第36話 エピローグ2

「……あ、ああ、皆ごめんな。俺行かなきゃならないところあるんだ」俺は泣きそうな顔を必死に隠そうとする。


「なんだ。じゃぁ、あたしも」とカテリアは楽しそうに俺についてこようとする。


「ダメだ!!」


「え?」


 思わず強く否定してしまったためにカテリアは驚いてしまったようだ。そんなに強く言うつもりなどなかったのに。


「ごめん、一緒にいけないんだ……」


「じ、じゃあ、いつ帰ってくるの?」トレニィが不安げに尋ねる。


「…………」


 彼女の質問に俺は答えられなかった。仮に俺がここに帰れるようなことがあったとしても恐らく数十年後だ。いくら好きでも待ち続けるのは辛いだろう。彼女達には新しい幸せを見つけて欲しい。そう願った。


「そんなの嫌なのだぁ!」ステレオでカンの良いリプルとラプルが泣きついてきた。


「あたしも嫌です。クリフ……行かないで」トレニィが泣いて俺に懇願する。


「どうしてだよ! 私とつがいになる約束だろぉ!」カテリアは泣いて怒った。


 彼女達の心からの叫びが痛い。俺の胸を締め上げ、体の奥底から次々と喉へと何かがこみ上げてくる。堪らずそれを声に出すと今度は大粒の涙が止めとなく溢れ出た。


 夕焼けの草原の中、俺たちは身を寄せ合って泣いた。警備隊のお姉さんもいたたまれないのか顔を背けてもらい泣きしている。


 ピピー。


 突如俺の手元で電子音が鳴ったとき、ドサリと手錠が外れて地面に落ちた。手錠の締めが甘かったとかそんな事ではない。解除音と共に外れたのだ。俺はわけが分からない。警備隊のお姉さんもなんでと目が点になっている。


 ツツー。ツツー。ツツー。


 今度は呼び出し音のような音がした。焦った警備隊のお姉さんが端末機を慌てて取り出して耳に当てる。


「はい、そうですが。はい。はい。はいぃ? いや、でも、ええ? そんなこと……はい。わかりました」


 何だろう何かトラブルだろうか? 俺の手錠が外れたこととなにか関係があるのか。


「ご主人様」


「それ気持ち悪いからこれまでとおり『クリフ』でいいぞ。なんだ?」俺は涙を拭いて返事する


「ではクリフ。銀河宇宙警備隊のクリュー長官から緊急直通通信です」


「は? 長官!?」


 なぜそのような大物が俺と直通通信なのだろうか。テレッサは手にした端末機から映像を投射した。空中に浮かんだモニターに長官が映し出される。


「貴殿がクリフィクト・L・ヤグラザカか?」


「は、はい」


「くっついとるのが例の人造亜人か?」


「はい……」俺は長官の言い方が気に入らず思わずムスっと答えてしまった。


「ふむ。実は貴殿に超司法取引を持ちかけてるために通信を送っている」


「超司法取引?」


 超司法取引は通常の司法取引と違い特別な理由がある場合により特殊な条件で司法取引ができる非常にあいまいで怪しげな取引だ。しばしテレビで問題視されて叩かれている。


「どんな内容ですか?」


「貴殿をその星の駐在の特別臨時警備隊として雇用したいのだ」


「この星の駐在特別臨時警備隊……」


 なんと美しい言葉の響きだろうか、この星にいられる。刑務所に行かなくてよいのだ。いい。それ、とてもいい。


「やります! よろしくお願いいたします」俺は長官に敬礼をする。


「説明も聞かず即決かよ。気がはえーなおい……」長官は呆れ気味だ。


「理由は聞きたいであります」


「変な言葉遣いはせんでいい」と返されたが、そのセリフはいきなりタメ語になった人に言われたくない。


「まず理由についてだがアンドロイドから送られたデータによれば貴殿の兵器不法所持については責任問題は薄いと言える。加えてその使用の責任所在があやふやだ」


 どうやらテレッサの記録情報をいつの間にか警備隊に送っていたようだ。兵器の所在については俺の知らない事であり、テレッサは俺の承認なしで勝手に使ったことと、オオツカンパニーの名が消去されたために所有者が空白となり、その間に事件が起きているとのことで責任がどこにあるのか不明ということらしい。


「テレッサいつの間に情報を送ったんだよ」


「ジャミングが解除されてから随時送っていました」


 テレッサは視線を反らして答えた。もしかしてテレッサわざとなのか? 通常ではあり得ない管理者無視の兵器の無断使用……会社から切られることを見越して俺の罪が軽くなるのを見越していた?


「な、ならオオツカンパニーに関するさっきのやりとりの情報は? 通話記録は残っていないのか?」


 このさいだオオツカンパニーの悪行を暴露してやる。テレッサの記憶バンクには社長の会話記録が残っているはずなのだ。


「オオツカンパニー……? 何のことでしょう?」


「な、何って、お前の前の所有者のことだよ!」


「私の以前の所有者は軍になりますが?」


 テレッサは何を言っているのかとキョトンたした目で俺に訴えかけてきた。消されている。何て手際の良さだ。いや、最初から仕掛けられていたのだから当然か、くそう!


「あーいいかな?」


 長官は脇にあるパネルのあんちょこを見ながら俺に説明を始めた。


「あ、はい。はい」


「送られてきた遺伝子データをこちらで解析したところ、その星の住人は遺伝子操作で刷り込みがあるので他種族との接触はしないほうが良いと出た。つまり宇宙社会から隔離する。だが接触してすでに刷り込みされた者には抗体ができるのでこれには該当しないとした」


「テレッサ? 俺ってそんな抗体できているの?」


「はい。解析結果によればドラゴ族とトレント族に対してはできているはずです。恐らく無差別に惚れないよう安全装置が設けられていたと思われます」


 なるほど接触する度に惚れられては商品にならないからな。彼らと接触の多い回収部隊の海賊などその抗体を持っていないと出来ないわけか。しかし、そのようなワクチンのようなものを俺は受けた覚えはない。


「いつの間に抗体なんかできていたんだ?」


「二人とチューしたときです。二人の新鮮な体液、つまり今回で言えば唾液です。それを摂取することでその種族に対して抗体ができます。体液は時間をおくと効果がなくなるので保存は無理のようです。なので刷り込み前にチューするのがベストなのですが、これは難しいでしょう。強引にするなら別ですが」


「なるほど……って、俺とトリニィはチューしていないぞ!」


「してますよ。最初の夜にクリフが寝ている間にトリニィが……」


「テレッサ! 言っちゃダメぇーッ」


 トレニィは顔を真っ赤にしてテレッサの口を背後から塞いだ。いまさら塞いでももう遅いけど。しかし、あのトレニィがそんな大胆なことをするなんて……刷り込み恐るべし。


「ゆだんも隙もねぇな……」


 カテリアから冷ややかな視線が送られた。カテリアとは決闘の事故のときにしている……あれ?


「お、おい。俺とカテリアは刷り込み前にしてないか? 抗体があるのになぜカテリアは俺に好意を持つんだ?」


 俺の質問にテレッサはトリニィの手を払って答えた。


「はい。カテリアとは刷り込み前に接触しているので抗体はできた後となりますので刷り込みは起きてません」


「え? じゃあカテリアは……」


 俺はカテリアをマジマジと見つめると彼女は何かとキョトンした顔を返した。


「カテリアはご自身の意思でクリフのことを好いていることになります」


「なんかよくわからんが、私はダーリンのことは好きだぞ。愛していると言っていい」


 俺はてっきりあの大猪を倒したときにスイッチが入ったのだと思い込んでいたが、どうやら彼女の単純な性格の賜物のようだ……


「わ、私だって。私の意思でクリフこと、あ、あ……愛してるわ」


 恥ずかしかったのか最後の言葉は消え入りそうな声でトリニィが答える。なんともこちらまで恥ずかしくてむ図痒い。

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