第6話 恨み

 ガウァァァァァァァアアアアアアア!!!!


 怨呪の咆哮。耳が震える。脳に直接響かせているような。威圧感が私達を襲っている。どんだけ大きな怨みが集まっているの、どうしてこんなに怨みが大きくなってしまったの。


 ……いや、これは仕方の無いことか。人は、どうしても人を怨まなければ生きていけない。それは分かる、理解している。でも、ここまで集まらなくてもいいじゃん。


 目の前にいる怨呪の見た目は獅子みたいだけど、大きさは周りのお店なんかを余裕で超える。

 簡単に壊せるほど大きい上に、力も通常の数倍、数百倍はあるんだろうな。


 鋭い牙に爪、尻尾は蛇のように太く長い。目は赤く、周りを警戒しているようで、ギョロギョロと動かしている。


 正直、見た目だけ圧倒される。


 めっちゃ怖い、迷子になった時より怖い。実際戦うのはけれど。それでも怖いものは怖い。今すぐにでも逃げたい。流石に逃げるわけにはいかないけど。

 

 うっ、獅子の前足がこんな短時間で赤く染ってる。鉄の臭いが鼻に入り気持ち悪い。

 地面には体が半分潰されていたり、爪が刺さってしまった人。尻尾に吹き飛ばされている人まで居るみたい。壁にめり込み事切れている……。


 もし、私が昼間のうちに擬態している怨呪を見つけることが出来ていたら、この人達は死なずに済んだのだろうか。こんな無残な姿にならなくて済んだのだろうか。


「大丈夫か?」


 あ、彰一に心配されるほど顔に出してしまっていたのか。だめだなぁ、もっと顔に出さないようにしないと。


 しっかりしろ私。ここで悩んでいても意味なんてないだろ。


「正直、だじょばないけど、私達が殺らなければこの村はなくなってしまう。殺るしかない」


 左手を刀の柄頭に置き、そのままずらし柄を握る。ゆっくりと鞘から、水色に輝く刃を引き抜いた。


 あ、いつもの浮遊感。


 あとはお願いね、。お願い、村の人達を、数多く救って──……


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ……──よし、今回はこのデカブツが相手か。入れ替わるのおせぇよ。

 

 ……結構な人が死んでんな。まぁ、戦う力がねぇからどうすることも出来ねぇのか。それはそれで割り切るしかねぇな。

 

 えっと、目の前には大きな獅子(仮)の怨呪。破壊され続けている建物。死体が散乱している地面。隣に彰一。


 うん、いつも通りだな。

 

「んじゃ殺るか、遅れんなよ」

「いきなり変わるのマジでやめろ。どう反応すればいいのかわからん」


 困惑しているであろう彰一の言葉は無視していいな。まずは今以上に近づかねぇと何も出来ない。尾と爪に気をつけながら近づくぞ。


「彰一、俺はいつものように動く」

「了解だ。俺はまず避難誘導を優先する。無理はするなよ」

「…………あぁ」

「おい」


 彰一と共に怨呪の正面まで行く途中。いや、まぁ、当たり前なんだけどよぉ。血なまぐさい臭いが濃くなってきたな。

 視線を合わせないよう、怨呪が俺と反対側を向いている隙に上空へ跳ぶか。


「行くぞ」

「へいへい」


 この村の店の屋根は瓦屋根、頑丈だから思いっきり蹴っても問題は無い。


 膝を折り、怨呪の横顔まで跳ぶ。やっぱり一回では頭上をとることは出来ねぇか、めんどくせぇ。


「てめぇの横顔、少し借りんぞ」


 怨呪の左側の頬に一度刀を刺し、足で短く切られている毛皮を蹴る。よしっ、今度こそ頭上へと行けた。


 右手で持っていた刀を両手で握り直し、顔の横に水平に置く。そのまま、いつものように横回転で切り刻んでやるよ!!


 ガキィィィィイイ!!


「ちっ!! ここまで大きくなっちまったら厳しいか」


 ギリギリと刀を押すけど、意味なさそうだな、まったく斬れる気配がない。刃がかけるわけにもいかねぇし、一度立て直すか。

 くそっ、皮膚が硬いから振動で手が痺れた、うぜぇ。


「前回の蛇とは比べ物にならないな。豆腐のように綺麗に切れたのによ」


 このまま空中に滞在は物理的に無理だし、てめぇ怨呪の頭かりんぞ。バランス感覚は悪くねぇし。


「無理するな輪廻。僕が行動を制限すっから隙をつけ!!」

「器用だなお前、了解した」


 下で逃げ惑う人達を誘導しながら見上げ、俺に指示を出してきたぞ彰一の奴。よく同時にそんなことできるな、俺なら無理。というか、どうでもいい。

 そいつらなんて無視していいだろ。死ぬ時は人間死ぬんだからよ。


 まぁ、俺にはマジで関係ねぇからいいけど。


 一度怨呪と距離を置くため頭を一蹴り、お店の屋根に飛び移る。頭から仕掛けられる攻撃は限られるからここにいる意味は無い。


 皮膚は硬い、俺でも切れるところを探す必要性があるなぁ、ちっ。


 …………ん? え、嘘だろ。俺が空中で身動きが取れない時を怨呪は見逃してくれねぇのかよ。いや、取れない訳では無いが普通になにかされれば風で煽られ──……


「輪廻!! 避けろ!!」

「!!」


 考える間もなく、咄嗟に体をねじり横向きに。彰一の弾丸が真横を通り、怨呪の右眼を潰した。


 おぉ、お見事〜。


 片目を潰された怨呪は距離感覚が失ったのか、俺を引っ掛けようとしていた鋭い爪が横へと逸れた、よし。

 

「よっと!!」


 怨呪の少し逸れた前足に手を付き、勢いを利用して何とか避けることに成功。店の屋根に無事着地出来た。傷つけられなくてよかったわ。


「礼を言う」

「その左右色が違う目って視界どうなってんだ? やっぱり、左は赤、右は緑に見えてんの?」

「今質問することでもねぇし、知るか」


 俺の横に立ち直し、改めて聞く質問じゃねぇだろうが。余裕かよ。


「あのゴミ共はどうなったんだよ」

「ゴミじゃなくて村人な。元々、もう生き残っていた奴らは少なかったから、すぐに逃がすことが出来たよ。混乱してたからお互い押し合いになって大変だったけどな」

「そうかよ」


 もともとそんなに大きな村じゃねぇし、死体の数は軽く二十以上。生きている奴が少ないのは無理ねぇか。

 彰一は表情一つ変えねぇな。もう一人の俺なら泣いてるか。


 本当にめんどくさい生き物だな。もう一人の俺は人が死ぬことを嫌ってるし、少しでも被害を抑えないと戦闘に出なくなる可能性がある。そうなれば、俺が表に出られなくなっちまう。そんなの、つまんねぇしな。


 ※


 俺は簡単に言えば二重人格。一人の人間の中に別の人格が存在している。

 もう一人の輪廻が表に出ている時は、俺は時間を持て余し寝てるから、外で何が起きているのか正直知らん。

 入れ替わる際も、俺は寝ているところを起こされ表に引きずり出される。戦うのは好きだから別にいいが。


 俺が、輪廻の中に生まれた理由は定かではない。だが、記憶の奥底にあるが関係あると考えている。



 母親に虐待され、父親には存在否定された少女。最終的に母の錯乱と恨みによって殺された少女。楽羅輪廻かぐらりんねの恨みの姿。


 それが、俺。


 母と父への怒りや憎しみ。そして、その恨みが俺を作り出し、輪廻の中に生まれたと考えている。


 前までは表に出たくて仕方がなかったから、何度も無理やり入れ替わろうとした。でも、なぜか表に出ることが出来ず、戦闘時のみ輪廻と入れ替わり表に出ることが出来ていた。


 その理由は、輪廻が俺を表に出ないように抑え込めているからだろう。

 何度も挑戦したが入れ替わることが出来なかったから、今は寝て時間を潰していた。正直、暇。


 まぁ、俺を野放しにすれば、怨呪以外も殺しかねないしな。それが嫌なんだろう。


 ほんと、めんどくさい奴。


 ※


「おい輪廻(仮)。お前、弾の入ってねぇ拳銃を使うことできんだろ? 弾入ってねぇ拳銃を」

「…………その(仮)はやめろ。あと、二回も言わんでいいし弾入ってなくても問題は無い。俺が輪廻の力、凍冷とうれいの使い手だ。拳銃を使わなくても使用可能。今すぐにでもあいつの足を凍らせてやるよ」


 さっきから地鳴りや遠吠えがうるさい怨呪。少しでも黙らせてやりてぇな。


「さっきからうるせぇよ、ちょっと黙れ」


 屋根から地面へと降りる。正面には怨呪の大きな前足と爪。全てを凍らせるのは難しそうだが、やってやるよ。


「凍れ!!」


 刀を鞘へと戻し、流れるように何も持っていない右手を前へと出す。何か持っていても出来なくはないが、持っていない方が操作がしやすい。


 前に出したその腕は、俺の意識に応えるように腕から肩までの肌が水色へと変化する。手の周りには氷の礫や雪の結晶が浮き、そこから冷気を勢いよく発生させ、怨呪の足元を凍らせる。


 よしっ、動きは止めることが出来たな。これなら、少しは時間を稼げるだろ。


 店と怨呪の間にある隙間、そこから上へと跳ぶ。

 ここからだと、一発で頭上は無理だし、無駄に膨らんでいる横腹借りるか。


 刀に手を伸ばし、高く飛ぶ。一度横腹辺りに刀を一刺し、また上に。


 大きい体だからか、この程度は虫に刺されたぐらいの感覚なんだろう。全くコチラを見ない。


「大きいと危機察知能力が低下するらしいな」


 今度こそ背中に辿り着くことが出来た。刀はとりあえずお役御免だな。鞘に戻し、代わりに腰に巻かれている白いホルスターから、手に馴染む小型拳銃のグリップを握る。


 輪廻は拳銃が特に苦手だから滅多に使わない。というか、戦闘は俺に任せているから、武器自体使ってないけどな。


 それでも、なんで普段から輪廻が持っているのかと言うと、俺が拳銃の使い手だからだ。

 正直、刀の正しい使い方は知らん。だから、今回みたいに移動手段に使うことが多い。

 

 前回のように蛇を斬る事や、振り回す程度なら可能だが。

 あんなあんな蛇は豆腐だ豆腐。木綿豆腐だわ。


「これで終わりにしてやる」


 怨呪の頭上へと跳び着地。

 落ちないよう気をつけ、狙いはしっかりと定めねぇと。


 俺の狙いは、怨呪の潰れていない方の目。


 目なら、一度前方に飛ばねぇとうまく狙えねぇか。

 怨呪の頭を蹴り、頭を下にし跳ぶ。重力様様だな。


 両手で握っている拳銃は顔まで上げ前方へ。銃口をしっかり、怨呪の左目に狙いを定めた。


「もらった」


 迷いなく引き金を引こうとした──下からの声が聞こえる迄までは。




「避けろぉぉぉぉおおお!!!!!」




 彰一? 何言ってんだよ。今避けるわけには――……


「なっ?!」


 嘘だろ、体が動かん。瞬きすらできない。なんでだ。くそっ、引き金をひけねぇ!!


 ガァァァァァアアアアア!!!!


 いや──いやいやいや。待てや。ふざけんな。何、俺を食おうと口を開いてんだよ。

 美味しくいただきまーすってことかよふざけんな。


 どんどん近づく怨呪の大きく開かれた口。


 あ、終わった。


 指一本動かすことが出来ない体ではどうすることも出来ず、ただ食べられるのを待つことしか今の俺には、出来ない──……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る