第4話 首飾り

 ○×年 8月○×日。朝五時。


御影みかげ村に怨呪えんじゅが現れたらしい。そんで、今回は僕とお前だ。行くぞ」

「今回"は"じゃなくて今回"も"でしょ」


 ※※


 朝、日頃の疲れを取るためベットの中で気持ちよく寝ていたら扉からノック音。無理やり重くだるい体を起こし扉を開けた、んだけど。そこには誰もいない。

 眠気まなこを擦りながら、ふと地面に視線を向けると、茶封筒が一枚置かれていた。


「何これ」


 おそるおそる拾い上げ中を開いて確認したら、うん。彰一からだった。


『依頼が来た。中央階段に集合』


 と書かれていたんだ。

 …………挨拶とかそういうのはないんかい。まぁ、良いんだけどさ……。


 軍服に着替えて真っ直ぐ階段に向かうとそこには、階段の下から二番目に座って待っている、彰一の背中。

 そこから先程の会話になるのだが──



「私、なんで彰一との依頼が多いんだろう」

「知らねぇよんなもん。さっさと行くぞ」


 私の言葉を切り捨てないでよ。って、置いていこうとしないでよ彰一!!!


「まっ、待ってよ!!」


 ※※


「ここが御影村。今は何ともなさそうだね」

「あぁ、だが必ずどこかに潜んでるはずだ。もしかしたらなにかに擬態してる可能性もある」


 怨呪は自分の体を自由に変化させることができるんだっけ。まぁ、だからこそ、様々な形が存在するのか。

 とりあえず、中に入る前に少し周りを確認したいな。


 村の出入口には大きな木製の門が建てられ、右側には木のプレートが引っかかっている。


『ようこそ御影村へ。ゆっくりしていってください』


 と、丸文字でこのように書かれていた。可愛い字だなぁ。


「気配は全く感じねぇけど。とりあえず中に入るか」

「そうだね」


 彰一の言う通り、怨呪の気配は一切感じない。けど、とりあえず警戒だけはしておいた方が良さそうだね。私達が気づいていないだけかもしれないし。


 



 中に入って少し歩いているんだけど、沢山の人が居て、お店があって。活気ある村だってことはすぐにわかった。いろんな店が沢山あるし、普通にお買い物を楽しみたいなぁ。

 野菜を売っていたり果物が置いてあったりと。お買い物が大好きな私にとって、ここは天国。楽しそうだなぁ。


「…………食べたい」

「飯は怨呪を倒してからだ」


 まぁ、だよね。少し残念だけど仕方がな――ん? 何だろう。人込みに紛れているからわかりにくいんだけど。何かが体に突き刺さる。針でツンツンされている感覚だ。どこから感じているんだろう。


「もしかして、あの小さな…………」


 近付いてみると影に隠れた小さな店──いや、お店ではないかな。小さな椅子と青いシートの上に様々な商品が置いているだけだ。

 その小さな椅子には、大きなフードで顔の上半分を隠した、八十くらいのおばあちゃんが座ってる。口元しか見えていないから本当におばあちゃんなのかは分からないけど。


 少し不気味な雰囲気を醸し出しているおばあちゃんだなぁ。ちょっと近寄り難い。それに、まるで、このお店だけ周りの人には見えていないのか、皆避けて歩いているように見える。


 なんでだろう。まぁ、このおばあちゃんはただ売っているだけだろうし、あまり気にしなくてもいいのかなぁ。


 わぁ。綺麗な物がシートの上に沢山ある。首飾りや耳飾り。髪飾りもある。ここは女性向けのお店なのかな。ずっと見ることが出来そうだなぁ。


「すごい綺麗――ん? これは?」


 太陽の光を反射し、綺麗に輝いている首飾り。なんか、すごく引かれる。なんだろうこれ。


 吸い込まれるように、その首飾りへと近付き手に持ってみる。

 楕円状の、ほかと何の変りもない首飾り。少し錆びているように見えるフレームには、赤色の宝石が嵌っている。模様などは無くシンプルなデザインだ。

 もっと飾りが付いていても可愛い気がするんだけど。まぁ、シンプルが好きな人もいるし私も嫌いじゃないけどね。


 またシートに戻そうとしたんだけど、なぜか気になってしまい戻すに戻せない。

 まるで、離さないでと訴えているような感覚に気持ち悪さを感じる。今すぐにでも離したいけど、離してしまえば後悔する。そんな気がしてたまらない。


「これ……」

「そちらが欲しいのですか、お嬢さん」


 店番をしているおばあちゃんが渋く少し掠れた声で話しかけてきた。

 顔を上げたから目元も見えるかなの思ったんだけど、なぜか黒い布で隠しちゃってる。


 ────あれ、なんで目が隠れているのに私が女だってわかったのかな。


 まぁ、今はそれよりこっちの方が気になるなぁ。この首飾りなんだろう。何か宿っていたりして。


「そちらが欲しいのなら、タダであげるよ」

「えっ、でもこれ売り物なんじゃ──」

「もうこのお店は閉めるからね。売れ残るのも可哀想だ。お嬢さんのように綺麗な方が持っていた方が、首飾りも嬉しいだろう」


 綺麗と言われて嫌な人はいない。というわけで、私は少し嫌な感じもするけど、離せないし仕方が無いと思い首飾りを頂いた。そして、なんとなく首にかけてみたくなり、付けてみる。

 光に反射し、綺麗に輝いている水色の首飾りが私の胸元でゆらゆらと揺れる。それを見ていると、先程までの怪しい雰囲気は嘘だったのかと思い始めた。


「ありがとうございます。おばあちゃん」


 優しいおばあちゃんに一礼して、ウキウキと軽くスキップしながら彰一の所に戻ろうとした。


 したん、だけど。


「あれ、彰一? 彰一どこ?」


 え、どこにもいない? 知らない人ばかりが前を横切る。前も後ろも。知らない人ばかり。

 も、もしかして…………。


「迷子、になっちゃった……?」


 嘘嘘嘘嘘。もう二十二になって迷子とか冗談じゃないんだけど。待て待て待て。

 普通に怖い。この村は初めて来るから土地勘なんて全くないし。普通に怖い。


 は、早く彰一を見つけないと!!


 その場から移動して、何度も何度も周りを見たり、ジャンプして遠くも見ようともしたんだけど、さすがにこんな人混みで思いっきり飛び跳ねるのは危険だし出来ない。

 ぶつかってしまえば怪我させてしまうし。


「嘘でしょ。ちょっ、彰一ったら!!」


 何度叫んでも彰一の声は聞こえない。


 やだ、怖い。普通に怖い。怨呪と戦うより怖い。

 一人は、いやだ。体が拘束される感覚になるから。それに、視線を感じる

 誰も見ていないはずなのに、私を逃がさないように監視しているような。そんな鋭く、いやな感覚。殺気に似た何か。心の奥底に沈んでいるはずの何か。それが私を縛りつけようとする。


 足から力が抜ける。周りを見たくない。逃げるように膝に足を埋めてしまう。周りの音を遮断するように両耳を抑えても少しは聞こえてしまう。


「い、いやだ。どこ。助けて、彰一……」


 知らない視線、人の声。いろんな音が聞こえる。

 もしかしたら、この中に私を殺そうとしている人が…………。




『貴方さえ居なければ』





「ひっ!!」


 いやだ。いやだ。知らない、知らない。こんな声知らない。人を怨み、憎悪しか感じない女の人の声。

 知らない、知らない。私は何も知らない。わからない。


「私は、望んだわけじゃない」


 ――――私は、生まれてきたかったわけじゃない








「何やってんだよお前」






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