10-3
「来てくれ」
私は静かに言った。誰も返事をせずに、わかっているかのように歩み寄って来た。
三人で死体を囲んで見つめる。イーヴィルはしゃがみ込んで、間近で対面していた。開いたままの両目のまぶたを下ろしてやって、首を横に少しだけ振った。
「何か、二人を乗せて運べるものと、土を掘れるものを探せ」立ち上がったイーヴィルは私達に命令をする。「急げ、時間がない」
そう言われたので、薄くて面積の広いものと、湾曲した金属片を見つけて彼の元に戻る。平たい方にジェドとヒューイの遺体を乗せ、私とイーヴィルで前後に分かれて持ち上げた。その後ろからクライシスがついて来る。誰も喋ろうとしなかった。
ひたすら歩き、廃棄場を出て、ようやく地面に足がついた。そこで二人を下ろし、辺りを警戒しながら一メートルほどの穴を掘った。人力なので相当な時間がかかったが、疲労を知らない私達は黙々と作業を続ける。一心不乱に土を掘り出し、時折聞こえるジンの叫び声に手を止めながらも、着々と完成に近付いていく。
「オースティン」
一つの穴に入っていたイーヴィルが金属片を放り出し、上で待機していた私に声をかける。私はヒューイの遺体を傷付けないようゆっくり抱き上げ、イーヴィルに渡した。彼は遺体を底に安置すると穴から這い出て来て再び金属片を手にし、山になった土を戻し始めた。クライシスの方も同様にジェドを入れ、大量の土をかぶせる。遺体が隠れていく。
とてもおかしな気持ちだった。悲しいのか、悔しいのか、もはやこの感情が何なのか特定が難しい。泣きたい、怒鳴りたい、叫びたい。それらを表現できない自分に腹が立って仕方がない。ただ、二人を埋葬した場所を見つめ続ける。こうしているだけまだ人間らしさは失っていないという安堵感があったが、感情的になれない部分で機械化が進んでいる現実が突き付けられている気がする。イーヴィルやクライシスはどう考えているのかわからないが、私と同じ様子なので、適切な感情表現ができなくなっているのは確かだ。生身の人間と同じ脳の構造をしていないだけで、こんなにも違いが出てくるとは……。
ほどなくして私達は拠点に戻って来た。別れを惜しんで長居はできなかった。ひたすらに復讐を決行することばかりを考え、もはやヒューイとジェドの死は過去のことになっていた。人の死に対して悲しみに暮れることができないのは哀れで仕方がない。感情剥奪の手術を受けていないのに、受けているような気になってくる。人間らしさとは何なのか、よくわからないくらいに、私達は機械に蝕まれていた。
「どうして奴らは俺達の拠点がわかったんだろうか?」
静まり返った基地の管理室で、パソコンを目の前にしたクライシスが疑問を漏らした。液晶の光を映す目は、じっと画面を見つめ続けている。両腕を組み、深く考えているようだった。
「位置情報を探知されたか。それとも別の――」
「アラン……じゃないかと思う」
私には思い当たる節があった。ヒューイに打ち明けた段階で同行する予定だった彼の息子のアランは、直前になって姿を現さなかった。ヒューイもその理由を話そうとしなかったし、彼が処刑されてしまった今、アランも無事では済まないかもしれない。
「私が話していた時には同行するはずだったのに、アランは来なかった。ヒューイもそれについて教えてくれなかったし、何があったんだろう……」
すると、ヒントを得たクライシスは突然、キーボードをタイピングし始めた。画面の中で様々な情報が飛び交い、彼は納得したように軽く頷いた。
「これかもしれない」
私とイーヴィルはパソコンを覗き込む。映し出されていたのは、ヒューイがアルバで行っていた植物の実験データと、ユイールに残ったアランとの頻繁に連絡を取り合っている証拠となる通信記録だった。
「なるほどな」イーヴィルも納得したようだった。「自分の実験を継がせるために、危険とわかっていながらも息子をアルバに置いて来て、続行される実験のデータを交換しながら指示を出していたのかもしれないな。それを誰かに知られて、結果的に逆探知を食らった原因になってしまったわけだ」
「その時が、〈カールステッド〉との戦闘前ってわけか……」
クライシスは画面から顔を逸らした。
誰も、後悔という二文字を口にしなかった。あの時、話を聞いたところで他に行く宛てもなく、隠れさせたってシニガミの前では簡単に見つかってしまう。外には外敵だらけ、車を使って外に出ても、すぐに見つかって激しい戦闘は避けられなかっただろう。今更になって後悔したところで遅いし、それによって二人が戻って来るわけでもない。激昂しても、それは判断力を鈍らせる原因にもなる。私達はシニガミ。目的を達成するためなら、どんな手段でも構わない。そう、例え『仲間』と呼んでいた人間が死んでもいい。死んだってどうでもいい。……本当は違うのに。
「きっと、アランも酷い目に遭っているだろうな」
「死ぬほどではない」イーヴィルが私の言葉に反応する。「あの実験を続けられる唯一の人間になったわけだからな。アルバはそこまで馬鹿じゃない。拷問して諸々の情報を吐かせただけで、それ以上の何かはしていないはずだ。監視くらいはついているだろうが……」
「いずれアルバの指示で俺達とコンタクトを取ろうとしてきたら?」
「相手を刺激しない程度にあしらっておけばいい。そもそも、こちらと接触する時は殺害予告だと思うがな。Aチームをこの拠点に送り込んで片を付けるだろう」
「結局、オーバードウェポンも酷い結果になってしまったし、セロを含むAチームと真正面から戦っても、私達は恐らく負けてしまうな。勝てる見込みがない」
「セロさえいなければ五分五分といったところだ」イーヴィルはそう指摘する。「俺達はアルタシンに対しての抵抗の術がない。勝つための方法は二つだ。オーバードウェポンを改造するか、Aチームをおびき出してセロを捕獲し、分解して技術を盗むか、どちらかしかない」
「両方とも現実味がない選択肢だな」私は乗り気ではなかった。「良い結末が見えないし、それに――」
続けようとした時だった。拠点を囲むように設置したセンサーが反応する。重苦しい会話を中断し、三人ともモニターに視線を向けた。センサーに内蔵された小型カメラを動かして周囲を見渡すと、背の小さい人型がジンに追いかけ回されていた。拡大したところ、驚いて言葉に詰まってしまった。
「シニガミじゃないか! しかも子供だぞ!」
クライシスが大声を上げると、無言でイーヴィルは管理室から飛び出して行った。慌てて私とクライシスも追いかける。誰もが敵ではないと確信していた。希望とすら思えるほどの確信が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます