【38】2006年6月7日 15:51・教室・晴れ。禁断症状(レン視点)。
6時間目の終了告げるチャイムが鳴ったような気がした。
教卓を見ると教師の姿はなく、丁度教室から出て行くところだった。やはり授業は終わったらしい。
《やっと6時間目が終わった。家に帰れる・・・》
体育館でユアルの言葉を聞いてから私は全てが上の空で、体育と6時間目の授業内容はほとんど覚えていなかった。こんなときこそ梅雨なのだから、気持ちを強制的に沈めてくれる雨が降っていると助かるのに外はほぼ雲がなく、気持ちの良いオレンジ色の夕日が教室を優しく照らしていた。
《マジで鬱陶しくて仕方ない》
私はさっさとカバンに教科書やノートを詰めこむとカバンを枕代わりにして全ての情報を遮断するようにうつ伏せになる。せめて教師がくるまでの数分間だけでも休みたかった。
トントン―。
誰かが私の肩を叩く。
《こんなときに誰?》
顔を上げて振りむくとそこには心配そうに私の顔を覗きこむアイナの姿があった。
「アイナ?ど、どうかしたの?」
「それはこっちのセリフ。何かあったのか?体育の時からちょっと様子がおかしいけどよ」
普段、色んなことを面倒くさがって適当に済ませるくせにこういうときだけ妙に勘が鋭い。特にアイナに隠すようなことでもないしもうすぐ担任が教室に入ってくるので私は包み隠さず早々と理由を告げた。
「今夜、ユアルが『アレ』やるって」
「なーんだ、心配して損した」
アイナの表情が一変し呆れた顔で言い放つと自分の席へ戻っていった。と、同時に教室の扉が開いて担任が入ってきた。
「はーい、皆さん席についてくださーい。ホームルーム始めますよー。日直さん号令お願いしまーす」
ホームルームまではあと数分あったが何か急いでいるのだろう、今の私には好都合だった。
《さっさとホームルーム終わって・・・》
「先生からのお知らせは1件のみです。この前の中間テストについてですが学年5クラスのうち何とウチのC組が平均点で2位を獲得しましたー!!」
《マジでどうでも良い・・・》
「ヤッタ~」
教師のご機嫌取りをやるために生まれきたような数名のクラスメイトがテンプレートみたいなお決まりの盛り上がり方をする。この学園は『普通科』と特別進学クラス通称『特進クラス』という優秀なクラスがあり、そもそも彼らとは勉強の内容もテスト内容も全く異なる。
そんな特進クラスを除いた普通科の連中で井の中の蛙大会をやってもまったく意味がない。
《・・・ウザイ》
自分が少しずつ怒りに染まっていくのが分かった。
「はーい静かにー。それからアイナさーん!!今、パンは食べなくて良いですからカバンにしまいましょうねー」
《アイナのバカ。何やってんのよ》
「ウィーー。サーセーン」
「『はい、すみません』でしょ?」
「はーい」
担任の指摘に渋々応じるアイナ。流石のアイナも教師には舌打ちできないらしい。
「あとあまり言いたくないけど、次回の期末はもうちょっと頑張りましょうねー?」
角刈りモアイもそうだったが、アイナは素行と成績の悪い生徒としてイメージが浸透しつつあるみたいだった。これはあまりよろしくない状況だ。
「ウィー、サーセーン」
「「「 ア ハ ハ ハ ハハ 」」」
アイナのふてぶてしい態度にクラスが笑いで包まれる。
どうやらアイナは教師たちの悪いイメージと同時に愛されキャラも確立しつつあるように思った。そのおかげで何とか角刈りモアイ以外の教師の心証が保たれているような気がする、。
《っていうか、今このタイミングでマスコット的な愛されキャラ炸裂とかいらないから!今度からホントに『充電』させるのやめようかな・・・》
クラス中の笑いが全身に響くこの感じがたまらなくツライ。
「 先 生 ッ ! ! ! ! 」
野太い叫び声が響き渡りクラスメイトの爆笑をかき消した。クラスが一気に静まりかえる。
「は、はい。どうしました保武原(ほむはら)さん?」
「他に何も無ければ終わりにして頂きたいのですが」
教師に対して何を意味不明なことを言ってるのだろうと普段の私なら思ったところだがこのときばかりグッジョブと評価せざるを得なかった。
「そそうですね。皆さん他に習いごとがある方もいらっしゃるかもしれませんし。失念してました」
この学園の教師は角刈りモアイのような例外を除いて基本的に低姿勢な人が多い。
理由は言わなくても分かると思うが大金持ちの娘だらけだからだ。そして何故、担任がすんなり保武原さんの言葉を聞き入れたのかというと、担任の言葉通り子供に習いごとをさせている家庭が非常に多く、加えて中にはとんでもない桁外れの金持ちもいるため極力トラブルを起こしたくないと内心ビクついている教師が多いのだ。
この担任もまさにそういうタイプだった。
習いごとをさせるのも金持ちのステータスだったりするので部活なんかよりも英会話だったり、株などの金融商品の実践的な扱い方を教えいている塾だかセミナーだかに通わされている生徒もいるらしい。本当に自由で時間がフルで使える者なんて、この学園の生徒はほんの一握りなのかもしれない。
《とにかく何でも良いから、早く終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ》
私は無心に念じた。
《終われ終われ終われ終われ》
「ん?あら?」
《まだ話が続くのか。終われ終われ終われ終われ終われ》
「さん?」
《終われ終われ終われ終われ終われ終われさっさと終われッ》
「西・・・レ・・さん?」
《終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ早く終われ!!》
「西冥レンさん!!!」
「はい!!!?」
そこで私は担任に名前を呼ばれていたことに気づいた。いつの間にかクラス中の視線がアイナでも保武原さんでもなく私に向けられている。
《ユアルのカバンだったり、アイナや保武原さんの件だったり最近よく目立つなぁ》
「大丈夫ですか?西冥さん」
保武原さんのときと同様にクラスは静まりかえっていた。周りの視線が少し痛い。
「あ、はい。すみません、ちょっとお手洗いに行きたいだけなので気にしないでください」
「あら、ごめんなさい!では、今日はココまでとします。日直さん、号令お願いします!」
担任が私の発言を受けて慌ててホームルームを終わらせようとしている。そういえば今朝も余計な心配をされたような。
まぁ私の場合は少し特殊で、昔からこういう変な気の遣われ方をするんだけど、そのおかげでボッチならまだしも一部の生徒からはすごく疎まれている。あれは中学1年生くらいだったかルドベキア女学園は初等部から大学まで校舎が別々にあるのだが初等部から高等部は始業式や終業式などの全校集会において、わざわざリアルタイムに中継して行っている。
マジでバカなシステムだと思っているわけだが、さらにバカなことにその全校集会の場でマヌケ理事長がお祖父様からの多額の寄付をはじめ孫の私でも知らなかった地域貢献の数々を大演説してしまったことがあった。
それをきっかけに私は一気に学園で有名になり浮いた存在になってしまったのだ。
「起立ー!礼ー!!」
そんなこんなで、担任が早々にホームルームを切り上げた理由も角刈りモアイが本邸に話を盛って告げ口できなかった理由も、つまりはそういうことだった。もちろん中には一生徒として接してくれる教師もいるが、いずれにせよマヌケ理事長の大演説以降、ユアルとアイナに出会うまで学園の居心地は圧例的に悪くなってしまった。
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