第一〇章 これが奴らの本性か

10-1

 私は嫌な予感がしてたまらなかった。


 目の前を行く人間の動きは悪くない。むしろ、最低限の動きに留めたそれは訓練を重ねた賜物だ。イーヴィルの指示を漏らさず聞き、その行動で傭兵学校時代の実戦授業を思い出す。きっちりとアルバの教育は伝授されているというわけだ。つまり、この組織の中にアルバの元関係者が属していることを意味する。無関係の人間を探し出す方が困難だし、アルバの方法を取り入れているといって大きな問題もあるまい。


 さて、話を戻すと、私が気にしているのはこのあからさまな警備の薄さだ。あの神経質で何事にも敏感なブラッドリーが市民団体の不審な動きに気付かないわけがない。開放的な古い電源施設、未だに残る侵入経路……奴に泳がされているとしか思えない。その中で大胆な作戦に出続ける彼らは、やはりアルバの本当の恐ろしさを知らないのだろう。ユイールに侵入できた今、彼らに説明して戻るよう説得するか、それともこのまま続行か……自分達の安全と良心を天秤にかけるが、私はどうしても非情になりきれなかった。彼らだって命がけで情報を得ようとしている。そんな者達を危険で足手まといだからと突き返して、私達だけで進むわけにはいかなかった。


 そういうわけで、電源施設に長居はできなかった。以前より使用が続けられる原子力発電を採用しているため、生身の人間が防護服なしに長時間滞在するのは危険極まりない。この更に地下では劣化ウランを抽出しているし、いくら除染を行っていても命を軽視するアルバの手にかかれば、汚染物質はいとも簡単にユイール中に蔓延するだろう。


《こちらクライシス。実験施設に侵入した》


 通信が入る。私達も早く向かわねばと気が焦る。


 電源施設を巡回する衛兵の目から逃れ、上の階へと足を運んだ。地下一階、ここから右の廊下を進めば、私達が長い年月を過ごした地下保存室がある。どうしても残してきた身体の安否が気になったため、危険とわかってはいたが、イーヴィルには先に行くよう合図を出して別行動を開始した。


 あの時、アルバとの離別を決断した時、目にした光景がそのままになっていた。誰もいない。よく観察をして監視カメラが設置されていないことを確認、私はすぐさまカプセルの中身に目を向けた。


「そんな……」


 つい息のように消えていく声が漏れる。どういうことだ? 私の身体が保存されていたはずのカプセルはもぬけの殻になっているではないか。冷却装置も起動せず、宙ぶらりんになったケーブルは静止したまま、反射的に辺りを見回したがどこにも見当たらない。イーヴィルとクライシスの身体は変わらずそこで冷凍保存が続けられているのに。どうして私だけが? 酷く絡まった混乱が押し寄せてくる。戻れない。その一文だけが脳内の隅々までを支配し、他の思考を押し退けて前面を埋め尽くす。


「どうかしたの?」


 ルーシーが小声で私に話しかけるが、まともな返事ができる状態ではなかった。動揺のあまり、カプセルの強化ガラスに映り込む自分の姿を見つめることしかできない。空っぽで放置されたいくつかのチューブが狭い足場に接続先を失ったまま散乱している様子を現実として受け止められない。


「なんでもない……気にしないでくれ」


 不思議そうな表情を浮かべたルーシーはロイと顔を見合わせて首を傾げる。私はシニガミが精神的な苦痛でショックを受けている様をあまり人間に知られたくなかった。笑い者にされてしまう。


「イーヴィル、そちらの様子はどうだ?」


 溢れそうになる感情を抑えながら交信を求めた。しばしの沈黙の後、切迫した叫び声と銃声が聴覚を刺激した。それからユイール内に不穏なブザー音が響き渡り、《侵入者を探知》という機械的なアナウンスで状況を把握する。


《衛兵に見つかった。交戦中だが、Aチームは留守のようだ》


「援護は?」


《不要だ。俺達で気を引いている間に二人を探せ。クライシスも同様だ。お前達にくっついているレジスタンスの奴らは実戦を知らない兵士だ、気を付けろよ》


「どういうことだ?」


《つまりは、馬鹿みたいに訓練だけを積んだ見かけ倒しの兵士。集合場所は破壊した地下水道への入り口だ》


 騒がしい通信音声が途切れる。私はルーシーとロイに目をやった。結局は雰囲気だけで足を引っ張ったか……とはいえ、彼らのプライドをこの場で踏みにじるわけにもいかない。


「イーヴィル達が戦闘を開始したようだ。私はサーバー管理室へ向かう。お前達はそうだな……」


 私は大きな冷却装置と壁の隙間を覗き込んだ。アルバを出る前、確かクライシスがセロ殺害で使用した銃とノート型パソコンをここに隠していたはず。肩まで隙間に突っ込んで腕を目いっぱい伸ばし探ってみると、何か金属的な物体に指先が触れた。どうにかそれを掻き出したところ、私がセロを殺害するために使った三八口径のオートマチックが埃まみれの姿を見せた。更に奥に手を入れると、平べったいものを掴んで引っ張り出すことに成功した。


「これを使って必要な情報を集めるといい。アルバの人間はこの部屋には近寄らないから、あちこちを動き回るより安全だろう」


「理由はそれか?」


 ロイが顎で示したのは肉体が冷凍保存された複数のカプセル。きっとこれらが並んでいる意味は知っていると思うが、実際に目にすると奇妙な光景として映るはずだ。


「触るなよ」


「触れたいとは思わないが……どうしてあんたの身体だけがないんだ?」


 思考が停止しかけたように固まる私。二人は純粋な疑問をぶつけてきただけに過ぎないが、正面から答えられるほどの余裕が今の私にはないのだ。向け続けられる視線が痛くて目を背けてしまう。落ち着け、落ち着け、冷静になるのだ。

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