長生きはいいけど、長すぎるのは無理!

こいち

死なない体

第1話 序幕① 素朴で小さな村にて

「せんせー!ボールとってー!」


『せんせー』と子供に呼ばれた男の足元にコロコロとボールが転がる。

片手に今日の昼食に使うであろうパンの紙袋を抱えながら、男はもう一方の空いている手の人差し指をくいっと上げる。

不思議なことに水気のない場所にも関わらず、ボールの下から小さな水柱が立つ。吹き上げられた水の上にボールがぷかぷかと浮かぶ。


「了解。投げるぞー、ちゃんと取れよー!」


今度は指を軽く前に向かって弾く。すると、水は鞭のような形に変幻し、ボールは指が差す方向に弾き飛ばされた。

高く頭上を飛んでいくボールを目にした、子供達は一斉にボールに向かって元気よく走っていく。「ありがとー」と返す子供に手を振って、男は子供たちと真逆の方向へ歩み始めた。


ここは素朴で小さな村。

必要以上の明かりも建物もない。森の中にひっそりと佇む平和な村だ。質素な木材で作られた小屋のような家が並び、所々に畑や牧場が広がる。

週に一度、街から商人がやってきて、彼らが育てた家畜や農作物を買いとってくれる。多くの収入は見込めない。ただ高望みさえしなければ、心は裕福に生きていける。

そんな村に住んで早4年、男…いや、「ニース」は、村の住人として順調に受け入れられていた。


「ニース先生…ごほっ…今日はもう診療してないのかい?」


50代くらいの男性が窓越しからニースに話しかける。少しだけ顔色が悪そうだ。咳、軽い鼻詰まりの症状が見られる。


「いや、まだやってるよ。」

「パン持って…ごほっ…帰る感じだから悪いと思ったんだけど…一個だけ相談させてくれねぇか?」

「これはヘンリーおばさんからの治療のお礼で今は帰宅中。特に急ぎの用事はないよ。…どうした?」

「昨日から悪寒が止まらなくってよぉ…。ごほっ、ごほっ…風邪か何か引いたみたいで、診てもらいたいんだ。」

「いいけど、次はもっと早く相談しろよ。」


男性は「悪い、悪い」と言いながら窓を閉める。ニースはため息をつきながら、男性の家のドアを開ける。

防犯意識のない田舎の村で家に鍵をかける人間はまずいない。それを知っているニースは悪びれることなく「お邪魔するよー」と言いながら、男性の家に侵入する。

何度か咳をしながら顔色の悪い男性は手作り感の高い椅子に腰掛けていた。動くたびにガタガタと揺れる質素なテーブル上に、ニースはパンを置いて男性の前に立つ。


「じゃあ、早速だけど『診る』よ。」


ニースが「診る」と言った瞬間、彼の瞳には男性の体を流れる青色の脈が見えるようになる。

その流れる脈のことを『魔力の循環』とニースは呼んでいる。

これで人の目には映ることはない微弱な魔力の変化を読み取ることができるようになる。

ここで分かったかもしれないが、ニースは医者を生業にして生きている。

得意の水魔法と治癒魔法を同時に発動させ、患者の治療を行う。魔力の循環を見ることのできるニースは、一部の専門的な治療だけでなく多岐にわたって治癒を行うことができる。

所謂、万能系治癒魔法だ。

この風邪気味の男性を例にあげて、ニースの治癒魔法について見ていこう。

血管を通して血液が身体中を流れるように、魔力も同じように体内を循環している。

ドクンドクンと脈打つ魔力の循環をじっくりと眺めていると、自ずと滞っている場所を見つけることができる。

その部分にニースが得意とする治癒の魔力を流すことにより、魔力の循環は正常に流れるようになる。

これが治癒魔法だ。

男性の場合、魔力の流れが滞っていた場所は喉付近。つまり喉からきた風邪だ。最近は寒くなってきて、空気が乾燥してきたせいもあるのだろう。


「おぉ!体が軽くなった!悪寒もなくなったぜ!」

「そりゃ良かったね。ただの風邪だったから良かったけど、違う病気だったら危うくお陀仏だったから、何度も言うけど次回はもっと早く相談しろよな…。」

「面目ねぇ」

「ま、独り身じゃ早く相談も何もできないか。早く良い人見つける方が先だな。」

「自分もいねえくせに人生の先輩に良く言えたもんだ!」

「はっ…『人生の先輩』…ね」

治った途端、男性はニースの悪態に対して文句が言えるほど元気になっていた。

「それだけ元気があれば十分だね。それじゃ、引き続きお元気で。」


机の上にあったパンの袋を取り、ニースは男性の家から出て行った。

10分くらい時間が経過した。男性の家に新たな訪問者が来る。

ドンドンとドアを叩く音が聞こえたと思うと、ドアがガチャリと開く。


「邪魔するよー。」


と、遠慮なく入ってきたのは、男性と同じくらいの年の女性だった。


「ありゃ?先生さんは?さっきこの家に入ったって聞いたんだけど。」

「俺が許可してから入って来いっつんだ!遠慮を知れ、ババア。っつーか、俺さっきまで病人だったんだけど?先生より俺を心配しろよ!」

「なんであんたなんか心配しないといけないのさ。どうせ布団もかけずに泥酔して寝たら風邪引いたってのがオチだろ?」

「う…ぐっ…」


図星を突かれたのか、男性はぐうの音も出ない。女性は「で、先生さんは?」と、男に詰め寄る。


「…先生はとっくの前に俺を治療して、帰ってったぜ!」

「あー、そうかい。もういっちまったのかい。邪魔したわね。折角、先生さんに良い人紹介しようとしたのに…。」

「世間話かよ!お節介ババアが。」

「世間話じゃないと、先生さんに紹介できないじゃないか!毎日、村のみんなの体を治して忙しそうだから、こういう時じゃないと声もかけられないのさ。体も悪くないのに先生さんの家になんか押し掛けられるか!」

「俺の家には遠慮なく入れるくせに…どこに気を回してんだか…」

「隣村に住む娘なんだけどねー。中々良い子なのよ。先生さんくらいの年だし、丁度いいと思うのよ。」

「そもそもその手の話は先生は嫌うじゃねーか。この村に住む若い娘たちは全員断られたって話を聞くぜ。」


近しい間柄なのか、男性と女性はしばらく世間話をする。いつの間にか女性は男性の近くにある来客用の椅子に腰をかけていた。


「それにしても…4年前にフラーっと現れた先生が、まさかこんなにも素晴らしい人とは思わなかったぜ…」

「顔もなかなかのイケメンなんだし、都会に行って稼いだ方が良いとは思うんだけどね。なんでこんな田舎の何もない村に来たんだか…」

「いや、田舎じゃなきゃいけない理由もあるそうだ。」


男は急に声のトーンを落とし、真剣な表情で女性に話をする。


「たまに来る商人の男から聞いた話なんだがな、噂によれば…治癒魔法を使う人間は、人の魂を使ってるとかなんとかって言ってたぜ。」

「え!?そうすると、私たちの誰かの寿命を削って先生さんは治癒してるってことかい?」

「噂だ、噂!信じるな!先生がそんなことするわけねーだろ!俺たちみたいな老いぼれを人様の命削ってまで治すバカじゃねーだろ!」

「確かにね…。メリットがなさすぎるわ。」

くだらない話を聞いたと言わんばかりの顔をして女性はため息をはき、男性の家のぼろい天井に目を向ける。

「それはそうと…俺たち…そろそろよりをもど」

「なんか言ったかい?」

「いや…なんでもない」


女性のドスのこもった声に怯えた男性は口をモゴモゴとさせると二人の会話はここで終わった。

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