第25話 リプルとラプル4
あまりのショックを受けた四人は食事を囲んでいた場所を後にして各々想いにふけっている。
カテリアはトレーラーの上で空を見つめていた。今まで送り出してきた仲間のことを思っているのだろう。
トレニィはリプルとラプルを連れてラウンジをベッドに変形させて泣いている二人をあやしている。リプルとラプルには重すぎた話だったかも知れない。
俺は食事の後片付けをしていたときにテレッサから呼び止められた。
「クリフ、少しいいですか大事な話があります」
先ほどの件のことがあるので改まって大事と言われると緊張してしまう。
「彼女たちには聞かれたくありませんのでこちらに」
俺たちは視界からトレーラーが見えないほど離れた場所まで移動した。地面がずれたのか断層のような崖のある場所にでると森の木々や雑草もそこで途切れている。眼下には再び森が続きどこまでも続いていた。
「一体なんだ?」
俺は緊張しつつも口を開くと、テレッサが語った内容は俺にとって恐るべき内容だった。
「クリフ、あなたから見てトリニィやカテリアの反応はどう見えますか?」
最初、彼女のこの質問の意図が読めず、流れからして例の『神』と『楽園』のことのように思えた。
「至極全うじゃないか。信じていたものを拒否されれば誰だって――」
「――すみません、質問の内容が不適切でした。お二人が貴方に対して唐突に好意を持っていることに対してどう見ますか?」
どうやら俺の思っていたことと違ったようだが、それでもテレッサの質問の意図が読めない。おそらく何かの解析の判断として俺の意見を求めているのだろう。そんな気がした。だがあの二人が俺に対しての好意の持ち方が何だというのだろうか。テレッサは『いきなり』とも言っていたので……
「えっと、いわゆる一目ぼれってやつ?」
「なるほど一目ぼれですか確かにそれに近いですね」
テレッサは顎に手を添えて何か考えているような素振りを見せる。このような仕草もテレッサが他のアンドロイドと違うところだ。いちいち人間くさい行動をとる。もし彼女の表情を作る機能が壊れていなければ人間と区別がつかなかったかも知れない。
「なんだ? 何が言いたい。俺がモテてるのが変だというのか?」
「別の意味ではそうです」
俺はこの無礼な幼女ロボを殴ってやろうかという気になってきた。もっとも殴っても俺の拳が痛いだけだが。
「何が言いたい。まわりくどく言うなよ」
「まだ推測の域を出ないのですが彼女達の好意は人工的なモノなのではないかと推測しています」
「おい、さすがに怒るぞ」
いくら何でもそれは失礼すぎだ。彼女達にも感情はあるのだ。好きだとか嫌いだとか嬉しいとか悲しいとか。それを人工的にだって? もしありえるとしたらそれは調教ってやつだ。だが俺はそんなことはしない。したくもない。人の尊厳は守られるべきなんだ。
「落ち着いて聞いてください。お二人の脳内物質を時系列で調査したところあるタイミングで急激にドーパミンが通常ではありえないほど大量に出ているのです」
ドーパミンは脳内で分泌される快楽物質だ。恋愛などはこの物質大量にでるため幸せを感じるとされている。テレッサによく俺はドーパミンを垂れ流していると言われたことがあるのでよく覚えている。
「だからそれが一目ぼれなんだろ?」
「クリフの言う一目ぼれは相手に出会ったときに起こるものです。しかし彼女達は違います。トリニィは夜、私が彼女の家に帰ってきたときにはすでに放出していました。そしてカテリアはクリフがキングボアを倒したときに」
「それは……そのときにスイッチが入ったんだろ。ホレちゃったスイッチ」
「スイッチ! そうですねスイッチという表現が適していますね。彼女達は遺伝子にそのスイッチを仕込まれている可能性が高いのです」
俺はテレッサが何を言いたいのか分からぬまま苦し紛れで冗談のつもりで言ったのが、何か当たったらしい。だがその内容は恋沙汰とは程遠い、まるで機械のような言いようである。はっきり言って聞いてて気分が良いものではない。
「何を言っているんだテレッサ?」
「彼女たちのスイッチが入った瞬間、大量のドーパミンを垂れ流すように仕かけ、相手を強制的に好きにさせてしまうのです。無論それ以外にも仕掛けはあるのでしょうが……」
テレッサはさらっと突拍子もないことを言い出す。それは聞き捨てならない単語が次々と現れて俺の苛立ちを掻き立てた。
「そんなわけあるか、何のためにだよ」
「忘れたのですか? 彼女たちは愛玩具として作られた人種なのです。購入者に愛情をもてるようスイッチを仕かけ、強制的に相手に愛情を――」
「止めろぉ!!」
俺はとうとう我慢ができなくなった。感情が高ぶり過ぎて呼吸が荒くなる。
あんなに楽しそうに、嬉しそうにしている彼女たちを冒涜されたような気分だ。だがそれ以上腹が立つのはテレッサの言っていることが正しいと納得してしまいそうな自分だった。
冷静に考えれば愛玩具としてはそのほうが合理的で商品としては値打ちが高い。作ろうと思う奴がいてもおかしくないと考えてしまった。
「そうですね。只の推測です。申し訳ありません」
テレッサは申し訳なさそうに謝った。あのテレッサが謝るなんて……やはり彼女のなかではかなり確信を持っているのだろう。俺はこの話を聞かなかったことにしようと思った。だがその時だ草葉の陰でガサリと音がした。
俺は驚いて振り向くとそこにはトレニィがいた。
聞かれてしまった――
こんな危うい会話をしていたのに俺はインプラントのスイッチをオフにするのを忘れていた。
「あ……」
トリニィは明らかに動揺している。どこから聞かれたのだろうか、いやどこから聞かれても最後を聞かれていたら同じだ。そしてトレニィの恐れた表情は明らかに聞かれてしまっている。
「と、トレニィ……」
俺が彼女の名を呼ぶとトレニィは走り出そうとした。反射的に慌てて彼女の腕を掴んで引き留めてしまう。
「まってトレニィ!」
「――イヤぁ、嫌! あたし違う!!」
強い拒否反応。俺はつくづくインプラントのスイッチを切り忘れたことを後悔した。
「トレニィ……」
「あたしは玩具なんかじゃない!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は金縛りにあった。トレニィは俺の腕を振り払って泣きながらトレーラーに逃げ込む。
このとき追いかけるべきだったのかも知れない。そして弁明すべきだったのだ。なのにテレッサの論理に内心納得してしまったもう一人の俺が俺を羽交い締めにした。
「クリフ追いかけなくてよいのですか?」
テレッサの言葉に原因を作った張本人が何を言うかと怒鳴りたい気分だ。追いかけても彼女を慰めたり言い訳ができる言葉が思い付かない。そんな俺に何ができるというのか……
だがそのときテレッサの理論を必死に拒絶しようとするもう一人の俺が疑問を抱く。
「トレニィに無差別に相手を好きになるスイッチがあったとして、そのスイッチが入っているとしてだ」
「はい」
「なぜ彼女はああもショックを受ける?」
「もう少し分かるように説明していただけませんか?」
「彼女が俺に対してスイッチが入ったのなら常に幸福状態でずっと俺のことが好きになるのじゃないのか? トレニィはいま俺を拒絶したぞ。これは彼女にそんなモノはなかったと言えないのか?」
「クリフ……」
「どうなんだ?」
「私の答えはノーです。彼女のホルモン分泌は異常であることは明白です。しかし彼女は私のようなアンドロイドではありません。ドーパミンのようなホルモンをいくら分泌させて強制的に相手を好きだと錯覚させても限度があります。これも推測ですが恐らく有効期間がありその間にその相手無しでは生きられないように……」
テレッサはそこで言葉を切った。それ以上言えば俺がキレそうになったのを察したのだろう。
「期間を過ぎたらどうなる?」
「ホルモンの分泌量は減少するので普通の恋愛感情として収まるでしょう。特に今のトリニィの状態はいわゆる興ざめ状態と思われるので特に分泌量が減少していると思います」
「それも予想か、今のトリニィの恋愛感情は普通なんだな?」
「詳しく調べるには専門の研究所へ依頼しなくてはなりません。が、恐らく最初の刷り込みに関して以外でなら……」
これならば少しは事態がマシになるかも知れない。だが果たしてこれでトレニィは納得してくれるだろうか? こうも立て続けに厳しい内容を突きつけられて冷静に聞き届けてくれるだろうか……
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