【29】2006年6月7日 8:15・校舎2階廊下・曇り。激重カバン(レン視点)。

《金持ち向けの学校なのにエレベーターがついてないなんて冗談にもなってない。生徒からこれでもかってくらい学費を搾り取ってるくせにッ!》



「はぁはぁはぁ・・・」


心の中で愚痴を叫びながら、やっとの思いで階段を上り終えた。


今日はまだ始まったばかりだと言うのに体育の授業を2時間連続で受けたような疲労感が既にある。習いごととはいえ、これでも小さい頃から水泳はかなり頑張っていたんだけどそんな努力を無に帰してしまうようなこのカバンの重さが憎い。



自分から言い出したこととは言え、いくつもカバンを持って歩いて苦しんでいる姿は周りからみるとただの罰ゲームにしか見えないと思う。




《ユアルのカバンの重さがなければ、もっと軽快に歩けるのに。それにしてもユアルのカバンの重さに対して、アイナのカバンは私のより遥かに軽いな。まさか教科書とか全部置き勉してたりして・・・。今日帰るときにでもアイナの机を確認しておこう》






もし置き勉がバレてしまうと罰として放課後の教室掃除を1週間命じられてしまう。私たちの誰かが置き勉をして見つかった場合、私たちは通学組の帰宅部なので送迎車を待たせての教室掃除となる。掃除は置き勉した本人がやるとして、他の関係ない者は掃除が終わるまで強制的に待たされることになる。それはつまり、私たちの送迎以外にも色々やることがあるであろう護衛にまで迷惑をかけてしまう。



私は置き勉をしたことがないので居残り掃除未経験だが、聞いた話では掃除の出来が良くないと最悪の場合やり直しを命じられることもあるらしい。そうなるといったい帰宅までに何時間かかるのか分かったものではない。



「はぁぁー、重ッ・・・」



たまらず廊下にユアルのカバンを置いて休憩をとる。



《それにしても何でこんなに重たいんだろう?ユアルのカバン》



たかだかカバンごときにココまで苦しめられるのが癪に障ってしまい、いったい何が入っているのか無性に気になった私は開けるべきか否か休憩しながら葛藤する。



家だったら真っ先に開けていたが学園では不特定多数の目があり、もしココで私が他人のカバンの中身を勝手に開けていることがバレたら『あの西冥がという枕詞とセットであらぬ噂をいくつも立てられるのは確定事項だ。



そして、そのクソみたいな噂が学園を通してお祖父様の耳にでも入ろうものなら・・・。


結果が分かりすぎているから何とか自制できているが、そのせいでストレスが膨れ上がっていく。





《うーん、それよりも罰ゲームみたいなこの醜態を晒している時点で自ら噂を立ててくれアピールしてるような気も・・・》





「まぁイイか、せーの!」



廊下でいくら愚痴っても教室までの距離とカバンの重さが変わらないことを強く自分に言い聞かせ、再びカバンを持ち上げた。



「教室まであと少し、っとと!」



勢いをつけすぎたのか重さの反動で少しよろける。体勢を立て直そうにもダンベル数十キロ入ったようなユアルの激重カバンのせいでバランスが保てない。何とか壁に寄りかかろうとするが、自分の意志に関係なくよろめきながら身体が後方に向かってしまう。



「ちょ!うそッ?ヤバッ!」


《このままじゃ倒れるッ》



そのときだった―。





ドン!!



「あっ!!!」



後方からきた何かが勢いよく私の背中にぶつかった。結構激しめにぶつかってしまったが、そのおかげで私は体勢を立て直し、壁に寄りかかることができた。


《た、助かった・・・》



何にぶつかったのか確認しようと振り返ると、1人の生徒が倒れている姿が見えた。




《うわッ、やっちゃった》



「ご、ごめんなさい!!」



私は一旦カバンを廊下に置くと倒れている生徒の元へ近づきながら謝罪した。が、その生徒は少しよろめきながらもすぐに立ち上がり、その場から立ち去ろうと走り出す。



「あ、ちょっと!廊下は走らない方が!先生に見つかるとマズイです・・・よ?」


「イ゛ッ!!!??」




ぶつかった生徒に廊下を走らないように促(うなが)している途中で、とんでもない叫び声が聞こえた。かと思うと、その生徒は右足を抑えながらピョンピョンと飛び跳ね始めた。



《忙しい人だなぁ。いったい何がどうして、ん?・・・あぁ、なるほど》



恐らく、つま先がユアルのカバンに思いきり当たってしまったのだろう。



《ユアルのカバンは数十キロの重りが入っているようなモノだし、上履きでも靴でも走る勢いでアレを蹴り上げたら悶絶だろうなぁ。イヤイヤ、そんな他人事みたいな感想を述べてる場合じゃないか》


「あ、あの大丈夫ですか?」



「・・・くッ・・・・うぅッ!うぅッ!」


ココまで特殊な状況が起きているのにその生徒は私の呼びかけ聞こえてないのかリアクションが皆無だった。


《こんな近距離なのに聞こえてないことなんてあり得るの?》




「 あ の ー ! ! ! ? 」


確実に聞こえている距離で何回も無視されてしまったせいか私も少しムキになって声を張り上げた。






私の大声にその場にいた数名の生徒たちが反応して私の方を見る。周りの様子から聴覚に問題がなければ、ぶつかった生徒に聞こえてないわけがなかった。しかし、私にぶつかった生徒は構わずに右足を無理やり引きずり、たまにピョンピョン跳びながら階段を登っていった。



《3階に向かったってことは少なくとも1年生じゃないのかな?それにしても何か一言あっても良いと思うんだけど。あ、もしかしたら私が西冥だって知ってたとかかな?・・・だとしたら、まぁ仕方ないか》



惺璃(さとるり)市で商売をやっている者は誰だってお祖父様に目をつけられたり癇癪(かんしゃく)を起こされたくないので『極力西冥とは関わらないように』みたいな教育が行われていても何の不思議もない。悲しいけど、それが正解。



孫の私でさえドン引きするほど、この惺璃市に対するお祖父様の影響力が絶大なのは事実だから。




《今度廊下とかですれ違ったら謝りたいんだけどあまりあの先輩の顔見えなかったな。一応後ろ姿だけでも覚えておくか、数日で忘れそうだけど・・・》



先輩らしき生徒の背は私よりも少し低いくらいで肩甲骨に届く髪の長さとギリギリ校則に引っかからない程度の茶髪だった。



「・・・・・・・・・・・・・・・」



そんな容姿の生徒がこの学園内にいったい何人いるのか考えた途端すぐに無意味だと気づき私は謝罪を諦めることにした。各学年のだいたい1/3はそんな生徒だらけだった。



「痛ッ・・・!」



まだ教室まで距離があるというのに今度は頭痛まで襲ってきた。しかも今回は結構シビアな痛さだ・・・。


「チッ!あぁ~・・・」



私は誰にも聞こえない音量で舌打ちをすると廊下に置いたカバンを持ち上げて再び教室へと向かった。


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