第2話 プロローグ2

 宇宙船を使って星から星への営業活動はその移動に多大な時間を要する。以前の営業では先輩方数名とサポートアンドロイドが一体ついていた。


 移動中はぼうっとしている訳ではなくプレゼン資料を作ったり、ネットワークで営業活動したり、会議をしたりと船内がオフィスとなっていたために非常に活気があった。


 おかげで喋る相手も事欠かなかったのだが、たった一人となってしまった今では相手してくれるのはテレッサだけだ。


「クリフィクト・L・ヤグラザカ……身長170ジャスト、体重72キロ、男性、年齢24。顔立ちやパーツに特にこれと言って欠点はなく及第点。しかし癖毛でありながら手入れが手抜きなため黒髪はボサボサ。ネクタイは首元がだらしない。靴はくたびれているのに新しいのを新調しない。身だしなみの時点であなたの内面が浮き出ており、サクラ殿のようなかたが本気で貴方を恋人にしたとは思えませんが?」


「そ、そんなことはない! こうやってペンダントまでプレゼントしてくれている!」


 相棒に彼女がくれたペンダントを見せびらかせた。自分自身の写真が入ったペンダントをくれたのだ。好意がない人物にそんなことするわけ無いではないか。


「今時ペンダントとか古風すぎてからかわれているとしか思えませんが……」


 確かに彼女からこれをプレゼントされたときは『えー』っといった気分であった。ネックレス自体は現代でも普通の定番アクセサリとして人気だが、ペンダントなど太古の代物だ。それも一体どこの骨董屋で見つけたのと聞きたくなるほどの。


 だが彼女の笑顔を見ればそんな思いも吹き飛ぶというものだ。それほど自分にとって彼女は天使だった。


「ちなみに彼女はあなたの写真入りのペンダントをしているのですか?」


「うッ……」ペンダントなんてしていない。


「キスはしてくれましたか?」


「ううッ……」したことなどない。


「手は? 繋いで一緒に歩いてくれましたか?」


「ひぐぅ……」繋ぐどころか彼女に触れたこともない。


「それは恋人と言えるのですか……?」


「止めてくれぇぇぇ!!」


 怒涛のような連続攻撃に針の筵の上にいるような気分になる。必死に認めたくはないと駄々をこねるようにシートの上で耳を塞いで転がってみせた。


 デートでもただ一緒にいたというような内容だった。頑張って一日の計画を立てても夕食まで漕ぎ着けたこともなく、いつもあっさりと終わってしまう。


 かといって避けられている感もなかった。だがどこか歯車が合わない感じが拭えず、会うごとにギクシャク感が増してゆくと、とうとう別れを切り出されてしまった。


 なのに未だに女々しく彼女のことが忘れずにはいられなかった。今まで付き合ったみた中でも彼女は一番可愛かったのだ。最高に俺好みな理想の相手に巡りあえて俺は有頂天になっていた……


 テレッサの容赦のない言葉は薄々感づいていても認めたくない事実を次々と強制認識させられた。一体誰が彼女のAIをこのように教育したというのか?


 メンタルケアとはどんな定義であったのかと検索したい気持ちにさせられる。


「ちょっと優しくされただけで恋人だと思ったのですか? そのようなことはただの種まきの常套手段ではないですか。そんな手段に簡単に引っかかるなんて、これだから童貞はチョロイと思われるのです」


 一応、これでも告白してオッケーもらってるんだからな! かなりあやふやな告白で微妙なオッケーだったけど……デートだって何度かしたし……


「くッ、なんだよ恋愛もしたことないくせに、エラそうにいうな!」


 おれは半泣きで震える指で反論した。いくら優秀なAIで感情まで計算できるとしても恋愛までは計算できまい。恋愛要素には時として非合理な感情や行動に走る場合がある。だがAIは合理性を求めたがるものなのだ。


「…………」


 俺の反論にテレッサは珍しく言い返さなかった。もしかして初めて彼女を言い負かせたのか? 沈黙するということは負けを認めたのと同義語である。


 テレッサとコンビを組んで苦節2年、ついに勝った。その事に俺は浮かれて調子にのってしまう。しかし、これ以上恋愛話を続けるのはドツボを踏みそうであり、俺の心も痛いので違う話へとすり替えた。


「だいたい他の皆は中古プラントや中古宇宙船など利益率高いのを売っているのに、なんで俺の担当は女児下着なんだよ! これじゃ何の仕事をしているのか問われても恥ずかしくて答えれねえよ!」


 そう自分の営業商品は女児下着の販売である。うちの会社は色々な中古品を仕入れて再整備して売り出すのだが、扱う品目は多種多様だ。


 だが女児下着だけは社内でも異色中の異色の商品であり、しかも中古品ではなく新品商品なのである。そしてこれを担当しているのは自分だけだ。


 嫌がらせなのだろうかと何度も疑った。だが社長は本気の目をしていた。


 しかし、なぜ女児のみなのか男児の下着は無くても良いのかと疑問に思う。その時にその疑問をぶつけたら社長は「ハハハ」と笑っただけだった。それはもう「君は何を訳の分からないことを言ってるのかね? ホワーイ?」というような目で笑われた。


 いや、普通だれでもそう思うだろ? なぜ俺が異端のような目で見られなきゃならないんだ? 左遷されるようなドジは踏んでいないはずだぞ。人間関係だって無難に過ごしてきたんだからな。


 だが任命での社長の目は本気だった。まるで新規開拓ジャンルに挑むような目をしてこの仕事の重要性を力説していた。ショックすぎてほとんど頭に入ってないけどな……


 一応社長が本気であるのは専属サポートアンドロイドやこの宇宙船を専用につけてくれたことで分かる。普通は社員一人にここまではなかなかしないものだ。だからってなぜ女児下着にそこまで……


 ちなみにテレッサと他のアンドロイドには大きな違いがある。他のアンドロイドはテレッサのように普通の服を着ているがボディは脱がすことのできないインナースーツとなっている。それに対してテレッサは完全に人肌になっている。


 それは彼女が下着モデルを兼ねているからである。商品サンプルを説明する際に実際に客先で着用してみせるのだ。


 ただ普段は下着を着用させるようなことはしていない。常時穿かせておくと商品が傷む。普通のを着けていれば良いではなかと思われるかも知れないが、彼女はアンドロイドなので倫理的に問題があるような構造にはなっていない。ゆえに上を着せておけば問題にはならない。


「それはもちろん貴方では利益率の高い高額商品を扱わせるのが危険だと判断したからではないでしょうか? 私なら間違いなく貴方に任せることはありえません」


「ホント嫌なやつだな、お前! 失礼にもほどがある」


 本当にこいつはサポートアンドロイドなのかと疑いたくなる。俺の心はテレッサの毒舌でもうボロボロだ。誰かに癒して欲しい。だがその心を癒してくれる唯一無二の存在にフラれたばかりである。


 せめて相棒が他の皆のように美人でボインボインの有能なアンドロイドだったら良かったのに。疲れた心を至高のボディで癒して欲しい……


「そうだ今度社長に頼んでサクラさんのようなアンドロイドを所望してみよう」


「ゲスいですね。未練たらたらでどうしようもないですね。これだから童貞は」


「童貞、童貞ってうるさいよ!! ってかなんで俺が未経験って知ってるんだよ!」


「カンパニー社員になる者の経歴は隅々までチェック済ですから」


「だからって未経験なんてどうやって調べたんだよ! 個人情報云々なんてレベルじゃないぞ犯罪行為だ!」


「……そんなの調べれるわけないじゃないですか」


 テレッサは鼻で笑いつつも冷たい視線を向けていた。


「えっ!?」


 自分でも間抜けかと思うよな声をあげてしまって青ざめた。まさか一杯食わされたのか?


 強力なAIを搭載しているアンドロイドは人に対して嘘をつくことができる。だがそれはあくまで仕事の中で会社やサポートする相手に不利益が発生しなようフォローするレベルのものである。


 今のように二人きりのときに嘘をつくことは無い。そう普通は無いだ。だがこのテレッサは先のように堂々と嘘をいう。はっきりいって欠陥品なのではないかと思うのだが、同僚たちに話すと笑って羨ましがられた。


 理由を聞けば嘘を言わないアンドロイドはつまらないというのだ。なるほどそれは一理あるのかも知れない。だがサポートすべき相手を蔑まれて弄ぶようなことをされても果たしてそう言えるだろうか?


「こ、こいつ……サポートロボのくせに人をはめてんじぇねぇーッ!!」


「否定します。私はロボではありません。アンドロイドです。訂正を要求します」


「うるせぇーッ、お前なんか『ロボ』でもかわいいぐらいだッ!!」


「まぁカワイイだなんて……やっぱりロリコンの毛もあったのですね」


「だあああぁぁっぁぁぁッ!! もうこんなヤツ嫌だああぁぁ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る