第11話 安静室

「ん、んん? あれ、ここは……?」


 周りにはベッドが何個もあって、カーテンで仕切られている。出入口付近に白い大きな棚。中は色んな瓶だらけ。


 あぁ、ここは妖雲堂よううんどうの安静室かな。まじかぁ。ここの部屋は白で統一されているから、なんだか落ち着かないんだよねぁ。汚してはいけないっていう無駄な気力を使う。


「はぁ……」

 

 あ、横のベットには彰一が寝てたんだ。カーテンが開いてるから寝顔が丸見えだぞ。気持ちよさそうだなぁ。


 頭がぼんやりする。目線だけでずっと周りを見回しているけど、意味は無いね。とりあえず体起こそう。


「────いっ!?」


 えっ。なんか、お腹辺りに鋭い痛みが走ったんだけど。


 おそるおそる掛布団を避け、着ていたパジャマをめくってみた。

 包帯が巻かれている。白いはずの包帯が結構赤く滲んでいるなぁ。相当深い傷がこの包帯の下に刻まれているのか。恐ろしい。


 怖いけど、見たい。


 怖いもの見たさってやつかな。怖いけど、どうなっているのかすごく気になる。

 ────好奇心には勝てない。よし、見よう。


 おそるおそる包帯を解いていく。怖い、でも、見たい。

 ……えい!! 最後の一巻き解いてやったぞ!! さぁ、中はどうなっている!!


 えっと。赤い線がお腹に刻まれてるな。しっかり縫われている。いや、ちょっと待てよ? これは見た事あるぞ。この傷、確か腕が切断された時。そんな時に、なんか見たことがある。


「って、普通に痛いし。なんでこんな事になってんの? もしかして、もう一人の私がまた切断された──とか? まさか、お腹って事は下半身が?! ……やめよう。これ以上考えるのはやめておこう」


 体をわなわなと震わせながらも頭を働かせたけど、これ以上は踏み込んではいけない。うん。思考停止しよう。考えることを放棄しよう。見なければよかったな。


 ────いや、これは確実にもう一人の私が悪いよね?!


「まったくもう!! っつ!! あぁもぉ!! もう一人の私なんてバカ!! 本当にばぁか!! いてて……」


 怒りに身を任せ叫んでたら、お腹に響いてしまった。

 仕方がない。とりあえず隣の部屋にある治療室に向かおう。多分そこには医師が居るはず。


 お腹に衝撃を与えないようにそっと立ち上がらないと。いてて……。抑えながらゆっくり、ゆっくり……。よしっ、とりあえず立ち上がることには成功。安静室を出ることが出来たぁ。

 隣にある治療室のドアを開くと中は白で統一された机や椅子、壁側に目を向けると本棚が左右二つずつ置かれている。


「おや、目を覚ましたみたいだねぇ。では、傷口を見せてもらってもいいかい?」


 治療室の真ん中にある白い椅子に座っている人は、優しい微笑みを浮かべ声をかけてくれた。


 白い髪が歳の割にフサフサと林、目元は黒目で垂れている。そのため優しそうな印象。

 目尻と口元には皺があり、だいぶ歳上なのが分かるなぁ。というか、もう八十近いおじいちゃんだ。


 深緑色の着物を着て、藍色の羽織を肩にかけてる。

 私はこのおじいちゃんに癒されました。


「あの、この赤い線は──」

「おやおや、包帯を解いたんだねぇ。運ばれてきた時は、今にもちぎれそうな状態だったからねぇ。さすがにワシも慌ててしまったよ」


「ホッホッホッ」と笑うおじいちゃん。あの、笑い事じゃないです。


 肩を落とし呆れていると、笑うのを止め昨日の事を軽く説明してくれた。ありがとうございます。


「こちらに運ばれてきた時は、君はもう失血が酷くてね。お腹辺りも乱暴に切断されたらしく、下半身を治すことまでは出来たみたいだけど、今にもちぎれそうな状態だったんだよねぇ。だから、縫っておいたよ」

「あ、ありがとうございます」

「いやいや。これが私達、医療者の仕事だからねぇ。気にしなくてもいいよ。それより、歩いても大丈夫なのかい? 普通の人ならまだくっつ──いや、普通の人なら即死している怪我だったねぇ」


 また「ホッホッホッ」と笑わないでくださいよ。だから、笑い事じゃないです。


「少し見せてもらえるかい?」

「あ、お願いします」


 おじいちゃんはポケットから老眼鏡を取り出しかけ、傷口に顔を近付かせてきた。


「まだ抜糸はやめておいた方が良さそうだね。明日、また来てくれるかい?」

「分かりました。では、私は戻りますね。ありがとうございました」

「いつでもおいで。怪我した時以外でも大歓迎だよ」


 笑顔で私を見送るおじいちゃんに、ドアを開け手を振りながら先程の安静室に戻った。癒されたなぁ。意味の分からないところで笑っていたけど。


 安静室に戻り、さっきまで寝ていたベッドに潜る。はぁ、ベットって、偉大だよねぇ。気持ちいいなぁ。


「大丈夫か?」


 ん? 彰一? 起きてたんだ。いや、声的に今起きたばかりかな。少しかすれた声だ。それに、なんだか弱々しい。どうしたんだろう。


「大丈夫だよ。彰一の方こそ大丈夫なの?」

「問題ない。僕は両腕の肉がえぐれたのと、片足が折れただけだ」

「うん、大丈夫じゃないねそれ」


 ちらっと彰一の方を向くけど、掛け布団で怪我している所を確認することが出来なかった。

 いや、傷が見たいわけじゃないけど。


 彰一は反対の方向を向いているし、表情すら確認することが出来ないじゃん。寂しいぞ彰一よ。


「今回はやっぱり強かった?」

「お前の下半身が無くなるほどには強かったな」

「そっかぁ……。私の下半身やっぱりなくなってたのかぁ」


 彰一の言葉に妙に納得してしまった。というか、まぁ切断されたみたいだし。そうだよね。


「彰一ももう一人の私もそんなに弱くないよね? そんなに強かったんだ」

「違う。僕達は弱かった。相手が強いんじゃなくて、僕達が弱いんだ」


 彰一はモゾモゾと体を起こし、黒い瞳を私に向けてきた。

 先程まで寝ていたからなのか、髪はボサボサで前髪も目にかぶさってる。

 その髪の隙間から私を見る彰一。


 少しかっこいいと思っちゃったじゃん。やめてくれ。


「特級の二人が応援に来てくれたんだが、その二人は一瞬にして怨呪を浄化した。僕達が時間を稼ぐのに精一杯だった相手にだ」


 そう話しながら掛布団を強く握りしめている彰一。自身の弱さに打ちのめされてしまったのか。


 私は戦闘を見ていた訳では無いし、私自身が戦っていた訳では無い。

 私のもう一つの人格が戦っていたのだ。だから、そんな私が今の彰一にどう声をかければいいのか。正直分からない。


「あの、でも彰一。努力すればきっと──」

「まぁ、妖裁級なんだから当たり前なんだけどな」

「強くなれ────へっ?」


 あれ、え? 落ち込んでたんじゃないの?


「彰一、落ち込んでたんじゃ」

「なんで僕が落ち込まないといけないんだよ。僕達は弱いかもしれないけど今回は死ななかった。なら、次の自分に賭けるっつーの」


 そう言って、彰一はまた寝返りを打ち寝息を立て始めてしまった。

 どうやら夢の中に入ったらしい。この一瞬で。さすがだよ。


 って、な、ななな、なんじゃそりゃ!!!

 こっちは心配して!! 心配してやったのに! 損した気分なんだけど?!


「このっ。心配させやがって」


 勝手に心配したのは私だが、それはそれでムカつく。


 もういいし!! 私も掛け布団の温もりに包まれながら寝っ転がるもん!! 寝るし!! 体痛いから寝れるか分からないけど……。


 もう、彰一なんて嫌いだ。ふん、ふて寝してやる。


 目を閉じ、夢の中に入ろうとした時、後ろの方でモゾモゾと音が聞こえた。ん? 彰一がまた寝返りでもうったのかなぁ。あ、寝れそう。

 まぁ、彰一の事はもう大丈夫だろうし、寝よう。

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