第4話 浮かれる店長
朝からバタバタしてしまったが、結局いつもよりかなり早く家を出た。
行きがけにパンを買わねば。
少し早いせいか道を歩く人は少ないが、畑の方では既に農作業をしている人たちもいる。
まだ陽が高く上る前の柔らかな日差しと、清々しい大気を感じながら道を歩いていく。
実にのどかで、いつも通りの平和な風景だ。
「数年後には、この風景も変わってしまうんだろうか……」
現在のミリテリアは平和であり、戦争なんて数百年は起きていない。
犯罪などは無くならないものの、昔話で聞くような住民が虐殺されたり、家や畑を焼き払われたりなどということは一切ない。
しかし、魔物が攻めこんできた場合はそうなってしまう可能性が高いだろう。
何も罪のない人たちが奪われ、殺されていくことも、この美しい自然を踏み躙られてしまうことも許すわけにはいかない。
攻め込んでくるのは数年後と言っていたけど、その前に不定期にワームホールが繋がるとも言っていた。
時間はあるようで無いのかもしれない。
しっかりと訓練をしていかなきゃ。
改めて気合を入れ直していると、街に近づいてきた。
オレが働く薬草店<タンブルウィード>があるのは、ティルディスの町の南東部辺りにある。
大まかに言うと、東町と言われるこの地区は、日用品や食料品など、住人たちが利用するお店が多い。
南町には飲食店が多く、フクロウ亭もその中の1つだ。
西町は観光客が泊まるようなホテルやお高めのお店などが並んでいる。
身の毛もよだつ想像をしていたであろうユリちゃんは、西町のカフェで働いているらしい。
北町は行政地区と、偉い人やお金持ちが住んでいる地区になっている。
一般の住民はそれらの地区の外周を取り囲むように住んでおり、畑などは住宅街の外側に広がるというような感じだ。
ちなみに、街の中心部には大きな公園が南北に伸びている。
馬車の発着所があるため街の玄関でもあるが、市民の憩いの場でもありお祭りや催し物なども開かれる。
まだ殆どのお店が開店前だが、なぜかいつも以上に賑わっている。
「何か人が多いな……。今日は何かあったっけ?」
人混みを避けながらパン屋さんに寄る。
壮絶な最期を迎えた彼の代わりを探さなければならない。
「おはようヴィト。今日は早いのね」
「おはようございますエルザさん。今日はちょっと早めに出てきました。それにしても人出が多いですけど何かあったんですかね?」
エルザさんはエルフ族で、ヒト族の旦那さんと2人でパン屋を営んでいる。
優しい笑顔が素敵で、スラっとしたスタイルなのに出るところは出ている。
働き者だし理想の奥さんといったところだろうか。
王立学院生の頃にも何度か来ていたが、薬草店<タンブルウィード>のご近所さんなので頻繁にお世話になっている。
「みんな神様のお告げのことを話してるわ。ヴィトもお告げがあった?」
「お告げって神様のですか? 夢みたいな」
「そうそう。みんなも同じ内容を見ているし、夢じゃなかったって話しているわ」
「数年以内に魔物がやってくるって言ってましたね」
「えぇ。でも神様が魔物を打ち払う力を授けた人がいるから、みんなもその人たちに協力してほしいってお話していたわね」
「エルザさんがお会いしたのはどんな神様でした?」
「神様じゃなくて天使だって言ってたわね。可愛らしい女の子だったわよ。あ、こんなこと言ったら失礼かしらね。神様は忙しいから私が代わりにお話しにきましたって。夫も同じことを言っていたわ」
天使に『協力してあげて』と言われたなら、エルザさんは力を授かってないのかもしれない。
オレのことを話そうとしたが、ある懸念が頭を過ぎり、控えることにした。
「そうなんですね~。でも、本当にどうなってしまうのか……怖いですよね」
「本当にね。でも、頑張ってくれる人がいるんだから、私たちも出来る事をして協力するしかないわ。あなたも無理しちゃダメよ」
「わかりました。ありがとうございます」
パンを買ってお店を出る。
タンブルウィードに向かう途中で聞こえてきた会話も、エルザさんと同様の内容だった。
すぐにお店につく。
こじんまりとしたお店だが、薬やお茶など独自の配合で住民に人気のお店だ。
「おはようございま〜す」
「あれ?ヴィト。今日は早いな。そんなに早くわたしに会いたかったのか?」
店の奥からグウェンさんが顔をひょっこりと覗かせる。
タンブルウィードの店長でオレの雇い主だ。
活発な笑顔が可愛らしいが、ちんまりとしたスタイルなので、出ていいところも出ていない。
割とすぐサボるし理想の奥さん……は、まぁ人それぞれだな。
オレより10歳上でエルザさんと同い年のハズだけど……。
「えーそうなんです。夜も眠れませんでした」
「今適当に答えたなっ!」
バレたけどスルーして、荷物を置きながらグウェンさんにもお告げの事を聞いてみる。
「そういえばグウェンさんも神様のお告げありました?」
「あったのだ! 聞いてくれヴィト!」
目を輝かせてグイグイ迫ってくる。
「どうしたんですか?」
「わたしは錬金術の適正があるらしく、魔物が来たらその力を使ってみんなを助けて欲しいと言われたのだ!」
身近に適正有りの人がいた!
何の適正があるのか教えてくれるか。
錬金術ということはスキル的に近しい仕事をしてる人は適正があるのかな。
「すごいですね! さすがタンブルウィードの店長ですね!」
「ムフフ〜。もっと褒めて良いのだよヴィトくん」
「そんな店長様の元で働けるなんてオレも鼻が高いな〜」
「わっはっは。そうだろうそうだろう。な、なんなら結婚してあげても……いいんだぞ?」
「あ、店長様パン買ってきましたけど食べます?」
「無視したっ!?」
再びスルーしてテーブルにパンを置きコーヒーを入れにいく。
頬を膨らませながらグウェンさんも大人しくイスに座った。
グウェンさんにも砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを差し出すと、機嫌を直してクリームパンをムシャムシャ食べ始めた。
「ところでグウェンさんも女の子の天使に話かけられました?」
「そうだぞ。天使といえど背はわたしの方が高かったのだ!」
胸を張り勝ち誇った顔でグウェンさんが言う。
誰も天使と背くらべをしてないと思う。
「ヴィトはどうだったのだ?」
答えに詰まった。
再び先ほどの懸念が頭に浮かぶ。
自分は神様に戦う力を授かったと正直に言ってもいいものなのだろうか?
もちろん悪用しようなんて思っていない。
でもよくよく考えると危険な力だ。
浮かれていたけど、使い方を間違えれば人を傷つけるどころか命を奪ってしまう。
まさについさっき、自分の命を奪いかけた。
神様がくれた力とはいえ、そんな力を持つ奴と今まで通り普通に接してくれるだろうか……。
それが怖くなった。
「ん? ヴィト? どうしたのだ?」
考え込んでいると心配そうな顔をしてグウェンさんが覗き込んできた。
グウェンさんとは7年ほど前に知り合ったが、両親が亡くなった後、オレの事をずっと気にかけてくれている。
学院生の頃もタンブルウィードで雇ってくれて生活費を稼がせてくれた。
多大な恩がある人に怖がられたくない。
でも隠し事も嘘もつきたくない……。
「オレは……天使ではなく神様から、創造神アガッシュ様からお告げを受けました」
正直に伝える事に決めた。
「えっ? 神様から?」
「はい。神様から直接、力を授けるからミリテリアのために戦ってほしいと言われました」
「じゃ、じゃあ魔物が来たらヴィトが戦うのか?」
「そうなると思います。もちろんオレ一人じゃないようですが」
オレは神様とのやり取りをグウェンさんに伝えた。
恐る恐る反応を伺う。
「なんと……」
驚いている様子だ。
そして目線を落とし、顎に手を当てて何か考え込んでいる。
怖がられはしないだろうか?
不安と緊張で心臓が激しく脈打ってくる。
「ふふふ……」
俯いたままのグウェンさんから笑い声がする。
「むふふふふふ。素晴らしい! ヴィト! すごい! よくやったのだ!」
満面の笑みで喜びだした。
「よくやったってまだ何もしてませんよ。それより怖くないですか? ドラゴンとかと戦う力を持つ奴がここにいるんですよ? 人に向けられたら多分一溜まりもないんですよ?」
「怖い? なぜなのだ? 全く知らないオカシイ奴なら怖いかもしれないけど、ヴィトはそんなことをするわけがないのだ。何も怖くないのだ」
懸念が一瞬で否定された。
ちょっと感動した。
気にしすぎだったのかな。
確かにグウェンさんが力を持ったとしても怖く感じないもんな。
……いや、何が起こるか分からない的な意味でちょっと怖いかもしれない……。
「そんなことよりもだ! ヴィト! いやー! これは困っちゃうなー! うはははは!」
やけに上機嫌になり大声で笑いだす。
オレが力を授かったことを喜んでくれているにしては様子がおかしい。
「どうしたんです?」
「どうしたってオイオイ! こんなにすごいことはないじゃないか!」
「いや、ちょっとよくわからないです」
「たった2人のタンブルウィードで、2人とも力を授けられたんだぞ? すごいことじゃないか!」
どのくらいの人が力を使えるようになるのかはわからないが、確かに2人とも力を頂いたことはすごいことなのかもしれない。
「まぁ確かにそうですね」
「魔物を蹴散らす勇者と、それを支える錬金術師の謎の美女……。皆の憧れの的で世界を救った二人は、元は同じお店で働く仲間だった……。これはもうあれだな! 結ばれる運命だな! いやーそうかそうか! わっはっは!」
グウェンさんの中ではもう世界が救われたようだ。
フンフン鼻息を荒くしたりクネクネしたりしている。
結ばれる運命までは神様からも聞いていなかった。
「まぁ結ばれるかどうかはおいといて、別にオレたちだけじゃないんですよ。何よりもまず、何が出来るのかを把握しないといざという時に役に立てないですよ」
「また流された……。でも確かにヴィトの言うとおりなのだ。夫……いや、ヴィトの為にも錬金術で何が出来るか試していかなければならないのだ! 妻として!」
「あ、店長、もうお店開ける時間です」
「また無視ッ!?」
再びぷくーっと頬を膨らませ、ぶーぶーいいながら開店準備に取り掛かる。
もちろんグウェンさんの事が嫌いなわけではない。
むしろ好きだ。
好意を持ってくれているのも凄く嬉しい。
なぜなら女の子への興味は津々だからだ。
もしグウェンさんに危険が迫ったら命に代えても守るだろうし、どんなことでもするだろう。
ただ、それが恋愛感情からくるものなのかは、経験のないオレにはよくわからない。
上手く言えないが、店長であり、姉のようであり、妹のような存在でもあるのだ。
また、もう一つ、失うのが怖いというのもある。
結婚して家族となったら、とても幸せなんだろう。
しかし、また大切な人が突然いなくなってしまったらと思うととても怖い。
あの喪失感をまた経験するなら、一人のままでいいと思ったりしてしまう。
いずれは彼女が欲しい、結婚したいなとは思うけど、実際にそうなると躊躇してしまいそうな気がする。
だからグウェンさんには申し訳ないが、今はその気持ちと向き合うことが出来ない。
卑怯だと思うが、冗談めかして誤魔化すのが精一杯だ。
まぁその反応を見て楽しんでいる所もあるんだけど。
そんなことを考えていると、開店時間が少し過ぎ、お客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ~」
本日最初のお客さんは、最近よく買い物に来てくれるようになった若い女性だ。
ススリーから話を聞いたせいで、この人がそうなのかは知らないが、なんか意識してしまう。
ついさっき『その気持ちと向き合うことはできない(キリッ)』とか考えていたのにソワソワしだしたオレは最低の人間なのかもしれない……。
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