第24話 鉄拳制裁
結局、レジェメを作り終えたのは、カーテンの隙間から朝日のあまい光が差し込んできた頃だった。
現在、レジェメを生徒達に配り、スケジュール表を黒板に張り出したところだ。
「これからこのスケジュールで授業を進行する」
「ふざけるなっ!」
予想を裏切らず、クリフが憤怒の形相で右指先を黒板に固定しつつも、批難の言葉を紡ぐ。
そして、エイト以外の他の生徒達からも、同様の視線を向けられる。
「ふむ、反論があるなら、一応聞くが?」
「僕らには時間がないんだ。定期試験に落ちたら、どの道、退学だ! こんな一般教養など学んでいる時間はないっ!」
私が提示した授業のスケジュールの概要は次の通りだ。
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〇Gクラススケジュール表
・8:00~12:00→一般教養
・12:00~13:00→昼食及び休憩
・13:00~15:00→魔法及び戦術教練
・15:00~19:00→野外実習
※野外実習は、雑務クエストのみとする。
※毎月第二週の土曜日と日曜日は、教授が指定するクエストを受ける。
――――――――――――――
魔法の時間は二時間とした。彼らにはまず、学ばねばならぬことが山ほどある。
あくまで、魔法はその中の一つにすぎぬ。その過程を学ばず、楽で簡単な道へ突き進んだ結果は、不幸な結果しか待ってはいない。仮にも私は彼らの先生。そんな愚行を認めるわけにはいかない。
「授業を始めるぞ。週末に小テストをするからな。もし、一人でも合格点に至らねば、魔法の授業は中止して、教養科目をするからそのつもりでいるように」
今も批難の言葉を口にするクリフを無視し、私は授業を開始した。
無事、授業が終了しストラヘイムに送り届ける。皆濃厚な不満を顔一面に張らせつつも、本日の野外実習へと向かっていった。
本日の野外実習は『引っ越しの際の荷物運び』。
――――――――――――――――
〇ミッション名:引っ越しの際の荷物運び
・クリア報酬:筋力の僅かな向上。
・ランクG
――――――――――――――
Gクラス用に私が、予め申し込んでいたものだ。彼らの実力なら、本日中にクリアは十分可能だろう。
プルート達に魔法についてのデメリットがなくなった以上、当初私が想定していたミッションを実行しても、死にはすまい。約一か月後には、彼らには予定通り、危険なミッションに挑んでもらう。
問題は素人同然のエイトだ。彼には魔法の鞄での訓練を義務付け、この一か月はミッション等で不十分なところを個人授業で補完するつもりだし多少なりとも効果が見られるはず。
ともかく、計画通り、粛々と進めるだけだ。
さてこの余剰時間を利用し、私自身の強化もしなければ話にならぬ。第一、最近の私は強者に遭遇し過ぎだ。片眼鏡の男を筆頭に、青髭、そしてあの上皇――イスカンダル。
私は確かに科学の信徒だが、力を否定するつもりはない。力がなければ、いかなる主張も塵屑と化す。これも歴史が証明する事実であるはずだから。
ストラヘイムの迷宮――クリカラへと足を運び、探索を開始する。
結果、いくつかのルールが判明した。
一つ、クリカラ内では転移は使えないという事実。より正確にいえばセーフティーポイント以外での転移の完全不能。このセーフティーポイントは約五階ごとに設置された半円形の特殊な空間であり、かなり広く小規模の街のようになっている。飲食店や武具、道具屋まであったのには商人の逞しさを実感させられた。
二つ目、魔物の強度は下層に行くに従い強力になっていくという事実。一階下っただけで別次元の強さとなることも多々ある。やはり、生徒達だけでの迷宮探索は危険だろうな。
三つ目、セーフティーポイントで、転移が可能なこと。
人目を気にして転移をしなければならないのも億劫だし、この地にもサガミ商会の
さっそく、ウィリーにでも相談することにしよう。
物陰からストラヘイムの自室へ転移し、冒険者ギルドへ向かう。
ギルド会館へと入ると、いつもの受付嬢が血相を変えて近づき前かがみとなり私の耳元へ口を近づける。やれやれまた面倒ごとのようだな。
(今は非常に不味いです。日を改めてお越しいただけますか?)
あーなるほど、彼女の言わんとしていることがわかった。多分、あれらがいるからだろう。
左脇のカフェには、武装した十数人の集団がたむろっている。その中には、豪華な鎧を身に着けた紫髪の青年がその眼つきの悪い目で私を睥睨していた。
奴は、
「不要だ。生憎と私はあそこにいる暇な木偶どもと違い多忙なのだよ」
「ちょ、シラベさん!」
必死で両手を動かし私に自制を求めるが、事は既に遅し。たちまち額に太い青筋を張らした屈強な男達に囲まれてしまった。
「何用かな?」
「ついてこいよ」
「もちろんだとも」
私が満面の笑顔で、大きく頷くとムンクは顔を真っ赤に染め上げる。むろん、照れているのではなく、怒り心頭なのだろう。まあ、そんなやさぐれた視線でデレられてもキモイだけなわけだけど。
屈強な男達に取り囲まれ、大名行列さながらの気分を味わいながらも、ギルド支部会館の裏の広場まで連れてこられる。
というか観客が聊か多すぎるな。30人はいるぞ。大方、この前、面目を潰されたことへの見せしめも兼ねているのだろう。
というか、この真昼間から観戦を決め込むとは、冒険者という職業は存外暇な職種なのだろうか。
ムンクは、勝ち誇ったように、腰の刀剣を抜き放つと、
「今更、泣いても許さねぇぜ!」
そんなどこかの雑魚キャラが口にしそうな負けフラグが数本景気よく立ちそうな妄言を口にした。
「ふむ、それで?」
私が奴らに委縮してからの発言とでも思ったのか、
「お前は俺達のメンツを潰した。制裁をしねぇとならねぇのさ」
剣先をぶらつかせながらも、余裕の表情で宣う。
「制裁ねぇ。この私を殺すつもりかね?」
「それはお前次第。俺達に大人しくサンドバックになるなら命だけは助けてやらんでもない」
「エイトはどうするつもりだい?」
「さーてな。俺達を裏切ったんだ。その落とし前はつけねぇとならんよなぁ」
ブレスガルムについての情報はクラマを介して十二分に収集している。
「前の少年と同様、片腕でも切り落とすかね?」
何でも、エイトの前にファミリーを抜けたいといった少年は、片腕を切り落とされた上、変態の玩具として【ラグーナ】とかいう愚物共に売られてしまったらしい。
「なんのことだぁ? だが、そうだなぁ、一つだけ教えといてやる。俺は、泣き叫ぶ餓鬼の恐怖と絶望の声が三度の飯より好きなのさぁ!」
この快楽に塗れた顔、本心からの言葉なのは疑いない。どうやら、検証終了のようだ。
「そうか……」
もうこいつらの行く先は一つに決定した。ウィリーには自重しろと厳命されているが、それは相手が人としての一線を越えていなかった場合の話だ。
「そうだ。その顔が見たかったんだ。俺を侮辱した奴らは――」
ピーチク喚く奴に構わず、私は、右足で地面を踏み砕く。
「うおっ!?」
地面が弾け、爆風が巻き起こり、砂煙が広場一体に蔓延する。
「な、なんだっ!?」
奴らの驚愕の声。そして、土煙は晴れて、私を同心円状に大きく陥没した地面が姿を現した。
目を点にして茫然と眺めていた紫髪の男達が、私に視線を向けると、サーと血の気が引いていく。
「ば、馬鹿な……お前一体……」
この程度で一々怯えるなよ。興覚めも甚だしい。
「シラベだ。既に調査済みなのだろう?」
最近、このストラヘイムで、ゴツイ素人が私のことを嗅ぎまわっているとの情報をクラマから得ている。十中八九、こいつらのことだろう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「断わるね」
私はゆっくりとムンクまで歩を進める。
「あ、あんた俺達のファミリーに来ないか? あんた様な強い奴なら、大歓迎だっ!」
ムンクは必死の形相で、後退りながらも私への説得を口にする。
「……」
もう答える気も起こらん。こいつらは心底、救えない。
「今なら幹部待遇で――」
「もうお前は話すな」
地面を蹴り、奴まで距離を詰めると、右拳を固く握り、奴の顔面を軽くワンパンする。
ムンクの鼻がグシャリと潰れ、真っ赤な血飛沫がまき散らされる。
「ぐおおおおっ!!?」
悲鳴を上げつつも、地面を転げまわる奴の胸倉を掴むと持ち上げ、引き寄せる。
「いいか。私は聖者でもなければ、
「だ、だったら――」
「だがな、この私にだってルールはある」
「ル、ルール?」
濃厚な恐怖の表情を顔一面に張り付かせながらも、オウム返しに尋ねてくるムンクに、私は口角を上げ、
「そうだ。お前はその数少ないルールに唾を吐いた。だから――」
ムンクを上空に放り投げる。
「いひぃぃっ!!」
喉を絞め殺される雄鶏のような哀れな声を上げつつも落下してくるムンクに私は両拳を握り、
「心配するな。お前達と同じさ、殺しはしない」
拳を高速で連打する。
繰り出される私の両拳により、ムンクの全身の骨は砕かれ、肉は拉げる。生理的嫌悪が湧く音が広場にシュールに響き渡り、ぼろ雑巾のようになったムンクが地面に転がった。
地面で小刻みに痙攣するムンクから視線を外し、周囲の男達をグルリと見渡すと、次々に悲鳴を上げて、武器を投げ捨て、両手を上げる。
どこまでも私をイラつかせる奴らだ。この程度の恐怖で戦意を喪失するくらいなら、なぜ他者を簡単に傷つける?
「殴るのも面倒だな……」
私は《風操術》を発動し奴ら全員を拘束し、上空へと持ち上げる。
「た、助け――!」
みっともなく喚く口を風で強制的に噤ませ、風により拘束した両腕と両脚を捻り潰そうとした。そのとき――。
「
聞き覚えのある女の声により、私の術は解除され男共は地面に落下し、その衝撃と痛みによりのた打ち回る。
「シルフィ、なんのまねだぁ?」
青髪の女――シルフィが、私の前に立ちふさがっていたのだ。
「もういいだろう。あんたの勝ちだ」
苦虫を嚙み潰したような顔でシルフィはそう呟いた。
「勝ち負けの問題ではないのだよ」
そうだとも。これは私が私であるためのただのけじめに過ぎないのだから。どこの誰だろうと邪魔はさせん。
「終わりだ!」
野次馬共の最前列で、赤髪の男――シーザーが、親指を後ろに向ける。
シーザーの背後にいる真っ青に血の気の引いたプルート達の姿を視界にいれ私は口から舌打ちを吐き出していた。
確かに彼らにこの場は、少々、刺激が強すぎる。どうやら、柄にもなく、熱くなりすぎてしまったようだ。
シーザーは、ぼろ雑巾のようになったムンクを見下ろし、大きなため息を吐き出し、顔を近づけると、
「これでわかったろ? この世には決して怒らせてはならんものがいるんだ」
そう耳元で呟いた。
「だ……ず……げ……」
何とか言葉を振り絞るムンクに、
「もちろんだ。だがそれはお前のためではないぞ? それを肝に銘じて置け」
シーザーはムンクにそう言い放つと、振り返り、
「シルフィ、すまんが頼む」
シルフィは肩を竦めるとムンクに近づき、右手を掲げて、回復魔法を発動する。
まるでビデオの逆戻しのように傷が修復していく様を目にして、野次馬の冒険者達からドヨメキが上がった。
「では、私は失礼するよ」
シーザー達に背を向けると、
「後日、話を聞かせてもらうぞ」
子供達の隣にいたウィリーからそんな言葉を投げかけられた。
私は右手を上げてヒラヒラさせると、今度こそ裏路地に姿を溶け込ませる。
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