【3】2006年6月6日 12:10・教室・大雨。角刈りモアイ(レン視点)。

「貴様ぁ!倫理を舐めとんのかぁ!!あぁ!!??」


《逆に聞きたいんだけど倫理を尊敬している生徒ってどれくらいいるんだろう・・・》


教卓で無意味に怒号を撒き散らしている中年教師。

倫理担当の知世田(ちよだ)だ。通称『角刈りモアイ』。

年齢はたしか40歳だったと思う。


まぁ、年齢なんてどうでも良いんだけど。

何においても倫理第一主義で年がら年中タンクトップ姿。


体育教師を含め全教師の中で筋肉ムキムキだが何かスポーツをやっているわけではなく、ただただ筋肉を育てたいだけの残念な低身長豆タンクだ。



豆タンクなんて偉そうに言ってるが、つい最近まで言葉すら知らなかった。


たまたまクラスメイトが角刈りモアイのことを豆タンクと揶揄していたのを聞いて意味が知りたくなり、ネットで調べてそういう名前のミニ戦車が戦争で使われていたという、生きていく上で特に役に立たない知識を先日得たばかりだった。



ただ、あだ名が増え過ぎても意味が分からなくなるので私の中では角刈りモアイに統一しようと思う。あんなヤツのために貴重な脳の容量なんて使いたくないし。



とにかく、何が彼をあそこまで歪ませてしまったのか分からないが、倫理と筋肉とタンクトップと角刈りに全能力を振り分けてしまった悲しきモンスター、それが知世田こと角刈りモアイだ。



角刈りモアイが勤務しているこのルドベキア女学園はその名のとおり女子校で、彼は多感で敏感な少女たちがたくさん集う秘密の花園の地面から地層を何層もぶち抜いて現れた薄汚れたモアイ像と言った方がイメージ的に分かり易いかもしれない。



多感で敏感な女子が嫌う男性ランキング上位の要素をすべて合成して具現化したような容姿と言動のおかげで角刈りモアイは圧倒的に女生徒を寄せつけなかった。



女子校にこんなオッサンが必要か否かの議論の余地は・・・あるはずもないと思うんだけど。この学園のお偉いさんたちはどういう評価のもと角刈りモアイを雇ったのか是非その経緯を聞いてみたい。


例えば、『社会に出たときに男というモノを恐怖の対象にしないように』という余計な計らいがあったとか・・・?


だとしたら、まったくナンセンスだと思う。

角刈りモアイに限って言えば恐怖よりも汚さが勝っているので男=汚物というイメージを抱いてしまう女生徒の方が多いだろう。


月並みなテンプレート過ぎて少し恥ずかしいけど『いつだって大人は分かってくれない』というヤツだ。



噂では勤続10年以上らしいから昔はもっと格好良かったのかもしれない。気持ち悪いから角刈りモアイの若い頃を脳内シミュレーションするのはやめておくけど・・・。



ただ、大半の女性が角刈りモアイを邪険にしても中には角刈りモアイが良いと思ってしまう残念な女性も存在するらしく、なんと角刈りモアイは妻子持ちだった。


左手の薬指にはしっかり指輪がはめられており以前、誰もリクエストしていないのに勝手に家族写真を持ってきてわざわざクラスメイト全員の席を回って見せていた。



しかも奥さんが結構可愛いという・・・、ホントにこの世の中どうなっているのか不快な謎で満ち満ちている。


まぁ・・・散々ボロクソな評価をしてきたが要約すると梅雨と同じくらい大嫌いな教師ということだ。


最後の最後まで彼に対してフォローが何もないというのはそれだけこの教師のヤバさを物語っている。その証拠としてさっきから角刈りモアイは教卓をバンバン叩きながら絶叫し続けていた。


バンバンバンバンバンっ!


「貴様ぁ!!これで宿題未提出、何回目だぁ!??」


《そりゃ忘れたくもなるよ・・・》


倫理の宿題は毎回プラトンやらソクラテスやらの思想家だか哲学者だかに関するレポートをA4用紙10枚以上提出しないといけないという意味不明なモノだった。



ネットがなければそんな実在したかどうかも分からない酔狂な妄想家たちの情報なんて集めることすら不可能だし、宿題のたびに学校や市の図書館まで行くなんてバカげてる。


そんな非効率で面倒な行為は勉学ではなくただの拷問だ。

そんなヤツらのことを調べる暇があるなら英単語を覚えるか健康のために睡眠時間に割いたほうが何十倍もマシだと思う。



《・・・私もよくこんな怒号の中で未遂とはいえ居眠りできたな》


我ながらちょっと感心した。


私は中等部の頃から日本の教育において1番無意味な科目は古典だと信じてきた。


古文・漢文を読めるからどうだとか読めないからどうだとかそういうレベルではなく、人生においてまず最初に切り捨てるモノ、それこそが古典であると。


『無駄だと思うのは活かし方を知らないからだ』と難癖をつけてくる者もいるかもしれない。しかし、古典はそれ以前の問題だと断言する。


そもそも好き好んで日常生活で古文や漢文を使って家族や知人にメールや手紙を送る人なんているのだろうか?


イヤ、角刈りモアイと結婚した女性がいるように、残念な少数派が存在する以上、古文・漢文で暗号解読のように会話を楽しんでいる人たちもいるのかもしれない。


それについては否定しないし勝手にすれば良いと思う。


仮にいるとして・・・『それで?だからどうした?』で終わってしまう程度の価値しかないのは、もはや揺るぎようのない事実だと思う。



古典の存在意義とは受験生をふるい落とすことのみであり、仕事の面ではなおさら古典に関わる者以外ほとんど無意味であることは否定できない。


このことから私は『古典=日本教育のゴミ』と認識しその認識は未来永劫変わらないと信じてきた。のだが・・・、今年の春、高等部に上がった私は一生揺るがないはずの最低科目ランキングを更新せざるを得ない状況に追い込まれた。



倫理という眠れる獅子が目を覚まし私の前に立ちはだかったのだ。

倫理は有無を言わさず、古典からあっさりワースト1位の座を奪い取ってしまった。



『ワースト1位を奪い取る』という表現は違和感があるが、それくらい不動だと思っていたワースト1位の交代劇は私にとってショッキングな事件だった。


角刈りモアイというマイナス要因もだいぶ影響していると思うけど、仮にマイナス要因を取り除いても倫理を学ぶ意味を微塵も見出せない・・・。


そもそも紀元前という現代と比べて衣食住だけで大変だった時代において毎日汗を流してあくせく懸命に働いていた人たちが大多数の中、戯言や妄言まがいなことしか言わない人間を周りはどう思っていたのだろう。



『あいつは頭がアレだからほっとけ』とか『いいから働けよ・・・』みたいな白い目で見られていたのだろうか?


というかそうであってほしい。



『人間はこうあるべきだッ!!』と声を高らかに叫ぶ前にやることがあるだろうに・・・。


思想家や哲学者のすべてが無職ではなかったと思うけど、今と比べて娯楽が少なすぎたのも影響してるのかもしれない。今で言うコメディアンとかMoooTuberのハシリとしての役割を担っていた可能性は大いにあると思う。


ちなみに言い忘れない内に言っておくと、この角刈りモアイも私のいくつかある悩みの内の1つであることは言わずもがなだ・・・。


まぁ、角刈りモアイに関しては全校生徒の悩みの上位にランキングされていると思うけど。


《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》


居眠り未遂からこの数分間の出来事を冷静に分析した結果、私は思った。


《・・・さっき居眠り未遂のときに、すこぶる調子が良いみたいな評価をしていたけど勘違いかもしれない》と。

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