第23話 悲しみを減らすために
「じゃあ覚えていること、話せる範囲で構わないから教えてくれるかな」
「はい。……あの日、私はお父さん、お母さんと朝から畑に行って、リルファは家でお留守番をしていました。うちの畑は村の西側にあるんですが、その畑のさらに西側は森になっているんです。たまにウサギや鹿などが出てきたりしますが、これまで危険な動物が出ていたりすることは一度もありませんでした。もちろん、事件なども一切なく、小さな村でしたが平和な村でした」
少し俯きながらゆっくりと話し始めてくれた。
「作業を始めてから2時間くらい経って、一度休憩を挟もうかとしていた時です。お父さんとお母さんと一緒に、日陰に入るため森の方へ移動すると、森の方からガサガサッと音がしました。音の鳴る感じからウサギじゃなくて大きめの鹿かなと思っていたんです。鹿でも突進されると危ないから喋るのをやめて、音の鳴った方に注意を向けながら移動しようとしたんです」
少しずつエイミーちゃんの呼吸が大きくなってくる。
「そしたら『グルルルル』というような唸り声が聞こえたので、鹿でもウサギでもない事が分かりました。魔物かもしれないと思い、お父さんとお母さんと音を立てないようにしてその場を離れようとしたら、森から黒い大きな魔物が飛び出してきて、お父さんに襲い掛かったんです」
更に呼吸が荒くなり、目に涙が溜まってきている。
止めるべきかと思ったけど、ずっと辛い体験を1人で抱えているよりは、今ここで吐き出してしまった方が今後の為になると思い、止めずに話してもらうことにした。
「大きなライオンみたいな魔物はお父さんよりも大きくて、前足で押さえつけられたお父さんは動けなくなりました。でもお母さんがお父さんを助けようと魔物の方に向かっていきました。私は驚いたのと恐怖で動けませんでした。お母さんは魔物に近づいて、鍬を掲げて『放しなさい!』と言いました。魔物はお母さんを見て、後ろ足2本で立ち上がったかと思うと、前足でお母さんを叩きました。」
エイミーちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。
それ以降、止めどなく溢れてくる。
エイミーちゃんだけでなく、リルファちゃんもサラさんご夫婦も、もちろんオレも涙が止まらない。
鼻をすすり、噎び泣きながらも話を続けてくれる。
「突き、飛ばされた、お母さんは……、動かなく、なりました。魔物は、その後、お父さん、に、嚙みついて……、お父さんも……、動かなくなりました。ううぅぅ……」
オレは今この子にとても辛い思いをさせている。
両親が殺されるところを思い出させて話させている。
でも、一人で抱えているよりは、表に出して思い切り泣いた方がいいと思った。
オレも両親がいなくなった時に、グウェンさんにそうしてもらったから。
『悲しいのは当たり前なんだから、思い切り悲しんで、思い切り泣くのだ。それは何も恥ずかしいことじゃないし、当然のことなのだ。そうしないと笑える日はこないのだ』といって、オレを優しく抱きしめ、一緒に泣いてくれた。
あれがあったから、オレはその後、笑える日が来たんだと思う。
だから、オレも先輩としてエイミーちゃんに同じことをしてあげた。
優しく抱きしめながら、グウェンさんの言葉を借りて。
「辛いことを思い出させてごめんね。でも、悲しいのは当たり前なんだから、思い切り悲しんで、思い切り泣いていいんだよ。それが当然のことなんだから。しっかり悲しまないと、これから笑える日が来なくなっちゃうから、今、全部出してしまおうね」
エイミーちゃんは頷きながらオレに縋り付いて、声を出して泣き始めた。
頭や背中を優しく撫でながら、
リルファちゃんはサラさんの膝の上に乗った状態で抱きついて泣いていた。
全てを出し切るまで、何も言わずに胸を貸した。
しばらくして、エイミーちゃんもリルファちゃんも少し落ち着いてきたようだ。
エイミーちゃんがオレの胸から顔を離すと、涙と鼻水で顔がずぶ濡れだった。
旦那さんが持ってきてくれたタオルで拭いてあげると、オレの服の惨状に気が付いたよう慌てて謝ってくる。
「ご、ごめんなさい。汚くしてしまってごめんなさい! 弁償いたしますから! ごめんなさい!」
「気にしなくていいよ。オレも両親がいなくなった時に、ある人に同じようにしてもらったんだ。辛い感情も表に出してしまった方が少し楽になるからね」
「ヴィトさんも……?」
「そうだよ。だから全部じゃないけど、気持ちは分かるよ」
もう1度優しく抱きしめて頭を撫でる。
両親が殺されるのを目の当たりにし、自身も深い傷を受けて絶望したことだろう。
それでも妹を残しては死ねないと、今日まで何度も何度も悩んだのだろう。
それが今泣いたくらいで全て解消できるわけではないが、胸の内に溜めておくよりずっとましなはずだ。
「ありがとうございます……。悲しさや悔しさはまだあるけど、泣いていいんだって言ってくれて嬉しかったです……」
再び目に涙が溢れてくるが、今度は少し笑顔だ。
「うん、泣いていいよ。いつでも思い出したときは泣いていいからね。でもその時は一人でシクシク泣くんじゃなくて、オレでもサラさんでも旦那さんでもいいから、誰か大人と一緒に泣こうね」
「わかりました。ありがとうございます!」
泣いて少しスッキリしたようだ。
「話の途中でごめんなさい。続きをお話しますね」
「うん、お願いするよ」
お茶のコップを渡し、一息ついてから話すよう促すと、頷いて喉を潤し、続きを離してくれた。
「お父さんが動かなくなった後、魔物は私に向かって来たんです。でも、それからの事はあまり覚えていないんです……、ごめんなさい……。見えなかったから」
「大丈夫だよ。覚えている所だけでも教えてくれたら嬉しいよ」
「はい。黒い魔物が凄い速さでこちらに来たので驚いて多分転んでしまったんだと思います。そしたら顔と腕に衝撃がありました。その後は顔と腕が段々熱くなって、よく前が見えなくなったんです。顔が濡れているし血が流れているのがわかりました。何とか目を開けようとしたらお腹の辺りが重たくなって、お父さんと同じように押さえつけられているのが分かりました」
再び呼吸を荒くして少し震えるエイミーちゃんの背中を擦ってあげる。
「殺されると思って大声で叫んだんです。そうしたら、ガサガサッてまた森の方から音が聞こえ、ドタッと私の近くに着地するような音がしました。多分もう1匹いたんだと思います。でも、多分そのもう1匹の方が『ガァー!』と叫ぶと、お腹に乗っていた重みが無くなりました。そして、またガサガサッて音がして静かになったので、魔物は森の方へ帰っていったんだと思います。その後のことは私も気を失ってしまって、気が付いたら隣のおじさんの家だったので、わかりません」
「エイミーちゃん、ありがとう。本当にありがとう。魔物が2匹いたかもしれないんだね。それは大きくて黒いライオンみたいな四足歩行のやつなんだね。そして、森から出てきて森に帰っていったと。凄く重要な情報だよ。ありがとう!」
「い、いえ、そんな……。結局見えてないし、覚えていないので……」
「いや、姿形の情報があるだけでもありがたいんだ。やっぱり未知の魔物かもしれないし、普通の巡回部隊では危ないかもしれないから、オレが行ってくるよ」
もちろん皆に協力を仰ぐつもりだ。
「でも、危ないです!」
「こういう時の為にオレたちは神様に力を貰ったんだ。放っておくと他の村人にも被害が出るかもしれないからね。とりあえず帰りにギルドに寄って今の情報を伝えて、明日にはブロックホーン村に向かうよ」
「はい、ありがとうございます……。でも本当に気を付けてくださいね……。ヴィトさんに何かあったら私、私……」
「大丈夫。気を付けて行ってくるよ」
早いうちに情報共有をと考え、サラさんと旦那さんにお礼をしてすぐにギルドに向かって報告をした。
なんと今日、セラーナがギルドに呼ばれていたのもブロックホーン村の事らしく、“ブルータクティクス”に調査と討伐を正式に依頼したらしい。
どっちみち行くつもりだったしちょうどよかった。
受付の人に情報をギルドマスターにも伝えておくようお願いし、オレも帰宅することにした。
帰り道でふと考える。
あの時グウェンさんがしてくれたことに改めて感謝しなければと思った。
思えば照れくさくて、あの時の事をきちんとお礼したことがないかもしれない。
帰ったらグウェンさんにちゃんとお礼を言おう。
◆
皆がいるであろうリビングに入る。
プラントさんとタックが目に入る。
ススリーは自室かな?
セラーナはキッチンかもしれないな。
グウェンさんは……いた。
ソファの背もたれに足をかけ、上下逆さまの状態だ。
着衣は乱れて太もも辺りまで裾は上がり、お腹も出ている。
ソファの下にはお菓子のゴミや食べカスが散らかっている。
だらしなさの極みがそこにあった。
「あ、ヴィトぉー、おかえりー」
逆さまのままこちらに顔を向けて言ってくる。
改まって言うのもやっぱり照れ臭いし、このままでいいか。
感謝の気持ちで帰りに買った髪留めの箱を顔の横に置き、逆さまになったままのグウェンさんと真っ直ぐに目を合わせて伝える。
「グウェンさん、今更だけど、どうもありがとう。グウェンさんのおかげでオレは楽しく生活することが出来ているよ」
「えっ? えっ?」
それだけ伝えて自室へ着替えにいく。
「えっ? なにっ? なにがあったのだっ!? ちょっとヴィト!? もう一回言ってほしいのだー!」
後ろの方で何のことか分からずあたふたしながらも喜んでいる様子が窺えるけど、説明するのはちょっと恥ずかしいので放置することにした。
とりあえずエイミーちゃんの悲しみの跡を流してして、明日の準備をしよう。
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