迷子の鬼ごっこ

長月瓦礫

迷子の鬼ごっこ


「すみません。この神社、どこにあるか分かります?」


ニット帽にダウンのコートとジーンズ、冬らしい格好だ。

ただ、身長が低いように見える。私と同じくらいだろうか。

スマホの地図を見ながら、周囲の建物を確認する。


あれ、このルートはものすごく見覚えがある。

まさかとは思うが、今から行く場所、この人と同じなのではないだろうか。

片手に豆と書かれた袋を下げているし。

ただ、声をかけられたからには無視をするわけにもいかない。


「私でよければ、案内しましょうか?」


「ホンマか! ありがとうございます」


嬉しそうに笑って頭を下げる。


「ウチは伊調っていうんやけどな、いやあ、運がよかったです。

地図を見るのが苦手でしてね、未だに仲良くなれないんです。

方向音痴は辛いですなあ」


「なるほど……」


どうしよう、どう答えたらいいか分からない。

性格の癖が強すぎて、若干ついていけない。

数分は歩いているのに、トークが止まる気配がない。


「集合場所も人目に付きにくいところを指定しやがってなあ。

何度来てもぜーんぜん慣れませんわ!」


大きな笑い声を上げる。昔から近づかないように言われていることもあって、案内しようと思う人もいないのかもしれない。

伊調さんが向かう場所は鬼が出ると言われている神社だ。


豆を片手に歩いているということは、当然、投げるつもりでいるのだろう。

今日は節分だ。今年は1日だけ早まったと聞いて、私も最初は驚いた。

だから、忘れないようにしていたのだけど、まさか同じことを考えている人がいるとは思わなかった。


「お嬢ちゃん、この辺の人? 学生さん?」


「ええ、はい」


酔っぱらった人みたいな絡み方だ。

ぐいぐい踏み込んでくるし、距離の詰め方が早すぎて怖い。


「若いのはうらやましいなあ。いろいろできることはやったほうがええよ。

まあ、あんまやりすぎると、今度は追い出されることになるけどな!」


自分の失敗をけらけらと笑い飛ばす。

出しゃばりすぎるといいことがないのはどこも同じということだろうか。


「アイツのとこはウチのに比べたら、かなりマシな方やね。

考え方も割と柔軟やし、雰囲気も悪くない。

組織内に派閥とかもあまりないみたいやしな」


特定のグループみたいなのがあまりないってことかな。

殺伐としていないほうが過ごしやすいのは確かだ。


というか、彼女の言うアイツと私の想像している人が同一人物だったらどうしよう。

こんな話を聞いてしまっていいのだろうか。

私が聞いていい話ではないように思う。


「あの、ずっと気になってたんですけど」


「何や?」


「そんなに大量のお豆、どうするんですか?」


「どうするって、鬼に投げるに決まっとるやん? 今日は節分やで? 人数も多い方が楽しいしな!」


ああ、もう完全に同一人物だ。

どうしよう、頭の中で繋がってしまった。


考えてみれば、鬼に豆を渡すって嫌がらせにも程がある。

言うなれば、吸血鬼ににんにくを送るようなものだ。


「そうは言っても、自分から当たりに行くようではダメやねえ。全然怖くないし」


本来であれば、節分の豆は鬼を追い出すために投げるものではなかったか。

弱点なのに自分から当たりに行くのか。

追いかけられている様な感じがして、言葉にすると普通に怖い。


よほど優しい性格の人じゃないと、無理なのではないだろうか。

そして、私はそんな鬼を知っている。

スマホを見ながら、鳥居の前で確認する。


「ここの階段の上ですね。何か用でもあるんですか?」


「この神社な、鬼が出るって噂があるんや。

せっかくやし、投げに行こうや」


腕を掴まれ、階段をぐいぐいと昇っていく。

目的は同じだが、そこまで積極的ではない。

雨も降っていないから、今日はいないと思っていた。


「おーい、来たでー。ウチやでー。おるんやろー?」


神社の社務所のインターホンを押し、呼び出す。

友達の家か何かみたいだ。


「……姐さん、せめて名前くらい名乗ったらどうなんだ?」


水色の着物に額の一本角、私の予想が当たってしまった。

梅雨さんは私と伊調さんを交互に見て、表情が固まった。


「え、今の間は何や? 何で一瞬反応遅れたん?」


「そんなこと気にしなくていいだろ。何で一緒に来てるんだよ」


「こんにちは、お知り合いだったんですね」


苦笑いしているのが自分でも分かる。

逃げたいのは山々だったんだけど、無視するわけにもいかなかったし。


「何というか、去年と同じくらいの時間帯に来ると思っていたんだ。

だから、調整していたんだが……まさか、鉢合わせになるとはな」


「何やその言い方、人を面倒な奴みたいな言い方しよって。

一歩でも外に出たら雨降るくせに」


伊調さんとの用事に、私が入って来ちゃったってことかな。

いろんな意味で言いたいことが山ほどあるんだろうなあ。


「で、その袋は何だ?」


「豆」


「嬢ちゃん巻き込んでまで、鬼が豆を投げに来たってのか?

何から何まで本当に申し訳ない……」


片手で顔を覆い、がっくり肩を落とす。

うわあ、こんなところは初めて見た。


「ああ、そういえば、言ってなかったな。

実はな、うちも鬼なんよ」


あっさりと帽子を脱ぐと、頭から二本の角が生えていた。

どうりで友達の家みたいにインターホンを鳴らせるわけだ。

勝手知ったる他人の家ならぬ他人の神社ということか。


「なるほどな、前に言ってた梅雨を怖がらなかった子ってお嬢ちゃんのことか! 

度胸あるやん。ウチはな、潮煙っていうところから来たんや。

今度、引っ越そうと思っててな。下見に来たついでに顔を見に来たんよ」


ニヤニヤ笑いながら私を見る。そんな顔で見られても困る。

そういえば、前に会議したとか何とか言ってたけど、私のことをどこまで話したんだろう。そこまで知られているとは思わなかった。


「確かに最初はびっくりしましたけど、悪い人じゃなかったですし。

私はあまり気にしていないというか……」


本物の鬼だとすら思っていませんでした。

そんなことは口が裂けても言えないけど。


「せやろ? こんな善人、今時どこ探してもおらんで。

そんなやから変なのに引っかかるんや」


「変なの?」


「姐さん、そろそろ黙ってくれないか。

いくら何でも、話していいことと悪いことがあるだろう?」


「あれ、ここの神社のこと話しとらんのか。

まあ、いいか。お嬢ちゃん、豆投げてくやろ?

せっかくやし、バンバン投げていきな」


呆れ果てたのか、梅雨さんが何も言わなくなってしまった。

あれだけ穏やかな人を黙らせるとは、個性が強すぎるのも考えものだ。


その後はもう流れに流れ、豆を撒くことになった。

去年と違うのは、癖の強すぎる鬼が混ざったことで、余計にテンションが上がったことだろうか。


「あんなにやられたんはひっさしぶりやなあ。

あー、楽しかった!」


けらけらと笑いながら、大きく伸びをする。

豆から逃げる側だったのに、すごい元気だ。

どこまでもマイペースだ。


「よかったんですか? 何か予定があるって聞いたような気がしたんですけど」


「問題ないで。ウチは遅くまで居座るつもりやったし」


「まあ、それとこれとは話が別だしな。

順番が逆になっただけだ」


「そうそう、嬢ちゃんが気にする話じゃない。

まだ陽も昇ってることやしな、明るいうちに帰ったほうがええで。

夜遊びなんてしよったら、路地裏から変なのが出てくるかも。なんてな」


「変なの、ですか」


梅雨さんが無言でにらんで、この話は終わった。こんな穏やかな人でも怖い表情をすることがあるんだ。


あまり調子に乗りすぎないようにしようっと。

オレンジ色に染まる空を見ながら、何となくそう思った。

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