第56話 〈~アビゲイル視点~〉 選択肢



「やれやれ、だな。

 クレーマー対処ほど面倒な仕事はないぞ?」


 知的そうな鹿の獣人が溜息交じりに呟いた。

?なんだそれは?)


 私の知らない単語を当然の様に使って話している。

 こいつはどこの国の言葉を使ってるんだ?


「マジそれな?」

「僕はああいう自分主義の人は受け入れられませんね」

「そうか?ああいう美人は屈服した時に見せる顔がイイぞ?」

「無駄口叩いていると給料減らされるかも、だぞ?」


「「「マジか!?」」」


 仲間内で勝手にワイワイと談笑している。

 私が1人だからか?

 ...舐めてるな。


 私が飛び出そうとした時、声が掛った。


「赤髪。このまま戦えば、警備兵がくるぞ?

 奴らが来れば、お互いにが?いいのか?」


「私はこの腕輪があるからな。

 逆に来てくれた方がありがたい、なッ‼」


 私は喋りながら獣人どもへと駆けだした。

 だが、鹿の獣人は冷静に語った。


「やれやれ、理解できないか?

 俺達は町長のお抱えだ。

 そしてお前はこの町では謎の女。

 例えば俺達の持っていた腕輪が盗まれ、大々的に使われた。

 さも、俺達が悪者かであるように。

 と、警備兵に伝えたらどうなる?」


「ッ!?」


 私は止まらざるを得なかった。

 もしそう伝えられたらどうなるか分かったからだ。


「それに、俺達は切れるカードを5枚持っている。

 1枚目は今そこにいるお前の...ツレか?まぁ人質だ。

 2枚目は俺達のバック。権力だ。

 3枚目は人数差が5対1。力の差だ。

 4枚目はここの観衆。信頼のなせる支配力だ。

 あともう1枚は...分かるか?」


 

 1枚目はエヴリンのことか。

 人質を取られている以上、

 下手に動けば何をされるか分からん、か。


 2枚目は町長のお抱えという事だろう。

 この町の最大権力者か。

 この町の中では侯爵よりは影響力があるかもしれない。

 私の言葉よりこいつ等の言葉の方が強いって事だろうな。


 3枚目はそのままの意味だろう。

 どれほどの力量かは測れぬが、一番手っ取り早い。

 私が勝てぬと思って言っているのだろう。

 ただ戦うだけなら私は負けないと自負している。問題は無い。


 4枚目は人々の目、か。

 何が悪で、何が正義か。

 決めるのは観衆。信頼がなければ、悪だろう。

 私が何を言っても聞く耳を持ってくれないかもしれないな。

 そうなったらここは私の場所ではない。

 アイツらの陣地という事だろうな。



 5枚目は...多分ユウの事だろうな。



「...奴隷か?」


「やれやれ、正解だ。理解できたか?

 俺達とお前の立場の違いが。

 付け加えて言うと、時間を掛ければ大事なモンが無くなるぞ?

 俺達が売ったモノは今日買い手が取りに来るからな?

 たまたま拾ったモノだったが、少し残念だとは思うぞ?

 アレは綺麗だったからな。

 *********、まぁいい。

 で、どうするんだ?」



 なんだとッ!?

 ユウが、ユウにもう買い手が!?


 今日といってもいつかは分からないのだが...

 もうすぐかもしれないし、

 1時間、2時間後かもしれない。

 

 本当に時間が、ない...?

 

「わ、私は...」


 どうすればいいのか分からない。

 こいつ等を倒してもユウを連れていかれたら意味が無い。

 こいつ等を無視してユウを探しに行ったらエヴリンが奴隷にされる。

 警備兵に事情を言ってもこいつ等が何か言えば時間だけが過ぎる。


 ...私にユウか、エヴリンかをというのか?

 どちらかを奴隷にすると私の判断で決めろというのか?


 もちろん私はユウを選ぶ。

 しかしそれでいいのか?

 エヴリンが私のせいで奴隷になっていいのか?

 今ならエヴリンを奴隷から救えるのだぞ?


 もしユウが無事に見つかって、まだ奴隷になる前だったらどうとでもなるだろう。

 しかし、奴隷となってしまったらもう解放出来ないかもしれない。

 いや、奴隷にされたなら申し訳ないが買い手の者には死んでもらうだろう。


 だが、奴隷の期間は一生消えない傷となるだろう。

 それはエヴリンも同じだ。

 

 私が少女の運命を決めなくてはならないのか?

 いや、可能性という意味ではユウもエヴリンも救える筈だ。


 今回はも探している筈なんだ。

 私はどちらも選べない。


 だから時間が惜しい。

 私は剣を抜いた。



「それがお前の答えか?やれやれ、いいのか?大事なモン」


「生憎、ゾンビの様なストーカーがいるからな」


 私は決めた。

 エヴリンをこいつ等から守り、ユウをアイツに託す事を。


 だが、希望とは偶然として起きるものである。



 ドォォォンンンッッ‼



「な、なんだ?」

「どこからだッ?」

「に、西だッ‼火柱が上がってるぞッ!?」


 観衆のあちこちでざわめき始めている。

 私はその一瞬を見逃さなかった。

 エヴリンの腕を掴んでいた豹の獣人が慌てて手を離したのだ。

 私は足元に落ちている小石を拾い顔へと投げた。


「ぐっ!?」


「エヴリンッ‼逃げろッ‼」


 私の叫びに気付き、エヴリンは咄嗟に逃げ出した。

 そうだ、逃げてくれ!

 全てが終わったら必ずお前を助けるからッ‼


 

 私を睨む豹の獣人はそのままエヴリンを追い、消えて行った。

 周りの観衆も爆音に驚き慌てて蜘蛛の子を散らして消えて行った。


 残すは5人の獣人。

 お互いそのまま見逃す訳にはいかなくなった様だ。


 そもそもこいつ等が事の原因なんだ。

 1発くらいは殴らなければ気が済まない。


 それが私自身で決めた運命だから。

 

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