第14話 猫に嫌われる女 後編

「?? どういうことですか? 私はただ普通にトニと仲良くなりたくて遊ぼうとしただけなのに」


 エスティにとっては「ただ普通に」接しているだけなのになぜ駄目なのか? 意味が分からなかった。




「エスティ様は「猫は猫嫌いによく懐く」という話を聞いたことはありませんか?」


「えーと……どこで聞いたかは正確には思い出せないけど、似たようなことは聞いたことがあるわ」


「猫は基本的に単独行動をする生き物です。なので『積極的に』関わろうとすると『敵』だと認識してさっきのように威嚇いかくするようになってしまいます。


 むしろ『消極的』な方が『敵ではない』と思わせることで懐くようになります。猫は猫と距離を置きたがる猫嫌いの方に懐くというのはそういう理由があるからです」


「へぇ……そうなんだ」


 エスティにとっては目からうろこだった。




「それに近くで鈴を鳴らすのもダメです。猫の聴覚というのはとても優れていて、研究では人間の足音を聞けばそれが誰なのか簡単にわかる。という位には優れています。


 なので近くで鈴を鳴らすと「うるさくて不愉快な奴」と思われて嫌われる大きな原因の1つになってしまいますよ」


「ええ!? これもダメなの!?」


 エスティにとっては後頭部をハンマーでガァン! と殴られたような衝撃だった。これが嫌われる行為だなんて微塵みじんも思っていなかった。




「それと、トニと言いましたっけ? 猫の世話をしているのは誰ですか? おそらくはメイドにやらせていると思うのですが」


「!? な、何で分かるの!?」


「そうだろうと思いましたよ。仲良くなりたいのなら食事やトイレなどの世話をきちんとやってくださいね。毎日欠かさず、です」


「うわぁ。めんどくさそう」


「エスティ様、信頼関係というのは積み重ねです。それは人間同士でも動物相手でもそうです。特に貴女あなたは信頼関係が崩れた上での再出発です。


 それはゼロからのスタートではなく『マイナス』からのスタートです。他の家族以上に根気強く信頼関係を築かなければ一生このままでしょう。


 こればっかりは私が代行するわけにはいきません」


「……」


 エスティは黙ってマークの話を聞く。その目は真剣だった。




「動物、特に人間と共に生きる道を選んだペットというのは正直者です。


 嫌なら嫌だとはっきり言うし、人間みたいにおべっかは言いませんし、王相手だろうが平民相手だろうが平等に接します。


 エスティ様、ペットというのは常に真剣勝負です。ペットを飼うには色々な覚悟が必要です。貴女にはその覚悟がありますか? 無ければ猫との生活は諦めてください」


「大丈夫です。私、やります!」


「エスティ様、その初心、忘れないでくださいね」


 マークは振り返り、エスティの父親と話を始める。




「私に出来ることはすべてやりました。あとはお嬢様次第となりますね。信頼関係、特に動物とのそれを築くのはカネでどうこうできる物ではありませんからね」


「うーむ……分かった。ただし1年以内に効果が出なければカネは返してもらうぞ。いいか?」


「分かりました。それで行きましょう。大丈夫だとは思いますがね」


「エクムント、と言ったか? ギルドにはクエストは無事終ったと伝えておくよ。後で報酬を受け取ってくれ」


「かしこまりました。では失礼します」


 エクムントとマークの2人はそう言って屋敷を後にした。




 ギルドで報酬を受け取り山分けした後、マークは金貨を小銭入れの袋に詰め、それを上下に振る。チャリン、チャリン、と銭の音が鳴るのを聞いてうっとりとした顔を浮かべる。


「ああ~~~~やっぱり金貨の音は良いわ~~~~銀貨や銅貨じゃどうしても出せねえんだよなぁ~~~~」


 心の底に響くようなその音は、彼にとってはフルオーケストラによる演奏で奏でられる楽曲にも相当する、心地いい音色だった。


 そんな相方を見てエクムントはハアッ、と大きなため息をついたという。


「満足ですか?」


「いやぁ満足も満足も大満足だよ。やっぱり金貨の音は最高だぜ。今回も仕事を紹介してくれてありがとな。んじゃな」


 そう言って彼の身体が半透明になり、消えていった。召喚された場所に戻ったのだ。




1ヶ月後……


 今までメイドに任せっきりだったトニの世話をエスティがやることになって1ヶ月……変化が現れた。


「……」


 それまでエスティを見たら警戒していたのにそれが無くなった。少なくともうなり声をあげることはしなくなった。


「エスティ、どうやらトニちゃんはあなたの事を警戒しなくなったわよ。成果は出てるみたい」


「!! 本当ですかお母様!?」


 それは彼女にとってとてもうれしい変化だった。




さらに1ヶ月後……


「トニ、ごはんだよ」


 エスティはエサであるくず肉を手に乗せてトニに差し出す。すると……トニはエサを食べ始めた。


 さらに手を舌で舐め、ゴロゴロとノドを鳴らし、くつろいだ様子を見せる。その光景に、彼女は涙をこぼした。


「……よかった。本当に良かった」


「エスティ、頑張ったわねあなた。トニもすっかりあなたの事を認めたみたいね」


「うん……良かった……本当に……」


 その後、彼女は嫁いだ先でも同じことをやって猫に認められ、信頼を勝ち取ったという。




【次回予告】


今度の依頼は地竜ワーム討伐……。エクムントの人材をもってしても難度が高いクエストだ。


第15話 「地竜討伐 前編」

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