第29話 御前会議 

 先刻、伝令使でんれいしから御前会議の開催の文を受け取った。現在、伝令書が指定するサザーランドの丁度中央にある一際大きな建物に足を運んでいる。

 きらびやかな衣服を着こなす紳士達は、皆、屈強な兵士を引き連れ、建物の最上階へ向かっている。


「どう考えても、俺達、場違いだよな」

「ああ……」


 アクイドとゼムの翻意を促す視線を、軽くスルーし、指定された上階へ上る。


 最上階の大ホールの中に足を踏み入れると、帝国の名だたる貴族達でひしめき合っていた。

受付と思しき入口の傍に置かれた長椅子まで行き、


「遠征軍所属、グレイ・ミラードです。御前会議出席の命により、参上いたしました」


 遠征軍登録の業務を行う真っ赤なドレスを着た女性にそう告げた。


「はい、はい。少し待ってね」


 女性は名簿をめくって、〇をすると、一枚の羊皮紙を渡してくる。


「それを見て、始まるまで待っていてね」

「感謝します」


 謝意を述べると、部屋の隅に移動する。


 羊皮紙の内容は、今回の軍事的目的と、軍の編成について。その中身に私は、目を通す。



 丁度全軍は、U字になるように、幾つかの列を組んで配列している。帝国正規軍は、その中でも最後尾に構え、私達遠征軍は最前の列に配列している。ミラード家は、最前列の中でも、最も正面。真っ先に狙われる激戦地だ。弱小貴族は使い捨てのいわゆる肉の壁ってやつだろう。なんとなくだが、あのクソ義母が私を戦地に送りたかった理由が分かったような気がする。

 とまあ、ここまでは予想通りであり、大して意外性などない。それにしても――。


「この作戦、どう思う?」


 読み終わり、大きく息を吐き出し、アクイドに尋ねる。


「話にならないな」


 顔を嫌悪に染め、吐き捨てるアクイドに、ぎょっとしたように周囲の視線が集まる。


「だ、団長!」

「すまん」


 周囲を見渡し、アクイドは私に頭を下げてくる。


「いやいい。というか、私も同意見だ。これを考えた御仁は、よほどの理想論者であるらしい」


 Uの陣形を組んでからの包囲殲滅戦ほういせんめつせん。戦術自体は、古典的こてんてきであり、そう狂ったものではない。そう。敵の物量が、我らの数倍に達するものでなく、疲労が皆無のアンデッドでなければだ。

大方、一度もいくさをしたこともない素人が、軍事教本をそのまま書き写したのだろう。


「きひひ、わらべ、お主もそう思うかの?」


 小柄で白服を着た白髪の仙人のような外見の爺さんが、長い顎鬚あごひげを右手で触れながらも私達の傍までくると、そう尋ねてくる。

 正直、外見はともかく、中身は童という歳では断じてないが、確かに、この老人からすれば、私も幼子に違いあるまい。


「ええ、翁もですか?」

「無論、儂なら、このような無様な作戦を考えた大馬鹿もんには、落第点をくれてやるところじゃ」

「同感ですね。変動型の包囲陣形ならともかく、指揮された・・・・・アンデッドに対し、こんな定型的な陣形など、無策に等しい」


 私のこの言葉に、翁から初めて薄気味の悪い笑みが消えた。


「お主は、この度のアンデッドの進行が人為的じんいてきなものであると?」

「帝都を目指している時点で、自明じめいの理でしょう」


 この数日間の待機命令の間、手持ても無沙汰ぶさただったこともあり、今回のアンデッドの行進につき、私なりに改めて考察しなおしてみたのだ。その結果、判明したいくつかの推論は、帝国にとって最悪といっても過言ではないものだった。


「じゃが、アンデッドには生者を求めるという習性があるぞ。それなら、帝都を目指しても何ら不思議ではあるまい?」

「アクイド、地図を」

「あ、ああ」


 アクイドから地図を受け取って開き、床に置く。そして、アンデッドの進行箇所にペンを走らせる。


「アンデッドの最初の目撃場所がこの帝国の最北端――ルドア大森林近く。そして、アンデッド共が南下したルートと帝国の各都市の位置とその人口数です。違和感、覚えませんか?」


 白髪の翁は、微動だにせずに、目を見開き地図を凝視していたが、


「……そうか、儂たちは根本的に勘違いをさせられていたということか」


 ボソリと言葉を絞り出す。

 アンデッド共は、いずれも大都市を滅ぼし、帝都とサザーランドへ向かって進行してきた。確かに、狙われたのは名のある大都市であり、そのルートも方向性もてんでバラバラ。とてもではないが、その意思が挟むようにはとても思えない。

 だが、そここそが大きな落とし穴だったのだ。固定概念こていがいねんはいして、改めて考えてみれば、直ぐに、ルートが不自然に帝都に向いていることは明らかだった。もちろん、絶妙にカムフラージュはされてはいるが、およそ、一〇箇所近くにおいて、人口の多い場所をぎ分け突き進むというアンデッド共の特性と矛盾した行動をとっている。自然発生もなくはないが、一先ずは、アンデッド共が一つの意思によって動いていると解するのが妥当だろう。


「とすると、ランペルツの奴が死んだのは?」


 白髪の老人の額に太い青筋が走る。

 ランペルツ・ブラウザーは、この家柄重視の帝国において、平民の出でありながら、将軍にまで上り詰めた真の英雄。


「彼の実績を拝見しましたが、彼はまさに名将でした。おそらく、敵が自然発生的なアンデッド共か、人間であるならば、勝てないにしても、死ぬことはなかった」

「黒幕がいると?」

「ああ、知性のないアンデッドと人間は明確に違う。このままアンデッドに対する認識を変えなければ我らも足をすくわれかねんということだ」


 少なくとも敵はドラゴンクラスをアンデッド化しているのだ。その黒幕が、アンデッドを自己の意思のままに動かせるなら、私達であっても無策で突き進むのは危険と今は判断している。


「お主には策があるのだな?」

「ええ、いくつか思いつきます。ただ、それもあと残り十数日ほどで完全消滅しますが」


 確かに、私達なら、アンデッド共を屠ることなら、大した労力ではない。だが、その裏に潜む者は話が別だ。

 これは私の勘だが、そもそも黒幕は帝国を滅ぼすことにそこまで執着しゅうちゃくがないのではないかとすら思っている。

 仮に帝国を滅ぼす気があるなら、こんな回りくどいことをせずに、帝都でアンデッドを大量発生させればいいのだ。わざわざ、自然発生的なアンデッドの大量発生を装う必要性に欠ける。他の目的があるとみていい。


「策を聞かせてもらおう」

 

 さっきまでのお遊びではないはりのような鋭い言葉。そこには、常にあった余裕というものが消失していた。


「構いませんが、難しいですよ」


 平和ボケした奴らの言動など容易に想定できる。奴らは大抵、慎重な意見を臆病者の取るに足らないものとの烙印を押し、自滅に向けて突き進む。


「やらねば滅びるのじゃろ? ならやるしかあるまい。もったいつけんと早う話せ!」


 肩をすくめつつも、私は口を開く。


            ◇◆◇◆◇◆

 

「馬鹿馬鹿しい! たかが陽動でこの万年帝国アーカイブを滅ぼそうとしている。そう貴公はいうのか?」

「冷静に考えれば、その可能性があると言っておる」


 皇帝が不在の状況だったが、白髪の老人の進言で、早々に会議が開始された。

 現在、豪奢な衣服を身に纏ったやけに尊大な中年の男の一団と白髪の老人との間で、壮絶な論戦が繰り広げられている。


「悲しいかな。賢者とも謳われたジーク殿も臆病風に吹かれたか。どうやら、年波としなみには勝てぬと見える」


 短髪の巨躯の男が、大げさに首を振って、肩を竦める。いつの世も、短慮たんりょさと勇猛ゆうもうさをはき違えている単細胞共は多量に生息せいそくしているものだ。しかも、それが決まって、政治や軍事の中枢にいるから性質が悪い。


「何とでも言え! この件は陛下に進言申し上げる」

「その必要はないよ」


 白銀色の鎧を纏った美しい黒髪の青年を先頭とする煌びやかな一団が部屋に入ってくる。

 

「勇者――ユキヒロだ」

「これで、我ら帝国の勝利は揺るぎまい」


 円卓の同席者から称賛しょうさんの声を浴びながらも、私達の傍までくると、


「おい、餓鬼、そこは僕の席だ、どけよ!」


 見下ろし、不快そうにそう命令してくる。

 席など特に決められてはいないはずだが、話と常識の通じそうもない獣の相手を一々するのも面倒だ。


「これは失礼」


 立ち上がると、円卓の同席者の貴族達から一斉に嘲笑ちょうしょうが飛ぶ。


「第一、あんな子供がなぜ、この御前会議に出席しておるのだ?」

「何でも、マクバーン辺境伯とハルトヴィヒ伯爵の肝いりだそうで」

「その両伯も姿が見えんようだが?」

「権威を誇示こじしたいがために遅れて参上するおつもりなのでしょう」

「たかが辺境の一豪族ごときが、つけあがりおって!」

「それよりも、あの子供の後ろの傭兵共は、愚劣団ですかな?」

「ふん、家柄も貧相な者は従者も低俗ていぞくらしいな」


 怒りの形相ぎょうそうで口を開こうとする背後のアクイド達を右手で制する。私としても、自国の滅亡の危機で一致団結いっちだんけつしなければならぬときに、くだらん対抗心や嫉妬心を隠しもしない馬鹿な連中と同席など、願い下げだったのだ。

 黒髪の青年は、私の座っていた席に腰を下ろす。


「必要ないとは、どういう意味じゃ?」


 白髪の老人――ジークは、不愉快そうに顔を歪めながらも、勇者――ユキヒロに尋ねる。


「多忙な皇帝が、こんなしょうもない事件に頭を悩ます必要なんてないって意味さ。アンデッドなど僕が全てほふってやるし」


 流石は勇者殿と、再度会場に称賛の声が湧き上がる。


「あのランペルツが敗北したのじゃぞ? 慎重になるにこしたことはない」

「ランペルツ? ああ、あの魔法もろくに使えない凡人ぼんじん君ね。あいつが、単に雑魚だっただけの話じゃん」

 

 ユキヒロの部下の騎士風の女性達の口から、笑いがれる。


「今、何と言うた?」


 ジークのぞっとするような問いかけに、会場の空気が数度冷えたような錯覚さっかくを覚える。


「あれぇ? 聞こえなかった? 雑魚って言ったんだ。手柄欲てがらほしさに、弱いのに格好つけるからだよ」


(翁、この手の身の程知らずの馬鹿は、あしらうに限ります。あまり熱を入れなさんな)


 ジークの背後に行き、耳打ちする。


(言われんでもわかっちょる)


 不機嫌そうに、口をつぐんでいたが、


「悪いが、儂はお主をそこまで過大評価しておらん。故に、陛下の判断をあおぐ」


 そんなガソリンに火を投げ込むような発言をする。


「お前は、僕がアンデッドごときに後れをとると言いたいのか!?」

「うんにゃ、純粋なアンデッドなら勇者のお主で討伐は可能じゃろ。それは儂も認めておる。じゃが、儂にはそんな単純なアンデッドにランペルツが後れを取るとは思えんのじゃ」

「お前ぇ、あんな、雑魚と僕を同列に扱うのか!?」

「まあのぉ。魔力や魔法はお主が確かに上じゃろう。じゃが、戦闘技術やセンスを考慮すれば、全体的な完成度は圧倒的にランペルツが上じゃ」


 ジーク老がめたこいつの魔力は、C。サテラ達にすら及ばない。無用な世辞せじを口にするからつけあがるのだ。はっきり、お前は弱いから任せられんとだけ伝えればよかろうに。

 それにしても、初めて会う同郷の者に多少、胸をおどらせていたのに、大した実力もない口だけは一丁前の小僧であったか。

 視線が衝突するジークと勇者ユキヒロ。

 一触即発な状況の中、部屋の扉が開き、執事服を着た男性が、一礼する。


「皇帝陛下のおなりです」


 全員が勢いよく立ち上がると胸に手を当て一礼をする。

 私もそれにならい、アクイドとゼムも深く首を垂れる。


「やってるな。議論もまた戦いだ。精錬せいれんされた策は我が帝国を勝利へと導く。大いによろしい」

 

 この声、つい最近、いたことがある。

 顔を上げると、二メートルを超す金髪の美丈夫。結局、自身については名前すらも語らなかった御仁だ。理由があるとは思ってはいたが、まさか、ゲオルグ・ローズ・アーカイブ本人というオチかよ。


「グレイも来ているようだな。席は空いておろう。お主もつったとっらんで、座るがよい」

「はあ……」


 皇帝ゲオルグの後ろには、マクバーン辺境伯とハルトヴィヒ伯爵がいた。


「陛下、上申したき議がございます」


 ジークは皇帝の前まで行くと跪く。


「ジーク、お前っ!!」

「構わんぞ。申してみよ」

 

 ユキヒロの言葉を一方的に遮り、皇帝はジークの発言を許可する。


「アンデッド共の動きに疑義がございます。この爺に戦場につき、改良の許可を頂きたく」

「ふむ、改良とな……」


 皇帝ゲオルグが私を横目で見ながらも、ニヤニヤしながらもそう呟く。


「皇帝、そんな臆病者の言など聞く必要はない。僕が責任をもってこの騒乱そうらんを沈めて見せるさ」

「そなた達、どう思う?」


 ゲオルグは、背後に控えるマクバーン辺境伯に尋ねる。


「改良したからといって、我らが不利になることはありますまい。採用してよろしいかと」

「陛下、恐れながら、今は戦争を控えた大事な休息の時。いたずらに、兵を酷使するのはいかがなものかと」


 豪奢な衣服を身に纏ったカイザル髭の中年の男が、うやうやしくも立ち上がり、そう発言する。


「キュロス公の言にも一利ある。そこのところ、じいに妙案はあるのか?」


 ジークが私に顔を向けるので、大きく頷く。


「これは儂の憶測にすぎませぬし、儂と心許せる同志だけで、作業に当たろうと考えておりまする」


 一斉にざわつく会場に、皇帝は口端を上げると、


「なら、反対する理由はないな。余――ゲオルグ・ローズ・アーカイブの名において許可する。ジーク、思う存分やるがよい。トラップ等の設置された場所の詳細は、後日文書で提出せよ。大本営だいほんえいから各諸侯かくしょこうにその委細いさいを整理し伝達する。以上」


 渋々、他の諸侯も立ち上がり、一礼する。

 アンデッド殲滅作戦はここに開始された。

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