【17】2006年6月6日 17:22・玄関前・大雨。丹加部さん②(レン視点)。

「アイナ様ッ!少々お待ち下さい!!」


丹加部(にかべ)さんがかなり語気を荒げてアイナを呼び止めた。アイナはその声に反応して足を止め『しまった』という引きつり笑顔で振り返る。だが、今更繕ってももう遅い。


《・・・アイナの馬鹿。せっかくあと少しで丹加部さんが好印象のまま私たちのことをお祖父様に報告してくれたのに。それをいとも簡単にぶち壊してくれて、まったくッ》



丹加部さんはゆっくりとアイナの所まで歩み寄ると覗き込むように顔を限界ギリギリまで近づけた。



「アイナ様、よくぞ我が主である永由(ながよし)様が孫、レンお嬢様がお住まいの格式高い西冥家に お 帰 り に な ら れ ま し た ! ! 」


「た、ただいま帰りました・・・です」


数十年間執事と護衛をやった者が身に纏えるオーラというか、丹加部さんの雰囲気は伊達ではなかった。さすがのアイナも丹加部さんが求める答えを強制的に口にしてしまう。



丹加部さんはじっとアイナに睨みを効かせながら数秒間立っていた。何かを確かめているのか、それともアイナの反省の色が見れるまで待っているのか?この数秒間の沈黙の理由は私には分からない。



本邸にいた頃の私はどちらかと言うと聞き分けが良かったので丹加部さんにココまで詰め寄られるほど怒られたことはなかった。小さい頃などはイタズラをして怒られたこともあったがさすがにこんな怖い丹加部さんを見たことはなかったので少し驚いている。


しかし、一見アイナの悪態が丹加部さんを激昂させているこの状況の主な原因は間違いなく私にあった。


数ヶ月前、私のワガママで本邸を離れ山奥の保養所をほぼフルリフォームの上護衛まで割いてもらっており、且つ、端から見るとただの得体の知れない外国人である赤の他人と一緒に住んでいるこの現状。



西冥(さいみょう)家に一番長く仕えてきた丹加部さんの目には私はさぞ非常識な不良娘として映っていることだろう。そんな不安・不満要素だらけな現状においてアイナの悪態が加われば丹加部さんが怒るのはむしろ必然だった。



「アイナ様、宜しいですか?あなたとユアル様はレンお嬢様たっての希望として『西冥家のゲスト』として迎え入れられております!」


「・・・はい」


「で、あるからこそ!私たち執事やメイドも敬意をもってアイナ様とユアル様にお仕えするのです」


『誰であろうと西冥と関係があるのならせめて言動くらいは西冥の名に恥じないようにしなさい』

丹加部さんの説教の要点はそんなところだろう。何だかまるで自分が叱られているような錯覚に陥ってしまい少しテンションが下がる。



「・・・ですから、アイナ様も何事にも礼儀と礼節をもって西冥家の一員として過ごしてもらいたいのです。先程のようなあまりにも西冥家にふさわしくない言動を

繰り返すようですと残念ながら永由様にご報告しなくてはいけなくなりますこと、何卒ご理解いくださいませ」



《これはお祖父様に報告されるのも覚悟した方が良いかもしれない・・・》


そう自分に言い聞かせて覚悟を決めているとユアルが絶妙なタイミングでフォローに入ってきた。



「丹加部さん、申し訳ありません。この娘の教育が行き届いてないのは私にも責任があります。私からもよく言って聞かせますのでどうかココは収めて頂けませんでしょうか?」



ユアルは丹加部さんの両手を取り握りしめると涙ぐみながらアイナを許すように懇願した。ユアルの突飛な行動に丹加部さんも思わず後ずさりしてしまう。



「う、うむッ・・・、まぁ良いでしょうッ。アイナ様、ユアル様の助け舟に感謝してください。何度も申し上げますが西冥家の関係者として礼儀・礼節をお忘れになりませんようお願いします」



「・・・はい、すみません」


ユアルのフォローのおかげで丹加部さんは思いのほか寛大な対応を見せてくれた。とは言っても、お祖父様に報告しないとは一言も言ってないので、今回の件はやはりいずれ何らかのお咎めを受けるモノだと覚悟しておくべきかもしれない。



しかし、丹加部さんがココまで誰かに詰め寄ったのも驚いたが、相手を注意するにせよ1つ1つの所作に執事としての本分をわきまえ、それでいて相手を屈服させる迫力はやはり凄かった。


久々に本邸にいた頃の雰囲気を体験できて懐かしいやら悲しいやら・・・複雑な気持ちになる。アイナも相当マズイと感じているのか、いつものふてくされ顔を一切見せない。その点については個人的に高評価だった。


もしこの場で丹加部さんに更にふざけた態度をとろうものなら、たぶんこの生活は即座に終了していたと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る