~エメラルドの少女編~

第36話 旅立ち



 僕達は今後の予定を話した後、そのまま数日間獣人の村でお世話になったんだ。

 そして今、その獣人の村を旅立とうとしていた。


「綺麗なお姉ちゃん、また、帰ってきて、くれる?」


「うん。またいつか帰ってくるからね?元気でね、チコちゃん」


 僕達は村の入り口で別れの挨拶をしていた。

 そこにはパツール村の人達が見送りに来てくれていたんだ。

 生き残りの知らない人まで僕達を出迎えてくれていた。



「この度はお助け頂き誠にありがとうございました」

 毛むくじゃらの老人、羊の元村長さんが礼を言ってきた。


「今度こそ俺が村を守って見せます!ありがとう聖女様」

 ゴリラ男さんは90度に腰を曲げていた。

(せ、聖女様?)


「や、ヤバすぎる、聖女様ッ!ありがとうございました!」

(犬のお姉さん、ヤバすぎる聖女様ってヤバくない?)


「あ、えっと、僕は出来る事をしただけ、ですから」

 (僕、そもそも聖女なんかじゃないんですけどね)



 そしてリスの獣人の女の子チコちゃん。

 彼女は俯いていた顔を上げて走ってきた。


「お姉ちゃん、助けて、くれて、ありがとう。私、ズズッ、お姉ちゃんみたいに、うぅ、なるがらぁッ‼いっぱい、いっぱい、頑張るがらぁッ‼」


 チコちゃんは泣きながら僕に抱き着いてきた。

 その姿に僕もウルウルしてきた。


「ありがとう、チコちゃん。

ズズッ、僕も、頑張るから。うぅ」


 僕は、涙を堪えていた。

 だってチコちゃんが僕になりたいって言ってくれたから。

 チコちゃんの目標でいてあげたかったから。


(それにしても別れって、辛い。

 僕このままここにいようかな?)


「おい。お前ら悪ぃけどもう行くぞ?」


 カインさんの一声でチコちゃんが離れていった。

 その顔は涙でグチャグチャで、凄く寂しそうに見えた。

 その顔を見たら、


(駄目だ、もう駄目だ。

 涙が溢れ出てくるぅ。うぅぅ)


「お前もう少しくらい感情的になれないのか?」


「俺には救わなければならない人々がいるんだ。

 これでも譲歩じょうほしてる」


 アビゲイルさんは腕を組みながら溜息を吐いている。

 カインさんは難しい顔をしながらも僕を待ってくれている。


(僕は出来る事をしなくちゃ、いけないんだよね。

 希も、もしかしたら今絶望しているかもしれないし)


 僕が立ち止まったらいけないんだ。

 出来る事をやらなくちゃ。


 だから僕は村に背を向けた。

 前を見るために。


「...っしゃい、ズズッ、いってらっしゃいッ‼お姉ぢゃんッ‼」


 チコちゃんの声が聞こえた。

 その声は僕の背中を強く押してくれた。

 そんな気がした。


「行って、グズッ、ぎまずぅッ‼」


 

 僕は泣いた。

 辛いから振り返らなかった。

 振り返ったら先に進めそうになかったし。

 それに、いつか必ず帰ってくるから。



 だからそのまま僕達は次の目的地へと歩いて行ったんだ。










 それから数時間程歩いてたと思う。

 僕は今しっかりと前を向いて歩いている。


「ユウ、大丈夫か?一度休むか?」


 次の目的地へと向かう道中アビゲイルさんは心配そうに数分おきに聞いてきてくれた。

 体力はまだ全然あるんだけど、どうにも心配性みたい。


「大丈夫だよ?アビー、さん」


 どうにも呼び捨てが慣れないんだよね。

 年上の人に呼び捨て出来ないのは元日本人だからかもしれない。

(この世界じゃ常識みたいだから早く慣れないと、ね。

 チコちゃんも呼び捨てしてたし)


「んむ?そうか。それと『さん』はなくていいんだぞ?」


「ごめんね?癖なんだよね、コレ」


「まあ、仕方無いな。記憶が無い訳だし、

 ゆっくりとでも慣れてくれたらいい」


「ありがとう、ア、アビー」


(ちゃんと意識すれば僕だって言えるんだ。

 不意に呼ばれたりするとダメだけど)


「そういえば嬢ちゃん。なんで自分の事『僕』って呼んでんだ?可愛いのにもったいねぇぞ?」


(おぅふ。

 言ってるそばから不意打ちですか?

 それに僕が、か、可愛いって?

 不意のカインさんの質問に返答が困るんですけど)


 まー、答えは


「記憶が無いんで、理由が?分かりません」


 ですけどね。

 一応演技で小首も傾げてみた。


「そーだったなぁ。記憶ねぇんだよな」


(これだけで納得してくれる。

 なんて便利な記憶喪失。

 本当に記憶喪失になった人には頭が上がりませんけど。

 この世界では使わせてください。僕の為に)



 そんな事を考えていた僕にアビゲイルさんが抱き着いてきた。

 な、なに?魔物?って思ったんだけど、違ったみたい。

 アビゲイルさんはカインさんを見ていたから。


「ユウ。アイツはだ。相手したら駄目だぞ?」


「え?そうなの?」


「おいおいおいおいッ‼お前何言ってんだよッ!?」


 突然の変態扱いに驚くカインさん。

 でも、カインさんの事よく分かんないから何とも言えない。


「アイツはな、今可愛いのにもったいないと言ったんだぞ?」


「たしかに?」


「おいおいおいおいッ‼お前でも分かんだろッ!?普通『私』だろッ!?」


(まー、普通女の子は『私』って言うよね。

 僕は元々男だから絶対言わないつもりだけど)


「ユウ、初めて腐った雑巾の様に横たわっていたソコのに恵みを分けてやった時の事は覚えているか?あの時そこにいるは私達を見て天上の様に美しい女神が2人も救って下さるなんてこの糞畜生めに神は慈悲を与えて下さったのかぁ~、とかなんとかうわ言を言いながら臭い身体を気にもせず、ゾンビの様にずっと着いてきたではないか。そのが可愛いなぁグへへ、と私達に汚い視線を送ってうめいている。ユウ、アレはどう見ても変態だ。」


「た、たしかに?」


「おいッ!?なんでそんなにツラツラ平然と悪口言えんだよッ‼微妙に内容変えてんじゃねぇよッ‼つか誰がだッ‼お前綺麗な顔してとんでもねぇ悪魔じゃねぇかッ‼」


(う、う~ん?

 微妙に違うとは思うけど確かにずっと着いてきてた。

 訳アリとか言ってた気がするけど、たしかに怪しい気がする。)


「はぁ。次は私なのか?綺麗かどうかは分からんが、お前は見境が無いのか?」


「そうなのッ!?」


「お前の頭に着いてる耳は腐ってんのか?それとも馬鹿なのか?都合のいいトコしか聞いてない...って、ほとんど聞き流してんじゃねぇかッ!?」


 アビゲイルさんは溜息をついてるけど、なんだか生き生きしてる気がする。

 多分カインさんの事は嫌いなんだけどちょっと楽しい、みたいな?

 まだ付き合いが短いから分かんないけど。


 あとカインさんはやっぱり大丈夫な気がする。

 怒ってはいるけど手を出そうとはしてないもんね。

 変態じゃないと、思う。多分。

 カインさんはまだ変態って事否定してないけど。



(んー、でも話題変えないとずっと2人で言い争ってそうだよね? 

 カインさん教えてくれるかな?)


 僕は空気も変えたかったしカインさんに聞いてみた。



「ねぇ?カインさん?あの時言ってたって何?」



 その言葉にカインさんは困惑した顔をして頭を掻いていたんだった。

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