第31話 橙の声と紫の呪い・1(※クラウス視点)
様々な紫色を基調にした、落ち着いた応接間。何処からともなく響くハープの軽やかな音色。
置かれた調度品も過度に存在を主張する物はなく、居心地はけして悪くない。
だけど――この場から飛鳥がいなくなっただけで言葉にし難い寂しさを感じる。
「それで……至急の用件とは一体何でしょうか?」
外交的な笑顔を張り付けて核心に切り込むと、女侯爵はティーカップのお茶に口をつけた後、穏やかな目で僕を見据えた。
「……鳥を一羽、探して頂きたいの」
「鳥……ですか?」
「ええ。
氷突鳥――幼い頃、鳥の図鑑で見た事がある。
雪山の氷を突いて作った巣の中で冬を越す事から、氷突鳥と呼ばれてるらしいけど――
「……単なる鳥探し、だけで僕を呼んだ訳ではないですよね?」
「もちろん。理由はこれから説明しますわ。まず……呪術に声や五感を奪うものがある事はご存じかしら?」
「ええ。話に聞いた程度ですが……
遥か昔――数々の呪術が蔓延する時代、様々な呪いにかかって苦しむ人たちを呪いから解放する『解呪師』という人達がいた。
解呪師の中でも特に有名なのが、呪術と解呪の両方を探求し、解呪師でなくても己の魔力で呪術を打ち消す事が出来る『
解呪魔法を生み出した人の子孫が、解呪魔法では解けない呪術を扱う――先祖不幸な話だな、と思ったところでマリアライト女侯爵が話を続けた。
「……十四年くらい前、その強力な呪術でヴィクトール様に恥をかかせた男の声を封じた事があるのです。男が反省してヴィクトール様に謝れば返してあげるつもりだったのですが……その後色々あって、返す気が失せてしまって。もう四年近く前になるかしら……その辺を飛んでいた氷突鳥に声を移しかえたんです」
呪術で奪ったものを保管する際は、札や石など何かしらの物質に封じ込める必要がある――と聞いた事はある。
その札や石が破れたり割れたりしたら、勝手に持ち主の元に戻ってしまう、という事も。
けど、生き物に呪いを移す話は聞いた事がない。
「……何故、生き物に?」
「生き物にこめておけば、それが死んだ時に魂が呪いごと天に持ってあがってくれますから。そうなれば私が呪術を使った証拠は何処にも何も残らず、相手の元にも一生戻らない……素晴らしい仕様でしょう?」
そんな怖い仕様、微笑みながら同意を求められても困る。
ダグラスなら心から頷いたかもしれないけど、僕はお世辞でも頷けない。
無言を貫く僕の態度に女侯爵は視線を逸らした後、肩を竦めた。
「だけど、少し前にヴィクトール様から男の声を返すように言われてしまって……それから氷突鳥を探させているのだけど、見つからないのです」
「……檻に入れたりしなかったのですか?」
「檻に入れたら、世話をしなければならないでしょう? もうあの男の色を見るのも、家に置いておくのも嫌でしたから……勝手に消えてなくなればいいと思いまして」
(……怖いな、この人)
語調こそ穏やかだけど、言葉の節々に冷たい印象を受ける。
冷酷な人なのか、それともよっぽど腹に据えかねる事をされたのか――そこまでこの人に興味ないから、聞かないけど。
話をまとめると、昔ヴィクトール卿に恥をかかせた男の声を呪術で奪った。
男は反省せず、また女侯爵にとって気に入らない事をした。声を返す気が失せた女侯爵は、男の声をたまたまその辺を飛んでいた氷突鳥に封じた。
氷突鳥がいなくなった後でヴィクトール卿から『男の声を返してほしい』と言われた今、必死になって探している――
ヴィクトール卿から保管しろと言われてた訳じゃないのに、十四年経って今更返してほしいと言われるのは気の毒だな、と思うけど――
(人に嫌な事すると自分に返ってくるっていうけど、本当に返ってくるんだなぁ……)
マリアライト家の呪術に屈しないその男の人も凄いなと思うけど、見事に悪事が返ってきて自業自得状態に陥ってる女侯爵にちょっと感心してしまう。
「……まさか、祝歌祭が延期になったのって」
「察しがいい方ねぇ。そうよ、祝歌祭にヴィクトール様が来られた時に声をお渡しする事になってるから、引き延ばしたの。その間に貴方に探して頂けこうと思って」
「何で僕に……」
「貴方、少し前に色んな場所で魔力探知して回ってたでしょう? あれほど強い魔力なら氷の中で冬眠している鳥も簡単に探知できるわ」
魔力探知して回ってた――ツヴェルフ転送後、塔から飛鳥がいなくなって、必死に飛鳥を探していた時の事を言っているみたいだ。
あの時はなりふり構わずあちらこちらで探知してたけど、そこで目をつけられるなんて。
「……その鳥は、今も生きているのですか?」
「ええ。鳥に声を封じ込める時に使った術がまだ活きているから、間違いなく生きているわ」
「……術が活きているなら、逆探知すれば大体の場所が掴めるのでは?」
「貴方が言う通り、大体の場所は掴めてるの……それでも見つけられないのよ」
ざっくりした位置さえ分かれば、侯爵家の力なら騎士団なりギルドなり使ってしらみつぶしに探せると思うけど――と思っていると、マリアライト女侯爵がテーブルに置いてあった紙を広げた。
四つ折りにされていたその紙は、ノース地方に焦点を当てた地図のようだ。そしてリアルガー山脈辺りに大きな丸が描かれている。
大きな丸の中には更に小さな丸がいくつも描かれ、その全てにバツ印が書かれていた。
「……こちらで調べられる範囲は調べたわ。後はもう、この辺りだけ」
マリアライト女侯爵が指し示した、小さなバツ丸で作られた輪のさらに内側には
公爵の許しなく足を踏み入れた者は、問答無用で殺される禁足地――
たかが鳥探しを僕に頼んだ理由が分かった。禁足地の探索依頼なんて、何処にも出せない。
マリアライト家が依頼したとバレれば、マリアライト家が終わる。
リアルガー家の許可を取れば――と言いたいけど、他の地方と違ってウェスト地方は絶対君主制。
君主に黙って他の公爵と交渉するなんて、自殺行為に等しい。
って言うか、僕に頼んでるのもかなり危険な行為なんだけど――
「事情は分かりましたが……何故セレンディバイト公に頼まないのですか?」
そう、何処かに忍び込んだり、何かを盗ってきたり――セレンディバイト家はこの手の後ろ暗い依頼も条件次第で引き受けている、と聞いた事がある。
この手の話はダグラスの方が適任なはずだ。十年以上も公爵やってるし外面だけはいいんだから、この女侯爵ともそれなりに交流があるだろう。
あいつに頼まずに付き合いの浅い僕に頼む理由が分からない。
僕の問いかけにマリアライト女侯爵は目を細め、静かに息を吸った後、小さく吐き出す。
「そうねぇ……男がセレンディバイト公の友人じゃなければ、向こうに頼んでいたわ。彼ならマリアライト家秘伝の呪術を一つ二つ教えれば引き受けてくれたでしょうし」
「友人……?」
「男の名はアーサー・フォン・ドライ・コッパー……コッパー家の嫡男。貴方も会った事があるのではないかしら?」
その名前に橙の長髪が印象的な、寡黙な魔法剣士が頭に浮かんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます