第40話 帝都第二区ラグーナ殲滅の狼煙

 帝都第二区――シバリエ。

 シロヒメが町長を務めるヴォーロスの街の住人の兄妹の子供が行方不明となった旨の相談を受けて、調査を進めた結果、ラグーナにより連れ去られたことが判明。そして、この第二区遊楽町にある闇競売場に監禁されていることが判明する。

 ここ第二区は、高位貴族の楽園にして最大の勢力地だ。この地に手を出すことは、門閥貴族共に喧嘩を売るに等しい。さらに厄介な規則もあるから、どの勢力もこの地に踏み込めなかったのだ。

 だが、この私が門閥貴族風情に一々恐れるはずもない。というか、ヴォーロスの街の復興には私も手を貸しているのだ。その住民を攫うなど放置しておけば、それこそ悪い前例として残ってしまう。徹底的に叩き潰す必要がある。

 問題は二つ。

一つは、この第二区は重要な祭祀が行われるという理由で軍や衛兵など国に属する一切の武装勢力者は、入ることができないこと。これは帝国成立からの規則で、仮に皇帝でも曲げることはできないもの。

二つは、国の中央司法局は門閥貴族の傀儡になっており、仮に捕縛してもすぐに釈放されてしまい実効性に欠けるから。

もっとも一つ目については、我らがサガミ商会は商人であり、国の機関ではない。そして、武装勢力ではない司法員が入ることは可能だ。

二つ目の中央司法局には、司法局幹部の不正の証拠を山ほど送り付けてやった。もしこれで、此度の一斉摘発を許可しないのなら、全ての証拠を商業ギルドに送り付けてやる。

今帝国は商業ギルドから莫大な金銭を借りている。仮に中央司法局による不正の証拠を手に入れれば商人達は一斉に融資から手を引きかねない。そうなれば破滅をするのは帝国政府だ。

もし、帝国政府が門閥貴族やラグーナとかいう盗賊組織を守るために国を崩壊させるほど愚かなら、そんな組織に存続の価値はない。綺麗さっぱり滅ぼしてやるさ。

帝国政府に最後通告だと伝え、第二区ラグーナの殲滅の許可を打診すると、予想以上にすんなり許可が下りた。

 そんなこんなで今現地の隣の宿の中に集合しているところだ。


「総員配置につきました」


 黒装束の男――スパイが片膝つき、報告してくる。


「いいか。この闇競売の長たる死蝶しちょうだけは絶対に逃すな。他のラグーナは好きにしてかまわない」


 作戦に参加する司法官の一人がゴクリと喉を鳴らす。

 

「客の門閥貴族共はいかがいたしましょう?」


 隣のクラマが恭しくも疑問を呈してくる。


「捕縛、もし抵抗するようなら徹底的に痛めつけろ。抵抗する気も起きぬほど徹底的にだ」

「「イエス・マイロード!」」


 ちょび髭紳士――クラマとスパイが片膝を付き、その姿を煙のように消失させる。


「では、私達も行こうか、ルカ司法官」


 ポニーテールにした赤髪の美しい女性を促すと、


「ええ」


 決死の顔で大きく頷く。彼女のローブの背に刺繍された雪の結晶の印のあるローブは、司法官の証。ハクロウ男爵から彼女を紹介されたときは大層驚いたが、司法官として出世して中央へ呼び出されたらしいな。

私たちは、闇競売の敷地へと足を踏み入れる。


 

次々に競りに出される子供達。

どこまでもどこまでもラグーナという組織は私を狂わせてくれる。ここまで潰すのに躊躇がなくなるものもまた珍しいと思う。もう、私はミジンコほどの慈悲もかけるつもりはない。関与したクズはしっかりと土に返ってもらう。

 しばくすると、ヴォーロスの街から拉致された子供達が競りにかけられる。

 値段が叫ばれるなか、猛毒のような殺気立った心を無理矢理抑え込み、私はひたすら機会を待つ。


「500万!」


 立ち上がり、声を張り上げたのは不自然に飛び出た眼球に、のっぺりとした顔、でっぷり太った体躯をした男。

男の叫びで会場の熱は冷め始める。


(この一帯の包囲が完了いたしました。虫一匹逃しません)

 

 背後から聞こえてくるスパイの報告に私は満足気に頷くと、


「一億」


 値段を口にしつつも席を立ち上がる。


「おい! 進行役、一億などそんな餓鬼に払えるわけがあるまい! この場からつまみ出せ!」

「ぼっちゃん、金銭を示していただきたいのですが?」


 鞭を手で摩りながらも私に尋ねてくる。私は隣に座るルカ司法官に目で合図をすると、壇上へと行き、腰の布袋を進行役に放り投げる。

進行役は布袋内を精査していたが、


「ほ、本物!? 」


直ぐに顔を狂喜に染めて、揉み手をしてくる。ルカが二人を強く抱きしめるのを確認し、


「ときにこの子供達は、私の好きにしてよいのかね?」


 私は最後となる疑問を投げかけることにした。


「もちろーんです。鑑賞するなり、切り刻むなり好きにして構いませんっ!!」


 それがこの進行役が発した生涯最後の言葉になる。


「はれ?」


 顔面が輪切りにズレていき、上半分が地面にゆっくり落下する。少し遅れて糸の切れた人形のように、頭部半分を失った胴体も地面に叩きつかれた。


「うぁ……」

「ひっうぁぁぁぁっ!!」


 おそらく凄惨な現場など初めて目にしたと思われる観客の悲鳴のコーラスを耳にし、私は右手を上に上げて、


「黙れ」


 パチンと指を鳴らす。刹那、張り巡らせていた透明な【爆糸】の糸が爆破し、部屋の壁や置物などの装飾品が爆発する。

それを契機に、部屋に突入してくる銃器で武装した集団。全員が黒色のチョッキにヘルメット、両膝、腕にガードなど特殊部隊さながらの恰好をしている。

彼らは一斉に手慣れた手つきでラグーナの構成員を拘束し、客たちに銃口を向ける。

彼らはサガミ商会特殊急襲部隊、元リバイスファミリーの面々だ。彼らはジルの死後、死に物狂いで訓練に打ち込むようになり、今やサガミ商会でもトップクラスの実力を身に着けている。彼らにとって、ラグーナはジルと先代の死因を作った仇。今もギラギラと光る猛獣のような眼光をラグーナの構成員どもと客に向けている。

 

「子供達を」


私の指示に頷いた数人の特殊襲撃部隊のメンバーが、精霊の兄妹を連れて屋敷を出ようとするが、


「聖霊王様‼ 助けてよ! まだ奥に俺達と同じように捕らわれているんだ!」


 その手を振りほどき金髪の少年は私の前まで来ると、私にしがみ突き、懇願の声を上げる。

私はその頭を優しく撫でると、


「了解した。任せろ」

 

 そういって目で合図する。今度こそ、特殊襲撃部隊のメンバーにより連れ出されて行く子供達。


「貴様らぁ! どこの所属だ!? ここは神聖不可侵な第二区だぞ? いかなる武装勢力も入ることは許されんっ!!」


 眼球が突出し、でっぷりと太った貴族が顔を真っ赤に紅潮させて濁声を張り上げる。


「君は?」

「儂はナメ・グシー侯爵だ。侯爵だぞ! 本来なら貴様ら衛兵ごときに口を利くことすら汚らわしいのだ」

「そのナメクジ侯爵閣下がこんな場所で何をしておいでで?」

「それは……」


 途端に言葉につまるナメ。当然だ。人身売買は、表向きには罪人以外で許されていない。あの子供たちが罪人はとても見えないし、これが明らかになれば侯爵だろうが、処罰の対象となる。


「ナメ侯爵閣下は、道で誘われてこんな場所に足を踏み入れてしまっただけだ」


 隣の側近らしき金髪おっかぱ頭の貴族が口を挟む。


「その割に500万と得意げに宣言していたようですが?」

「それは……その子供達を不憫に思い寄付をしようとしたのだ。寄付なら何の問題もあるまい?」


 ほう、そう来たか。気位の高い門閥貴族共が、滑稽で無様に踊り狂ってくれる様を見るのは中々爽快だが、今は時間が押している。とっとと処理を開始しよう。


「ふむ、寄付なら確かにそうですね」

「そうだ。寄付だったのだ! それよりも貴様らこそこの第二区に武器を持ち込むなど、始皇帝陛下がお決めになられた規則を知っているのか!? どこの田舎者だ! 絶対に所属を明らかにしてその組織ごと――」

「五月蠅い」


 左の掌を向けるとナメ侯爵の両脚を【爆糸】の糸で絡み取り、捻じり上げる。

ボキンと骨が折れる音。そして――。


「はれ?」


間の抜けた声。


「ぐっぎゃああぁぁぁッ!!」


そして、少し遅れて絶叫が響き渡った。


「五月蠅いといったはずだぞ」


 今度は顎を砕き悲鳴すら上げられなくしてやる。


「いいかよく聞け。お前たちがどんな偉い貴族様でも関係ない。お前たちはただの薄汚い犯罪者だ。

 人買い、しかも攫った子供を買おうとした事実は公にされ、お前たちは帝国に弓を引いた反逆者として処断される。そうだね?」


 真っ青な顔で凄惨な現場を眺めていたルカは、私の声に全身をビクンと痙攣させて、


「その通りです。私は帝国司法部の司法官です!」


懐から書簡を取り出し、それを開くと皆に示しながらも、


「ここは、世界的犯罪組織――ラグーナの闇競売であるとの特定を受けています。帝国臣民の誘拐、売買に関与したとして皆様を捕縛いたします」


声高々に宣言した。


「ふざけるな! 司法官ごときにこんな暴挙を許せば秩序は保てなくなるっ。いいから貴様ら所属を述べろ! 軍か!? それとも衛兵どもか!?」


 巻き起こる我らへの批判の声に、


「俺達は、サガミ商会だ」


 特殊急襲部隊隊長――テツが言い放つ。


「そう。彼らは国とは何ら無関係の商会に過ぎない。此度は規則に反しないために皇帝陛下、内務大臣殿、司法長官殿の三者が共同でサガミ商会にラグーナ壊滅と、不法人身売買の摘発を依頼なさったのです。もし異議があるのなら法廷で思う存分になさってください!」

「そん……な」


 遂に項垂れる貴族共に次々に捕縛の縄がされ、建物から連れされて行く。

 さてこれで面倒な馬鹿共の対処は終わった。あとは、ラグーナの殲滅のみ。一匹たりとも逃がさぬ。全て捕えて地獄へ送ってやるさ。


「あとは任せる」


 ルカ司法官に任せて、私はラグーナの殲滅のため建物の奥へと足を踏み出したのだった。


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