第2話 妖殺隊士
○×年 8月○×日。
『……――ら。……
「楽羅、了解』
耳に付けている伝達機から聞こえる声。いつものように返事をしながら走り、腰に差している刀に左手を添える。
ちっ、気配がどんどん大きくなってんな。だからか、血の匂いが俺の所まで流れて来てる。ちなまぐせぇ。
長屋の瓦屋根は
「今回の怨みは小さそうだな、すぐに終わらせられるといいが……」
助けながら戦うの苦手なんだよ、仕方がねぇが……。
お。まだ距離はあるが、討伐対象を目視できたな。
今回の討伐対象。見た目は大きな蛇で、銀色に輝く鱗を纏ってやがるな。それだけならただの蛇だが、頭が三つあり、その顔はそれぞれ悲しみ、喜び、怒りの表情を浮かべてる。
目は黒く、舌は細長い。体をズルズルッ──と引きずりながら、村人達に襲いかかり捕まえてる。
捕まえた村人をどうするか……あぁ。それも今までと同じくそのまま口の中に入れて丸呑み……か。って、丸呑みかよ。せめて意識を失わせてからにしてやれよ。怖いじゃねぇか。
「た、助けてくれぇ」
「なんでこんな……」
「おかぁさぁ〜ん……怖いよ〜」
ちっ、混乱で人と人が逃げ場をさえぎってやがる。お互い先に逃げようと押し合い状態。
これが人、人間の本質だ。だから、人間なんて嫌いなんだ。自分のことしか考えられねぇ独善野郎どもが。死んだ方がましなんじゃねぇの? まぁ、俺は言われたことをやるっきゃねぇけどよ。
助けられる人間は助け、いち早く怨呪を浄化する。それが俺達のやる仕事。
めんどくせぇが、やるしかねぇ。早く。もっと早く走らねぇと。
村の奴らは周りを気にする余裕ねぇから、動けない奴から次々と食べられる。
怨呪の口からは赤色の液体が落ち、お腹辺りが膨れていく。それでもまだ足りねぇのかよ。また人を追いかけ始めやがった。
「助けてっ──」
次に狙いを定められたのは泣いている少女。
親とはぐれたのか。動けずにその場に座ってカタカタと体を震わせている。絶好の餌じゃねぇか。
ほぅら、狙いを定めやがった。
涙と鼻水で顔が汚れてやがるガキは、怨呪を見上げ頭を抱え助けを求めるように叫ぶ。
「いっ、嫌だぁぁ!!!」
シャァァァァァァアアアアアア!!!
おい、待てや。そのガキに伸ばしている
膝を折り、上空へと跳ぶ。やっぱり、上から叩きつけるのが一番だな。
勢いを殺さないよう、腰に差されている刀を右手で引き抜き頭の上まで。よしっ、いつも通り、斬ってやる!!!
────ザシュッ!!!
豆腐みてぇに柔けえな、簡単に切れた。なんのための鱗だよ。
「よっと」
やっぱり、地面に両足ついてっと安心するな。安定感。後ろから重い何かが落ちる音と、舞い上がる土埃が俺の髪を揺らして視界が狭まる、邪魔くせぇ。刀で切るか……。いや、ダメだな。もう一人の俺がクソうるせぇ。
とりあえず、一気に三本、斬ることが出来たな。
シャッ──ガッ──シャガッ
「醜い呪いの化身。怨みの吐きどころを間違えるなよ」
泣いているガキは、まぁ。当たり前だが驚きの顔を浮かべ俺を見上げている。
あーあ……。涙と鼻水で顔が汚いことになってるぞ……。触れたくねぇな……。まぁ、そんなこと言ってる場合じゃねぇけど。
ひとまずこいつを抱えて離れねぇとなんねぇな。
「お、おねぇ……ちゃん」
ガキには俺がお姉ちゃんに見えるのか。少し嬉しいじゃねぇか。
まぁ、見た目は
「怨呪とは人の憎しみや怒りといった想いが集まった集合体。今回のは頭が三つ、そうか──周りに無視され続け一人だったのか。だから、顔が三つねぇ。確かにそれだったら一人には絶対にならないな」
シャァァァァァアアアアアア!!!
三つの首をブンブンと振り回してんじゃねぇわ。口から赤い血が首を振る度飛び散ってんだろうが気持ちわりぃ。鼻が曲がるわ。
うえぇ、血なまぐせぇ。あれだ、魚を解剖する時の匂い。
「気持ちわりぃが殺るしかねぇか」
シャァァァァアアアアア!!!
怨呪の狙いが俺になっている間に、ガキを他所に置かねぇと。
「おら、そこで待っとけ」
「え、お姉ちゃん、行くの?」
怨呪と距離を空け、離れたところに下ろすと俺の袖を掴んできやがった。不安なのはわかるが、俺と一緒にいても怖いだけだぞ。今から斬りに行くんだからな。
「安心しろ、俺があの化け物を斬ってやっから」
ガキは頭を撫でるといいんだったか? ほれ、撫でたるわ。
あ、髪がぐしゃぐしゃ……まぁ、いいか。ても離れた事だし、俺は戦闘に戻るぞ。
さぁて。俺の愛刀はまだ、怨呪の血を欲しがってる。殺りに行きますかぁ。いや、俺の……では無いけどな。刀の使い方なんぞ知らんし。
「お姉ちゃん……目……」
「ん? あぁ、俺の左右非対称の目か。見たことねぇからびっくりしただろ。安心しろ、ただ目の色が違うだけだ」
初めて見たら驚くわな、今はどうでもいいけど。
また、怨呪に近づかねぇと。今度は、胴体を殺してやる。
地面はしっかりしているし、これなら思いっきり蹴っても問題は無いか。直ぐに近づいてやる。
……──ん? あっぶね?!?!
おいおい……。走っている途中に横から尻尾を振り回すなんて有り得ねぇだろうが。目の端に黒い何かが映りこんだから咄嗟に上に飛び回避出来たが……。
「…………まぁ、ここまで近づけたら問題ねぇな」
────ダンッ!!!
ひとっ飛びで図体が大きいだけの化け物の頭上をとることが出来た。このままさっきと同じように斬り落としてやる、この豆腐蛇が。
顔を上空の俺に向けても意味は無いぞ。もう、俺の準備は整ってるからなぁ。何をしても無駄だ。
腰に差されている刀に手を伸ばし、引き抜く。
月明かりを反射し輝いている刀に、俺の顔が映る。あいつの手入れが行き届いている証拠だな。
女の体じゃ力が足らなさすぎるか。胴体は太い、さっきみてぇに片手で斬ることは難しそうだな。なら、両手で切るだけか。
今更口を大きく広げても無駄だ、バカ蛇。口からなんか出てくるならまだしも、お前にそんな能力はないだろが。
両手でしっかりと握った刀を、水平にして構える。そのまま体を回転させれば、
ぜってぇ、殺してやるよ。
これは慣れてっから回転していても視界ははっきりと映る。地面がどんどん近づいてくるな。
まず、泣いている顔からだ。
「一人で寂しくて泣いてんなら、友達作りやがれ。それが無理なら一人で生きる覚悟を決めりゃよかったんだよ!」
噛みついてくる口を回転力を利用し、口から胴体に沿うようにして切り刻む。
抵抗もなく切れていく怨呪の体。首の根元までこのままいければよかったが、まだ首は二本残ってる。
右側の喜んでる首が上空から大きな口を開けて落ちてきた。
「横が駄目なら上からってか、残念ながら意味はねぇよ」
右から左へと振りぬいた刀を、刃を上にして逆手に持つ。狙いは、開かれた口の真ん中。
「下から上にだって、二枚おろしはできるんだぜ?」
喜んだ首の口が地面にぶつかるより早く、地面を蹴って飛び上がる。下から上に、刀は抵抗なく首を切り裂いて行く。
「喜びってのは他人と共有した方が、何倍も楽しいんだよ。覚えとけ!」
そして、その瞬間を待っていたかのように、怒った首が噛みつこうと迫りくる。
「その怒りはな、他人に向けるもんじゃねぇ」
喜んでる首を蹴って、怒ってる首の頭の上に着地。怒ってる首はそのままの勢いで、喜んでる首に噛み付いた。
「弱い自分を奮い立たせるために向けるべきだったんだ!」
頭に根元まで突き刺した刀を、姿勢を低くして握り、首の上を走る。左右に切れていく首を尻目に胴体まで辿り着き、地面に着地っと。
「六等分くらいにはなったかぁ? つーか、こんなに斬ったにもかかわらず、なんで蛇型の怨呪はモゾモゾ動いてんだよ、きもちわりいなぁ」
縦横、左右に斬られた首は。それでもなお動くことを辞めない。
正直に言おう、気持ち悪いと。
「お前には回復能力は存在しねぇんだから、戻そうと動くなよ」
どうせ産まれたばかりの怨呪などでは、体をくっつけることや回復など出来やしないのだから。
「まぁ、もう限界だろう。すぐに浄化してやるよ。安らかに眠れ」
いつも大事にしまっている、真珠のような丸い玉を左胸にあるポケットから取り出し、怨呪へと投げた。すると、いきなり玉は光だし怨呪を包み込む。
その光は徐々に小さくなり輝きが落ち着いてくる。そして、中からは小さな蛇が切られて死んでいる姿が三匹現れた。
「ふぅ。ほんと残酷なものだな」
人だろうが動物だろうが、死体ってのはいいもんじゃねぇ。気持ちわりぃ。
「──怨みは浄化。恨みは制圧。我々、
いつものように呟き両手を合わせる。毎回、こんなことする意味がわかんねぇわ。でも、やんねぇとうるせえ奴がいるしなぁ。はぁ、形だけでもやっておかねぇと……。
………あぁ、時間か。意識が闇の中に沈んでいく。ちっ、もっと暴れたかったが、仕方がねぇな。
今回は、これで
・
・
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・
・
「────終わったのね。今回も被害がすごいなぁ」
いつもの浮遊感。入れ替わることが出来たということは、戦闘は終わったってことね。
…………酷い光景。死体が沢山転がってる。それに、長屋も一部崩れているし……。一部と言ってもドアだけとかではなく、壁が崩れていたり、屋根が吹き飛んでいたりと悲惨な状態になっているなぁ。もう、住めないだろうね……。
もっと周りを見回すと、死体の数が指で数えられないほど多い。
上半身がなかったり、お腹を抉られていたり、片足が転がっていたりなど。見るに堪えない光景だ。
もっと、強くならないといけないってことか。早く帰って特訓しよう。
血の匂いを洗い流すように涼しい風が吹いている。このまま、全てを洗い流して欲しい。
……ここに居ても仕方がないな。とりあえず、村から出よう。
「輪廻!!」
あ、この声──
「
深緑色の軍服を着ているってことは、私と同じ任務帰りだったのかな。私の方に近づいてきている。
あ、瞳が少しだけ揺れてる。そりゃそうだよね。こんな光景、見るに堪えない。私なら、目を逸らしたくなる。
彰一が手を合わせてる。私も、合わせよう。
「……また、一つの村が失ったのか」
「そうみたい。でも、多くの人は失ったけど、助かった人もいる。私はこれからも守れる人達には手を差し伸べていくよ。今の私は人間でもなければ、倒したのも私では無いけれど──」
合わせていた手を横に戻し、腰に差されている刀の柄に手を置く。私の手に馴染んでいる、長い付き合いの愛刀。これからも、一緒に頑張ろう。助けられる人を少しでも増やすために。
……早く寮に戻ろう。助からなかった命を背負いながら、私達の寮へ──
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