冥界の服役所
平中なごん
零 八大地獄研修
「――うぎゃあぁぁぁぁっ!」
「ぐえぇぇえぇーっ!」
不気味に赤く染まる空の下、所々、炎と煙が立ち上る荒涼とした蒸し暑い焼け野原に、断末魔の叫び声が途切れることなく響き渡っている……。
浅黒い肌をした巨漢の鬼達が金棒や大鉈を振るう度、その絶叫とともに人間の肉片や鮮血が舞い上がり、この赤い景色をますますどぎつい紅蓮の色に染め上げてゆく……。
「し、死ねえぇっ!」
「てめえこそくたばりやがれっ!」
また、鬼に追われる人間達も互いに相争い、手に生えた鋭い鉄の爪や錆びて刃毀れした古い刀が相手の痩せこけた半裸の肉体を傷つけあっている……。
「………………」
その、この世のものとは思えない地獄絵図を前にして、わたしはただただ呆然と立ち尽くしていた。
……いや、そもそもここは〝この世〟ではないし、まさにその〝地獄〟なのだ。比喩表現とかたとえ話とかではなく、正真正銘、ここはその〝地獄〟と呼ばれる場所なのである。
普通に聞いたら俄かには信じられないことにも、今、わたしは、その地獄に来てしまっているのである。
といっても、死後、生前の罪により地獄へ落とされたというわけではない……というか、わたしはまだ
ではなぜ、そんなまだ生きてるわたしが地獄になんかいるのかといえば、これは
ここに到る経緯は複雑で、話せば長いことになるが……わたし、
長引く不況の中、なんとか地元の市役所に就職できたのはよかったものの、その後、配属された先というのがなんというか……わたしの予想を遥かに上回る部署だった。
じつは、どこの市区町村にもごくごく限られた関係者しか知らない秘密の課が存在する……それが、わたしの配属先である〝死民課〟だ。
音は同じだが市民課ではなく、
まさに読んで字の如く。市民課が生きてる人間を相手にするのに対し、市内の死者に関する行政手続きを担うのが死民課の職務で、例えば、生前の戸籍から死後の
この死民課、つまりは〝幽霊〟相手の行政サービスのため、他の一般的な部署と職務形態も大きく異なっている。
勤務時間も日中ではなく夜の11時30分~朝の7時までの真夜中だ。ちなみに
相談や手続きに来る
すると、意外にもあっさり念願かなって、めでたく異動となったのであるが……その異動先が、またわたしの想像の斜め上を行く、なんと、〝閻魔王庁への出向〟だったのである!
いや、一瞬でもよろこんだわたしがバカだった……今度は幽霊相手の職場どころではない。勤務地はあの世…しかも地獄なのだ!
この閻魔王庁への出向、現世でいえば国の中央省庁で勤務するようなもので、死民課職員にとっては同僚も羨む出世コースらしいのだが、わたしとしてはまったくもってうれしくもなんともない。
なのになぜ、特に霊能力があるわけでもオカルトマニアなわけでもないわたしがこんな死民課出世コースに図らずも乗ってしまったかといえば、それは、ひとえにわたしが〝
小野篁――今から1200年ほど前、平安時代初期に活躍した貴族で、文才に明るく、法律にも詳しい有能な官吏だったが、その才覚を以て昼は朝廷に仕える一方、夜は京都の六堂珍皇寺にある井戸を通って、地獄の閻魔王庁にも出仕していたという伝説の人物である。
この前、閻魔大王様も話していたのでどうやら本当のことみたいだが、その篁さんの末裔であると、わたしの家では伝わっている……。
で、そんなご先祖様のブランド力が働いて、本人の意思は関係なく、ミーハーな上司達が乗りたくもないエリートコースにわたしを乗せてくれたというわけである。
そして、今、閻魔王庁で働いているわたしは出向職員の慣例に則り、実際に〝地獄〟を見学する研修の真っ最
中なのだ。
いくら特殊とはいえ、市役所職員のわたしにそんな研修必要あるのかと甚だ疑問なのではあるが、思わずそう呟くと、直接お手伝いをしている
なるほどお…とその時は思わず納得してしまったが、よくよく考えたらそれって刑事の担当であって、一般行政職のわたしにはやっぱり関係ないような……ま、それを言い出せば、この閻魔王庁自体、裁判所みたいなものだから、行政ではなく司法の範疇なんだけど……。
それでも、死民課で行っている鬼籍登録は閻魔王庁の裁判を受けるために必要不可欠だし、なにかとわたし達の仕事とは切っても切り離せない間柄にある役所なので、こうした出向があったりするわけだ。
そして、その閻魔王庁の判決次第で行くこととなる、この〝地獄〟を実際に見て回る研修も……。
ちなみに地獄には〝八熱地獄〟と〝八寒地獄〟という熱いのと寒いのがあるみたいだが、中秋~春シーズンにこの研修を受ける各市区町村の出向職員はわたしと同じこの〝八熱〟の方で、初夏~初秋シーズンの者は冷たい〝八寒〟の方と、一応、なるべく快適な職場環境を提供できるよう閻魔王庁の方でも気を遣ってくれているらしい。
だが、そんな熱さ寒さも感じなくなるくらいの衝撃的な光景が、先程からわたしの目の前でめくるめく繰り広げられている……。
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