第10話 祓い屋見習いと半妖の雪女(10)
坂崎が再び祓い屋を訪ねて来たのは、今井が救急車で運ばれてから3日後のことだった。
「あ、坂崎さん。その後どうです? お孫さんの様子は」
門の前を箒で掃いていた蓮は、暗い表情で一人立っていた坂崎に声をかけた。
今日は赤ん坊は抱いていない。
「実はその事で、お話がありまして……今日は、おじい様はいらっしゃいますか?」
「ええ、いますよ。中へどうぞ……」
てっきり全てが解決したものと思っていた蓮は、坂崎の暗い表情に少し首を傾げつつ、客間へ案内した。
「じいちゃん、この前話した、坂崎さんが来たよ」
「坂崎さん……? ああ、赤ん坊の顔に痣があったという」
鏡明は自分が不在の間に蓮が解決したという話を思い出した。
「こちらへどうぞ。どうかされましたかな?」
「実は……————もう一度、家を見ていただきたいのです」
「もう一度? また痣が出て来たのですかな?」
「いえ、今のところそれはないのですが……どうやら、呪われていたようなのです」
「……呪い?」
坂崎の話によると、今井は運ばれたその日の夜、回復して意識を取り戻したのだが、程なくして苦しみ出し、息を引き取ったらしい。
だが、念のため血液やCT検査をしていて、結果が出たのは亡くなったあとだが、そのどこにも異常は見当たらなかった。
あまりに不可解な死。
他殺かもしれないと、警察が今井の家を調べたところ、今井の家から出て来たのは呪術で使われる道具だった。
泥のついた白装束、蝋燭に五寸釘、藁人形などなど……。
「丑の刻参りだな……」
鏡明は、坂崎からその話を聞いて、そう言った。
実は坂崎が初めに祓い屋を訪ねて来た時、鏡明が家にいなかったのは、知り合いの神主から、五寸釘が首のあたりに打たれた藁人形が発見されたという知らせを受けてのことだった。
「通常なら、心臓のあたりに釘を打つものだが、よほど相手に恨みがあったのだろう……先月亡くなった娘さんは、何か声に関する職業ではないかい?」
坂崎は鏡明の問いに驚いて、目を見開いた。
「ええ、そうです。娘はボイストレーナーをしておりまして……」
「ボイス……なんだって?」
横文字に弱い鏡明は、聞き返したが、すかさず隣で話を聞いていた蓮が言った。
「ボイストレーナーだよ。簡単に言うと、歌の先生」
「あぁ、なるほどな……歌の先生か。それなら、首に打たれたのも納得だ」
さらに警察が調べたところ、今井が嫁を呪ったことがわかる証拠がいくつも出て来た。
今井はブログをやっていて、そこには嫁に対する恨みつらみが書かれていて、理由は大事な息子を取られたという、嫁に対する嫉妬。
今井の息子に対する愛情は異常だったようで、息子には愛想をつかされた上に、同居することになった坂崎家は、今井家よりも裕福な家だった。
その劣等感もあるだろう。
「その話を聞いて、あまりにも恐ろしくて……そこで、改めて、依頼に来たのです。家にまだ何か取り憑いているようでしたら、お祓いをしていただきたくて……。それに、今は孫の顔の痣はすっかり綺麗になったのですが、本当に大丈夫なのかわからないので」
「わかりました。お受けしましょう」
依頼を受け、すぐに鏡明が蓮を連れて坂崎家に行くと、赤ん坊の母親の霊が、我が子を守るようにそこにいた。
「もう大丈夫だ。成仏しなさい」
一通り家を見て回った鏡明がそう言ったが、母親の霊は首を横に振る。
何かを鏡明に語りかけるが、その声は聞こえない。
「これか——?」
その代わり、母親の霊は玄関の近くの壁を指差して、鏡明に見るように促す。
何かが通った形跡が残っている。
その形跡は、普通の人間には見えないものだった。
「この壁の向こう側は、なんですかな?」
「この壁の向こう側ですか? まだ何も植えていないので、土しかないですが」
外に出ると、レンガで囲われた、雑草のないまっさらな花壇があった。
ちょうどあの壁の裏側に位置する部分を掘り起こすと、呪符らしきものが発見された。
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