けた。ひだひだの胃、なめらかな肝臓、どこまでも伸びる腸――シューマの臓物が都市を覆い尽くした。最後に、緑色をした胆汁が降り注ぎ、苦みを添えた。

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