第17話 3ヶ月前のリーチ

 あんな生死をかけた戦いの後でも目覚めは快調だ。もっと戦闘を引きずり、悪夢にうなされたり、食欲が減退したり、便秘になったりするのかと思った。すべて快調である。


 「筋肉痛が少し残る程度で済んだのか・・・」


 朝の体操をしながら身体の調子を確認する。


 「おはようございます、ゲイン様」


 アンさんも定刻通りの行動で、朝食のセッティングをテーブルにしてくれる。


 「アンさん、今後の僕の生活に役立ちそうな本があればお借りしたいです」


 こちらの世界に来てから本を見たことがなかったが、当主様の執務室には書類はもちろん、蔵書もかなり多くあった。きっとこれからの人生(魔人生?)で役に立つ本はあると思う。


 「本ですか・・・どのようなジャンルがお好みです?」

 「魔法関連のものであったり、各国の生活習慣や文化であったり・・・そういったことが分かる本が嬉しいです」

 「・・・・ですか?」


 アンさんは驚いた顔をして俺を凝視している。あぁ・・・ことに違和感を覚えたのか。


 「はい、いろいろと国があると聞いてますけど」


 なんとなく感を出しながらアンさんに応えると、いつものアンさんの表情に戻る。


 「当主様とジグに確認しておきますね。就寝前ですとランプも必要になりますね」


 就寝前以外に自室で本を読めそうなタイミングは無いらしい。ジグさんからアンさんには今日のスケジュルーは知らされている。いつも朝食時に今日の予定を聞くのだが、「どこの御曹司よ?」と最初の頃は困惑していた。いまでは再確認と自分の体調を確認しながらできるので有難いシステムである。


 「アンさん、ジグさんの訓練って厳しくなる?」


 俺の質問にアンさんはソッと目を逸らす。あっ、これダメなやつじゃん!!


 「ちょっ!!アンさん!!聞いてっ!!仮にLv10が厳しさとか辛さの上限とするよ。これから始まる訓練ってどのくらいかな?あくまでアンさんの視点で良いから。絶対に文句言わないから!!!」


 俺が真剣に懇願するとアンさんは『しぶしぶ』、『本当は言いたく無いのだけれど』、『それでも聞きたいの?ねぇ、ほんとに聞いちゃう?』くらいへどんどんと表情が変化する。


 「Lv10Maxですね」


 勇しく、きっぱりと言い切った。胸を張るアンさんに視線が固まる。って、いや、おかしいでしょ!?なんで残り3ヶ月って最初の日にLv10持ってくるの?ねぇ、馬鹿なの?俺を殺すつもかよ!!


 「俺、今日腹痛い」

 「先ほど、『筋肉痛が少し残る程度』と申告がありましたが」

 「独り言だよ!!申告じゃ無ねぇええええ!!!」


 いつから聞いてたんだよ。この館、おかしなヤツばっかりだ、怖い、怖すぎる。


 「それではしのごの言わず、逝ってください」

 「・・・」



 抵抗する気すら失せる会話が終わり、朝からガチでテンション・ダダ下がりで戦闘訓練へと進む。ナスカとの模擬戦でボコられるのかと思っていたが、訓練場にはドルツさんだけじゃなく、ジグさんも一緒にいた。


 「今日から私も同席します。ちょっとだけ訓練内容も変更させていただきます。ナスカお嬢様には事前に了承を得ておりますが、最初に真剣勝負をして頂きます。即死以外であれば私とドルツで回復と制御することが可能です。そこはご安心ください」


 どうしたら『即死はごめん』っていう内容で訓練やりたがるんだよ!!!



 なんども心の叫びをあげたが聞き入れてもらえるはずもなく、俺の地獄の講習は始まった。




◇◇◇◇◇◇◇


-----(3週間後)


 地獄の講習の幕開けから3週間が経過した。腕が千切れたり、足が逆の方向を向くことが1日に何度もあった。バイオなゲームだと、タイプライタでも受付拒否するくらい無残な記録を残すことになるだろう。


 「この時間が心の癒しだな」


 アンさんが3冊目に貸してくれた本は、魔法の勉強にもなる人族の冒険譚だった。元人族(前世)のため、すぐに物語に没入し、本の中の彼らの文化や習慣に触れる。きっと現在の生活とさほど差異はないのだろう、本は新しく丁寧な装丁がなされている。


 「あぁ、終わってしまった」


 読後の独特の充実と余韻を残す物語に、前世と同じ独り言が漏れる。文字を読めるか不安があったが、結局、言語操作が役に立ったのだと思う。オフにできない以上、どこで活躍しているのかが不明なものである。


 そういう意味では、種族進化Lv2についても上限を超えたため、Lv3で再度保留にした。『種族進化』が大きな変化をもたらす予感はもう確信に変わっている。少なくともここにいる間、おかしなことにならないよう、種族進化のLvが上ろうとも触れないことを決める。


 「それにしてもいい本だったなぁ」


 装丁された本のタイトルを読む。俺は昔からタイトルを覚えられず、中身だけは異様に記憶に残るタイプで、高校のクラス連中とも「あれあれ、あれだよ!!」とか爺さんみたいな事を言っていた。音楽にしたって暗譜できてもタイトル分からないことは幾度もあった。ふと著者の名前に目が止まった。



 著者:エスダルト・アブリュート



 え”っ・・・



 ボロっくそに疲れた身体と理解の範疇を超えた頭が出した結論、すぐに意識は手放された。

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