私のメガネ様

秋風遥

前編 眼鏡どこ?

 顔に風が当たっている。

 冷たいな……と思ったら、完全に目が覚めた。


 目を開けるとそこは―――。


「…………?」


 ぼんやりと広がる緑の上に、これまたぼんやりした白が浮かぶ青い空。

 何しろド近眼の私である。眼鏡が無ければここがどこかもわからない。


「あれ? 何でこんな所に?」


 自分の部屋にいたはずなのに。

 きっと、スマホを見ているうちに寝落ちしたんだろう。

 服装はその時のままのパジャマ姿だ。眼鏡もちゃんとけていたはずなんだけど。


 周りがぼやけていても、ここが外であることはわかる。


「とにかく眼鏡―――」


 いや、まてよ。

 どう見ても自分の部屋じゃない。それどころか、知っている所かどうかもわからない。

 冷汗がにじむ。


「眼鏡どこ――――――!!!」


 私は絶叫した。

 状況を把握はあくしようにも、眼鏡が無ければ不便で仕方ない。

 無意識に歩き出そうとして、つまづいた。


 倒れそうになった時、不意に腕をつかまれた。

 かろうじて、転倒をまぬがれれ踏みとどまる。


「大丈夫ですか?」


 耳元で聞こえた男性の声。

 穏やかな調子の素敵な声だ。


「あ、ありがとうございます……」


 この声なら、顔もきっと―――。

 視界に飛び込んできたのは、澄んだ茶色の瞳。


 急に恥ずかしくなって、飛び退いて距離を取る。パジャマ姿だし。


「いいえ、ご無事ならよいことです」


 暖かな思いやりのこもった声。いい声だなぁ。

 距離を取ったせいで、顔立ちはよくわからない。

 白っぽいすその長い服を着た若い男性らしい。


「貴女も異世界から来られたのですね」

「えっ?」


 驚いて、彼の顔を見つめる。……どんな表情を浮かべているのか、わからないけど。


「この世界には、時折別の世界から迷い込んでくる方々がいるのです」


 これは……異世界転移!?

 聖女に選ばれてチートを授かって無双したり、イケメンに言い寄られたりとかして、調子に乗ってたら断罪されてざまぁ……。


 ぶんぶん頭を振って 嫌な記憶を払い落す。

 私はごく普通の女子高生である……と自分では思っている。

 別に神様的な存在に重大な使命を与えられたり、魔法陣で召喚されたりとかのテンプレじゃないし、大丈夫だよね?


 異世界から人が来ることは珍しくないようだし、この人に聞いてみれば帰り方がわからないかな。


「あの……」


 一歩踏み出そうとして、 慌てて足元を確認する。

 大きな石らしきものがぼんやりと見えた。


「どうなさいました?」

「あ、すみません。目がよく見えないもので……」

「それなら、神殿にお参りしていくと良いですよ」

「神殿?そこへ行くと目が良くなるんでしょうか」

「えぇ、ほんの一時ですが」

「本当ですか!?」


 ちょっとの間でも、目が良くなるのはありがたい。

 私は神殿まで案内してもらうことにした。


「あっ、私は兼子美樹と言います。『美樹』が名前です」

「私はリクと申します。ミキさん、よろしくお願いします」


 リクさんはこの先の神殿に仕える神官だという。

 最近、視力を回復してくれる神の使いが現れたらしい。

 どんな人なんだろう。わくわくしながら私は神殿へ向かった。

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