第21話 治療を開始する!
「ただいまです」
「あらお帰り、リルちゃん。どこに行っていたの? あら? そちらの方は?」
この家の奥さんらしき人が迎えてくれた。
「初めまして。ハンターギルドから参りました”ブルータクティクス”のヴィトと申します。リルファちゃんのお話を聞いて、お姉ちゃんにお会いできればと思い伺いました」
「あら、それはそれは……。私はこの子たちの父親の妹でサラと申します。エイミーはあの部屋にいますが、出てくるかどうか……」
「仕方ないですよね。結構深い傷でしたか?」
「えぇ……。お医者様もどうやっても傷は残ってしまうし皮膚が引きつった様になってしまうとおっしゃられて……」
「顔以外の傷はどうですか?」
「手足やお腹にも傷はありますが、命に別状はないとのことです。」
「わかりました。ではちょっとお邪魔致しますね」
家に上がらせてもらい、お姉さんのお部屋に向かう。
お姉ちゃんはエイミーというらしい。
「お姉ちゃん! 傷を治してくれる人が来たよ!」
「嘘よ! お医者様でも治せないと言っていたわ! もう私は一生このままなのよ!」
部屋の中からリルファちゃんとお姉ちゃんの話し声が聞こえる。
女の子だもの顔に傷がついたら当然絶望するよな。
何とかしてあげたいと改めて思い、ノックをしてドア越しに話しかける。
「こんにちは。ハンターギルドから来ました“ブルータクティクス”のヴィトと言います。リルファちゃんからお話を伺って来たんだけど、お部屋に入らせてもらえないかな?」
リルファちゃんとお姉ちゃんが話し合っている気配がした後、リルファちゃんがドアを開けてくれた。
カーテンを閉め切ってベッドの上ですっぽりと布団をかぶっている。
傷ついた顔を見せたくはないのだろう。
「入れてくれてどうもありがとう。突然お邪魔してごめんね。エイミーさんでいいかな?」
ベッドに近づき、顔は見えないが屈んで視線の高さを合わせる。
返事はないが、話は聞いてくれているみたいだ。
「辛い思いをさせてしまってごめんね。僕たちがしっかり魔物を見つけられたらよかったんだけど……。同じ被害に遭う人をこれ以上増やさないためにも、魔物のお話を聞きたいんだ。でも、その前に怪我を何とかできればいいよね。手でいいからちょっと見せてもらえないかな」
顔の傷を見せろと言われても抵抗があるだろうけど、手足なら少しはマシかもしれない。
少し悩んだようだが、布団の隙間からスッと右腕を出してくれた。
前腕部に包帯が巻かれている。
「足とかお腹にも……。でもお医者さんは、傷跡は一生残るって……」
布団を被ったまま涙声で答えてくれる
「包帯を外して見せてもらってもいいかな?」
「……うん」
「ありがとう。痛くしないように気を付けるけど、痛かったら言ってね」
怪我を負ってから何日か経っているが、熱を帯びて腫れているので慎重に包帯を剥がしていく。
爪の攻撃を防ごうとしたのだろう、深く抉られた傷が3本ついている。
縫合はされておらず薬を塗って布を当てているだけの様だ。
これが顔にも着いていると思うと、申し訳なくなってくる。
しかし、これならば何とかなりそうだ。
「痛かったろうね。助けてあげられなくてごめんね。顔やお腹もこれと同じような傷があるかい?」
「うん……」
「そっか。ならよかった。これならオレでも治せるよ」
「えっ?」
「この傷だったら治してあげられるよ。ただ、ちょっと時間がかかるけどね」
あまり期待はしていなかったのだろうが、予想外の言葉に初めて布団から顔を出してくれた。
顔全体にも包帯が巻かれており、巻かれていないのは左目と口、鼻の穴の部分だけだが、その眼には期待に満ちた光が灯っている。
「本当に、治るの? 嘘じゃないの?」
「うん、治る。嘘じゃないよ。じゃあ信じてもらうために、小さい傷をまず治して見せようか。ここの傷、見ていてね」
安心させるようににっこりと笑って優しく伝え、右腕の傷の中でも小さい傷を治していく。
自分の怪我や命に係わる事態なら多少跡が残ってもいいのでそのまま“
今回は傷跡も残らないように治してあげたい。
だから回復魔法の原点でもある魔力を送り込み、新陳代謝を活性化させて傷を治していく方法にすることにした。
こっちの方が時間は掛かるが目立った傷跡は残らない。
暖かい光に包まれて徐々に塞がっていく傷を見つめるその眼から、驚きと安堵と喜びが涙となってこぼれ始めた。
「ほら、治ったでしょ。傷跡も目立たないでしょ?」
「うん……。ありがとう、ございます……うぅ……」
「よくよく見ると跡自体はあるんだけどね。でもこれは新しく生まれたばかり皮膚だからしょうがないんだ。今は跡として見えるけど、生活していくうちに馴染んで目立たなくなるからね」
家の修理とかをすると一部だけ真新しさが目立つけど、時間と共に馴染んでいくのと同じようなものだな。
「うん、こんなの全然気にならないです! ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
「お姉ちゃん!! 良かったね!!」
泣きながら抱き合う姉妹。
喜んでくれてよかった。
「喜んでくれるのは嬉しいけど、まだ傷を治すのはこれからが本番だからね。顔とお腹の傷をまだ見ていないから、見せてもらえるかな?」
「はい! お願いします!」
布団から出てベッドに腰掛けるように体勢を直し、顔の包帯を解き始めた。
傷が治るとわかったので、抵抗感をなくしてくれたのだろう。
顔の傷は腕よりも深かった。
右目はちょうど避けられてはいたが、左頬から右目や右側頭部の方へ、4本の深い爪痕が残されていた。
お腹の方も左側の方に数cmくらいの爪痕が4本ほど残っていた。
他にも深くはないが、地面に倒れた時に着いたであろう擦り傷や切り傷、打撲の跡などがあった。
「ありがとう。やっぱり傷も多いから少し時間がかかるかもしれないね。その間、ちょっと我慢してくれるかな?」
「治るならいくらでも我慢します!! 何でもしますからお願いします! どの位で治りそうですか?」
「うーん、そうだなぁ……。深い傷もあるから1日はかかるかなぁ。若いからもう少し早く終わるかもしれないけど」
「え? 1日? 1年じゃなくて?」
「うん。でも治療している間なるべく動かないでほしいからベッドで横になっててほしいんだ。だから退屈だと思うけど。まぁ寝ててもいいけどね」
「そんなの全然我慢します!! お願いします!」
「じゃあ早速治していこうか。まずは一番気になるであろう顔の傷からにするかい?」
「はい!!」
ベッドに横になってもらい、俺は頭の方へ座る位置を変えて、エイミーの頭部に両手を添えて治療を始めようとした時、出迎えてくれたサラさんが話しかけてきた。
「あの、すみません。治していただけるのはありがたいのですが、おいくらほどになるでしょうか……? 大金だと今すぐはお支払いできませんが、必ずお支払い致しますので、何とかエイミーを治してあげてください」
一瞬何のことかわからなかったが、そりゃハンターギルドに依頼して来てもらったのなら報酬のことがあるもんな。
お金のことは気にしていなかったから、すっかり忘れていた。
「あ、あぁそうか、説明するのを忘れていました。失礼致しました。エイミーさんの治療と魔物の討伐がすべて終われば、成功報酬を頂くことになっています。その成功報酬は既にリルファちゃんから呈示されていますので、大丈夫ですよ。ね? リルファちゃん」
「うん! リルがお小遣いでお願いして来てもらったからお姉ちゃん大丈夫だよ!」
「え、リルちゃん、いくらでお願いしたの?」
サラさんが心配そうに尋ねる。
「えっとね、えーと……、銅貨18枚!」
袋から銅貨を1枚ずつ取り出して数え、全部掌にのせて見せてくれた。
「18枚もあったの? いっぱい貯めたねぇリルファちゃん。えらいねぇ」
「えへへ……。お小遣いとか貯めておいたの!」
「じゃあそれはお仕事が全部終わったら貰わないといけないから、失くさないように持っていてね」
「うん!」
満面の笑みで頷くリルファちゃんの頭を撫でていると、エイミーとサラさんが心配そうに尋ねてくる。
「あの、本当にいいんですか? 金貨でも銀貨でもなく銅貨18枚なんて……。お医者様の治療でももっとしますのに……」
「あの、傷が治ったら私働いて足りない分を支払いますので、何とか治してもらえませんか?」
「いや、料金は銅貨18枚でいいですよ。ギルドの正式な依頼というわけじゃないですからね。ただ、本当は個人間の契約は推奨されていないので内緒にしておいてくださいね」
「わかりました!」
「あと、傷が治ったら魔物の事を教えてくれるとありがたいかな。あまり思い出したくないはずなのに申し訳ないけど……」
「私が分かる事なら何でもお話します!」
「うん、助かるよ。後、お礼はリルファちゃんに言ってあげてね」
「はい! リルファ、本当にありがとう! お姉ちゃん本当に嬉しいわ!!」
「よかったねお姉ちゃん! 怪我が治ったら遊ぼうね!」
「わかったわ。いっぱい遊びましょう!」
サラさんもホッとしたようだ。
「よし、じゃあ始めましょうか。さっきみたいにまた寝っ転がってくれるかな」
「はい! 私はどうしたらいいですか?」
「うーん、特に何もすることはないんだよね。寝ててもいいんだけど、初対面の男に頭を掴まれて眠れるわけないよね……。退屈だろうけど、我慢してもらえるかな。話しをするのは大丈夫だからね」
「はい!」
「あと、みんなはお部屋の外で待っていてもらおうかな。治ったところを一番初めに見るのは自分自身にしてあげたいしね」
「うん! わかった!」
「よろしくお願いいたします」
リルファちゃんとサラさんが部屋を出ていき、オレも治療を開始した。
「じゃあ始めるよ。ムズムズしてくるだろうけど、我慢してね」
オレは傷跡に向けて魔力を流し始めた。
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