第33話 アイルランダーの冒険者
グリーン・オーク2体を樹に括り付けてメインストリートを歩くとどうなるのか?
答A)めちゃくちゃ見らる。
答B)子どもに指差される
答C)パトロールの兵隊に注意を受ける。
正解は、ABC全部です。当然です。例えば、マグロを担いで品川とか歩いてたら怒られるよね?えっ、美味しそう?クロマグロが良い?贅沢言ってはいけません!!!
そういう妄想に逃げたいくらい街がざわついてしまった。
子供たちは少し距離をとりながら俺を先頭に歩き始めている。気分はハーメルンの笛吹である。それを見た大人たちも歓声をあげてくれる。そんなにグリーン・オークって大物じゃないよな?ランクCの魔物だよ?アイルランダーは規模が大きいし、その程度の魔物なら見慣れていると思う。
「で、この状況に至ったと。ゲインさん、少し考えてくださいよ」
シグルさんにカウンター越しで注意を受ける。
「オレワルイコトシテナイ」
「ゲインさん、ある種、それは魔族への侮蔑ですよ」
ゲインは人語が通じないふりをする。
しかし、シグルは回り込んだ。
「すいません。真面目な話ですが、グリーン・オーク2体でこんなに騒がれるとは思いませんでした」
「ゲインさん、グリーン・オーク2体を普通に運んでいたら誰も騒ぎません。樹に括り付けた挙句、易々と持ち歩いているから皆が注目するんです!!!!」
シグルさんの説明は明瞭なもので、おバカなゴブリン・キング(忘れがちだが王だ)でも理解ができた。少なくともグリーン・オークを狩に行く冒険者たちは、荷台を冒険者ランクの低い者たちに依頼しているそうだ。そりゃ西の森に入口に冒険者の反応が多いわけだよなぁ、荷台で待っていたわけだし。
「そうやって冒険者たちも助け合ってるわけです」
「僕もこうやってシグルさんに支援を受けているのと同じですね」
目の前でものすごい剣幕になったシグルさんが一瞬で笑顔に変わる。
「ゲインさん、監禁の手続きがありますからおいで下さい」
「換金・・・だよね?きちんとした手続きだよね?」
「どうしたんですかぁ〜?Dランクのソロ冒険者でCランク魔物を倒せる方が震えてますよ」
なんだろう膝がね、震えが止まらないなぁ。脚気とかかな?ビタミンB1が不足してるとなるんだっけ?
「シグルさん、今度お菓子焼いたらもってきますね」
振り絞って出た言葉は甘味だった。世の女性の甘味への飢えの凄まじさを俺は知っている。
「えぇ!!ゲインさんってお菓子焼けるんですか!!!」
シグルの発言がいつもより若干大きかった。それだけで事務所内の女性陣がワラワラとゾンビのようにこちらに寄ってくる。
「ちょっ、怖っ!!」
「げ、げ、ゲインさん、約束ですからね。約束!!」
どんどんとカウンターに居たはずのシグルさんが事務所の奥へ連行されていく。そして、目の前に佇んでいるのは長髪赤髪で左目の上まで刀傷がある女性。肉体の美学というものがあれば、これほど均整な身体を見たことがない。刀傷は相当古そうで左目は開いているが、若干右と比べて色素が薄い。義眼かもしれない。
「それでゲインと言ったか」
ここ冒険者ギルドだったよな?俺、海賊に絡まれてるわけじゃないよな?
「サルドさんの質問に答えなさい」
サルドという女性の後ろに控えていた薄いグリーンのショートカットが言う。この人、なんかエロい・・・というか女性5人くらい(美人)が俺を囲む日が来ようとは。人生(魔生?)とはわからないものである。
「はい、なんでしょう」
「貴方はお菓子を作れるの?」
「まぁ、簡単なものですけれどね。そんなビックリするような物はできません」
「いつごろ?」
「へっ?」
いまシグルさんの恐怖に煽られて約束はしたけれど、サルドさんとは俺は約束をしていない。ただ、後ろにいる5名も含めて、俺がここで約束せずに帰ることなどできようか?宿で・・・そうだ。
「あのお菓子を作れそうなオススメの宿ってありますか?」
「高くても平気?」
「ある程度なら大丈夫です。キレイじゃ無いとお菓子作れないですし」
『クリーン』があるなら街を外れて土魔法の簡単台所でも可能だがいろいろと説明も面倒だ。サルドさんがオススメした宿は、丁寧に対応してくれた門兵のおっさんと同じところだった。2者以上の推薦とお墨付きがあれば問題ないだろう、しかも今回は料理させてくれなければならないからハードルは高い。
「あっ、換金忘れてますね。状態が良かったので1体金貨1枚となります」
「え”ぇ!?高くない?」
思いのほかグリーン・オークが高値で換金されて驚いた。聞いた宿で夕食付き1泊銀貨5枚である。流通している通貨単位は、金貨1枚=銀貨100枚、銀貨1枚=銅貨100枚なので計算はとても楽である。グリーン・オーク2体で金貨2枚得られるのであれば、ほぼ1ヶ月分の宿代をちょっとした戦闘で手にしたことになる。
これはボッチ生活と同じくぬるま湯に浸かった生活になりそうだ。俺は自分自身に戒めを忘れないように心に留める。
◇◇◇◇◇◇◇
サルドさんを始め、冒険者ギルドが薦めた宿は人気があって残り1部屋に滑り込むことができた。20泊分を金貨1枚で支払おうとしたところ、ちっちゃくてかわいい受付娘に止められる、「せめて何日かお泊まりになり、それで気に入って頂けたらご予定された分をお支払いください」と。
こんな神対応できる子を俺は見たことがない。多分、ナスカくらいの年齢だと思うが、口の利き方や所作、周りのお客さんへの対応、どれをとっても感心してしまう。なんか温かいまま気が利いている。
夕飯の時間になると1階のパブスペースは冒険者たちで盛り上がっている。皆、陽気で夕暮れ時に良い酔い方をしている。多分、今日の狩りがうまくいったのだろう、戦闘職らしき人物が声を張っている。
桃色の髪をした看板娘(推定)に運ばれた料理を口にする。パンからして素晴らしい出来で、他人の料理にここまで美味しいと思うのは異世界初である。美味いは正義だよなぁ、とつい言葉が漏れてしまった。
掃除された室内、ふかふかの布団。それらすべてに身を委ね、俺はアイルランダーでの2泊目が終えた。
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